5:3 「知られざるアクシデント」

「まずは、恵月君のボディをこうしてサルベージした経緯からだね」


 ちらりと、液体の中に保存されている俺の体へ目を向けた後、メメローナは部屋の片隅に落ちている小さな破片らしきものを手に取った。

 親指と人差し指でつまむことができる程度の、黒光りした小さな石ころ。

 その中心部をよく目を凝らしてみてみると、ほのかに青白い光を帯びているように見えた。


「それは……もしや、魔鉱石か?」

「イグザクトリィ! 流石だねキョウスケ」

「まこーせき?」

「その名の通り、魔力を宿した石のことだ。物にもよるが、手のひらサイズでも最低100万グラスは下らねえ。密度が高い高級品は数千万も行くっつう話だぜ。オレがこの世界に召喚されたときも、この石を大量に集めて魔力の足しにしたそうだ」

「へぇ……」


 いきなり数千万とか言われても、目の前にあるのはホントに小さな破片。

 そんなに価値がある様には全然見えないし、まるで実感が湧いてこない。


「そ、その石に何の関係が……?」

「ミーはこのパワーストーンに宿る特殊な魔力ついて此処で研究していてね。ユーたちの転生も、その一環として請け負ったものなのさ。勿論、安全マージンは十分に確保してね」

「ほぉ…………」


 先の魔鉱石といい、既に突拍子もない話過ぎて微妙に頭に入ってこないような。

 安全マージンを確保して……と言うのは、既に何度もやっているから大丈夫だと言うことだろう。俺が転生したとき、サラさんが記憶持越しは特例としてとか何とか言っていた。それが特例――例外であると言うことは、そうでない場合を知っていなければ出てこないセリフだ。


「このパワーストーンに宿る魔力――空間を司る『天属性』の魔力は、この世界と別の世界とを結びつける特殊な性質を持っているんだ。その正体が何なのかは、もう100年は研究しないと分からないだろうねぇ」

「空間を、司る……」

「そ! 死んで行き場を失った魂が輪廻の輪へ帰る前に、人為的に道を作ってやることもできるってワケさ。下手したら宗教的な問題に……それどころか、世界すらも敵に回しかねないデンジャラスな物だけどね。表に出たら一発で禁術指定さ」

「だろうね……」


 そんな神をも冒涜するような行為、見つかったらまずただじゃすまないだろう。

 だが親父が来た時にも使ったということは、それすなわち国絡みで行われていることでもある。

 こうして堂々としていられるのも、国家の後ろ盾があるからこそ。か。


「まