5:10「芽生え」
「あと――」
「ごにん!」
「こっ……小癪なァ!」
ヤマダが吠える。
だが吠えるだけで、奴自身はその場から動こうとしない。
よくよく足元を見てみると、その膝はガクガクと震えが隠せていない様子。
他の四人も、先の五人が一方的にやられてしまったのを見てか、少しばかりたじろいでいるように見えた。
「全く、本当に……舐められたもんだ」
「だー!」
確かに数の暴力とは恐ろしいが、それでもブースト無しでも4,5人くらい道ずれにする自信はある。
この程度でおろおろとされては心外もいいところだ。まあ、元々テ族の竜族は穏健派が多い部族であるがゆえ、戦闘に慣れていないというのも原因の一つなのだろうが……。
しかしそれならそれで、まだやりようはある――か。
事をできるだけ穏便に(と言ってももう死者が出ているが)済ませられるのであればそれに越したことはない。お嬢だったら、きっとそう考えるだろう。
……よし。
「貴様ら、今すぐ死体を連れて帰れ。我らも後を追って里には行くが、父上に用があるだけで長居するつもりはない。同族を殺した以上、今ので恨みも買っただろうからな」
「何を今更!」
「足が震えてるぞ。それに、ここでこれ以上の死人が出れば、死体を回収仕切る前に足がつくかもしれないが……本当にそれでいいのか?」
「っ……!」
ヤマダをはじめ、他の四人も表情が露骨に曇っていく。
我には既にあまり関係のないことであるがゆえ他人事のように言って見せたが、隠れ里がバレることは、その民にとって死にも等しいと言って過言ではない。
とはいえ、それで済ませるのにはもう十分やり過ぎている気もしなくもないが……先は話など通用しそうもなかったのだから、仕方がないと言えば仕方がない。
「ぐ、ググググ……」
ヤマダの額には汗が滲み、口は牙をむき出しにした歯を必死に食いしばらせている。
あともう一押しで――
「――――?」
そう思ったところで、ヤマダの足の震えが止まっていることに気が付いた。
表情は依然曇ったままだで、だらだらと流している汗には一切の余裕も無いように見える。
が、あらためて見てみると、歪んだ口元……食いしばっているようにも見える、大きくニヤけた口をカモフラージュするためのものなのではという疑念に襲われた。
そして――。
「ググ…………ふっ」
「ぐれい!!」
「ッ――!!」
背中から聞こえてきたのーの嬢の叫び。その直後、身体が前傾すると共に左腕に強烈な痛みが走った。
これは、矢か……?
それも魔力の矢じゃない、本物の。
「くふっ! ハハハハハハハハ!! 余裕ぶっこいて調子に乗ってるか・らアァ!!!」
一体どこから取り出したのか。
先程までは弓矢など誰一人として持っていなかったハズ。
しかしヤマダの捻じ曲がった笑い声を聞いたその時には、前から三発、後ろから一発の第二射が放たれていた。
残りの四人全員が、もれなく一張の弓を所持している。
「まさか、【物質転移】でも使える奴が――」
「うにゅっ!?」
「のーの嬢!?」
恐らくは、降りかかってきた矢を素手ではじき返したのだろう。
摩擦によって赤みを帯びた幼い拳には若干の出血が見て取れるが、彼女も冒険者の端くれ。八歳児と言えど、その程度で声を上げはしない。
右手に握る短剣で、迫りくる矢をお嬢がいない方の壁へ弾き様子を見てみると、のーの嬢は明らかに様子がおかしかった。
矢を弾いた左手を抑え、膝を落とす彼女は時折体を痙攣させ、そのまま床に倒れ込んでしまう。
「あれ、からだ……うごかにゃい」
「ッ……毒か!」
「安心してくださいヨォ、麻痺毒なので時期に痺れは引きます。そこまで生かしておくつもりもありませんがぁ!」
あくまで捕らえる予定だったがゆえの麻痺か。
しかし直に矢を受けた我の体には何も影響はない。
恐らく我々竜族にとって効き目は薄いが、人間にはかすれる程度でも効くような物なのだろう。
そもそも体の耐久性が他の種族と比べても段違いなのが竜族の特徴でもあるので、当たり前と言えば当たり前なのだが。
……我が人間と共に里へ行くことを前提に用意したということか。
「サァサァ! 休んでる暇なんてないですよォ!」
ヤマダが右手を構え、第三射が発射される。
同時に放たれる四本もの矢。やりきれないことはないが、二人を守りながらとなれば話は別だ。
弾くにしても方向を間違えれば取り返しのつかないことにもつながる。
そうして考えようとして反応が遅れた我は、一本を弾いたものの、残りの三本を右腕と両ひざに受けてしまった。
これによって魔力の供給が不安定となり、精製した短剣が消えてなくなる。
「ウグッ……!」
「どうだ痛いかァ? 痛いだろう! もと苦しめよ裏切り者ォオあはははははははァ!!」
もはや理性が本当に吹っ飛んでいるのではないかと、半分狂っているのではないかとも思えてくる笑い声。
腹が立つ――訳ではないが、気分がいいとは言い難い。
四肢を潰してなお苦しめとは、そこまで憎まれているとは思わなかったと。若干ではあるが関心すらわいてくる。
射抜かれたことによる傷と体力の消耗で、もはやブーストも切れてしまった。
もはやこの場を脱するには、助けでもない限り不可能だろう。
ヤツ――キョウスケの助けを求めるなど不本意極まりないことだが、我一人ではもう二人を守り切れそうにない。
だがせめて、今はその希望に縋り足掻くしか――。
「はい苦しめェ!!」
「ッお嬢オォ!!!!」
次に放たれた――お嬢一点に向けて射られた第四射。
我は声がかすれるほどに叫びながら、彼女を守るために覆いかぶさった。
* * * * * * * * * *
血の匂いが鼻を突く。
壁に寄りかかり、力なく腰掛ける俺の視界からでは、戦況はよく読み取れない。
首が下を向いているがゆえ、映り込んでいるのは自身の胸部と脚がほとんどだからだ。
しかし場の雰囲気からして、グレィとののが優勢であることはわかった。
だから余計に、安心しつつも湧き上がる恐怖がわからなかった。
なんでこんなに怖いのか、何がこんなに怖いのか。
それだけが気になって仕方がなかった。
グレィとののが頑張っているというのに、こんなことを考えているのもどうかと思うが、どうしても頭を離れなかった。
何か大事なことに気が付いていないような気がして、どうしようもなくその正体を突き止めたかった。
その時、不自由な視界が余計に不自由になった。
フッと、停電でも起きたかのように目の前が暗くなった。
目を瞑ってしまったのかと思ったが、そうでないことはすぐに分かった。ということは、何かが覆いかぶさったのだろう。
視界が暗くなったと思ったら、今度は身体が急な圧迫感を覚えた。
これも覚えがあった。
ついさっき、グレィの腕の中で感じた感覚だったから。
それを自覚した瞬間に、あれほど気になっていた恐怖心が消えているのにも気が付いた。
同時に、すぐにでも彼の背中に腕を回せないことが、どうしようもなくもどかしくなった。
この時……グレィに対して特別な感情を抱いていることに、初めて気が付いた。
「ぐ、れぃ……」
「お嬢……大丈、夫……我が、かなら……ず」
そして同じくして聞こえてきた、俺と同じくらいにかすれた声と、伝わってくる彼の血の感覚。
この瞬間、先程の恐怖以上の……どうしようもない、抑えきれない怒りがわいてきた。
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