5:4 「目的は彼の地に」
「りゅーせんすい……? 親父、知ってる?」
「いいや、オレも初耳だ」
生命活性の秘薬なんて言ったら、世界を救う旅をしていた親父とは縁がありそうなもんだと思ったが、初耳とは。
ドラゴンとはあまり関わりが無かったとか? いや、でもファンタジーな冒険にドラゴンはつきものだろう。偏見かもしれないけども。
「むう」
「知らなくても無理はないさあ。ドラゴンたちの中でも本当にごく一部しか知らないような物でもあるからねえ」
「エルフに伝わる霊薬みたいな?」
「ザッツラーイだよエルナさんっ」
その通りだとメメローナは声を高らかにして言うが、そんな呑気にしている場合ではない。
そんなものを何故知っているのかと言う疑問が残るが、それよりも入手経路だ。
どう考えても困難を極める。グレィがルーイエの里を襲ったときのこともあり、そもそも現存しているのかという疑念もある。
「大丈夫なのかなあ」
「ノープログレムだよエルナさん、ユーは竜族を仕えているそうじゃないか。だからこそ、こうしてお願いしているんだ。しかもかのフォニガルドラグーンだろう? パイプとしては十分すぎる効果を発揮するはずさ」
「なっ、なんでそれを……っでも、グレィは一族から追放されたも同然の身だよ? そんなうまくいくとは思えないんだけど」
「そこは彼に頑張ってもらおう♪」
「「おい」」
俺と親父の、半分怒り混じりの声がメメローナに向けられた。
取りに行くこと自体は構わない。
しかしそれは物がしっかり存在して、ある程度入手できる手立てがあればこそでもある。
伝聞レベルの秘薬を求めてドラゴンの隠れ里に乗り込むなんて、場合によっては死にに行くような物じゃないか。
確かになんでもできることはするくらいの覚悟は決めたつもりだが、死ぬ覚悟までしたつもりはない。
元の体に戻りたいのは山々だが、それで死ぬのは御免被る。
「流石にそこまで無責任だと、体のためとはいえ行きたくないんだけど?」
「テ族の里にある――そう言ってもかい?」
「っ……!?」
かの里に行く用事がある。そうわかっていなければ出てこないセリフ。
こいつ、どこまでお見通しだって言うんだ!?
恐怖に似た感情が湧いてくるのを感じた俺は眉間にしわを寄せ、メメローナから距離を置こうとした。
しかしそれと同時に、俺の肩にぽんと親父の無骨な手が置かれるのを感じる。
そっと顔を親父の方へ向けてみると、親父はなんだか申し訳なさそうな……俺のことをみつつも、どことなく目を逸らしていた。
「す、すまん、恵月……オレが話しただけだ、うん……大丈夫、すまん」
「……ふぇっ?」
「流石のミーも、里に行く話はさっき聞いたばかりだよお。丁度良かったね」
「あ……はぁ、左様でございますかぁ……」
なんだろう、どっと疲れた。
グレィの里帰りについては、家の人間にはちゃんと伝えてあるし、特に口止めをしているわけでもなかった。
話したのは親父がメメローナのことを信用しているということなのだろうが、一応グレィのことはレイグラスに置いては極秘扱いも同然なのだ。
これ以上は他言無用に願いたい……。
「気を取り直して聞くけど、どうかな。行ってくれるかい?」
「う、うーん……まあ、それなら……」
結局面倒事になりそうな気がするが、どうせ行くことにはなるだろうし。
やるだけやってみるというのは悪くない……なるべく命の危険がない範囲で。
「大丈夫か、恵月。何ならオレもついて行くが」
「あー。じゃあ、お願いしようかな」
親父はその立場上、色々な場所で顔が利く。
もしたどり着いた先で襲い掛かられたとしても、英雄の名を冠する親父が来てくれるのなら、それだけで威嚇にもなる。
まあ、それもこれも竜族側が親父のことを知っていればの話ではあるが、彼らの情報網を信じるしかない。
リヴィアの件もあるし、知らないということはまずないだろう。
「決まりだな」
「ああっと、もうワンポイントだけ、伝えておかないといけないことがあるよお」
「え?」
「何だ?」
「ユーたちが預かってるのーのちゃん、彼女の『鼻』が、『里を探し出す』のに役立つはずだよ」
「……鼻?」
というかなんでののの名前が。
そもそも探すというのはおかしな話じゃないか?
「里を探すって、グレィなら場所くらいわかるだろうし」
「おっとーエルナさん、ユーは自分で言ったよ。里を追放されたも同然だ、と。そんなのを易々と里へ招き入れるような事、すると思うかい?」
「っ……い、言われてみれば……」
あり得ない話じゃない、か……。
彼の里もエルフと同じ隠れ里……ということは、迷いの森のようなトラップがあっても何も不思議なことはない。
例え場所が分かったとしても、そう簡単にたどり着くことはできない……思えば当たり前のことだ。どうして今まで気が付かなかったのか、そちらの方が不思議になってくる。
だがしかし、それはそれとしてののが出てくるのは……て、そう言えばあの子、以前ハルワド海岸でドラゴンの匂いを察知してたんだっけ。
その鼻を頼れと?
「のーのちゃんの鼻はドラゴンに極めて敏感な特別製さ! どうして知ってるかって? ホワァイ? 残念、ソレは『企業秘密』ってヤツさあ♪ ンまっ、ソユコトだからよろしくぅ!」
「はっ? ちょっと!!」
どういう意味だよと、俺はメメローナを追求しようとするも、次の瞬間、「パチン」という軽快な音が響くと、俺は元の応接間に戻されていた。
辺りを見回してみても、そこにメメローナの姿は見当たらない。
どうやら俺と親父だけがこの場に戻されたということらしいが……言いたいことだけ言って逃げられたような気がして、どうにも釈然としない。
「なんだよ、気になるなあもう……」
「ああ……だがヤツにもヤツなりの理由があるんだろう。そこは察してやろうぜ」
「そ、そうは言ってもさあ」
要求するだけしておいて、そこは企業秘密なので言えませんって、なんか納得がいかないっていうか……。
そういうもんだって割り切るしかないのかなあ。
「ぬう」
「ま、それよりも目の前の事に向かおうぜ」
「はぁ……それもそうか……仕方ない」
元はどうであれ、自分で選んだ道か。
それもこれも体を取り戻す為。文句を言うのは、その後でもできることだ。
「でも本当にのの連れてくの? あの子まだ8歳だよ? 命の危険だって、もしかしたらあるかもしれないのに」
「心配か?」
「当たり前だよ。時々何考えてるかわからない子だけど、妹みたいなものだし……」
先の不安を思えば、ののの鼻が役に立つかもしれないというのもまた事実。
そしてこんな話を聞いたら、あの子はまず行きたいと言い出すだろう。だがののはまだ子供だ。できることならそんな場所には連れて行きたくない。
何かあったら、レガルドさんも悲しませることになってしまうし……それに。
「俺も、まだ万全とは言えないし……」
「何言ってんだ、そのためにオレがついて行くんだろ?」
顔を俯かせる俺の頭に、ぽんと親父の手が添えられた。
「のーのちゃんは今ウチの養女、つまりはオレの子も同然だ。親が子を護るのは当たり前だろ?」
「で、でも」
「心配するな……ってのは無理があるだろうが、大丈夫だ。今なら、オレも愛剣を握れる」
「親父……?」
愛剣……?
握れるって……?
それに、なんだろう。
言い聞かせてくる親父の顔……微笑んでいるようで、でも何かが吹っ切れたような、思い切りのいい頼もしさを感じさせられる。
「恵月。お前は胸張って、前に突き進めばいい。後ろは全部、オレとグレィに任せとけ。 な!」
「…………」
「うん……わかった」
「おう! じゃあ、このこと皆にも伝えてやらねえとな」
ニッと力強い笑顔を俺に見せた後、親父は外で扉を護っていたグレィをはじめ、家の人間全員にメメローナとのことを伝えた。
ののを連れて行くことに関しては母さんが少しばかり反発したものの、絶対に親父が守るということで何とか押し通し、竜族の――テ族の隠れ里へ向かうメンバーは、俺とグレィ、それから親父とののの四人に決定した。
そして三日後の
準備を整えた俺たちは、ついに彼の地へと赴くことになったのだった。
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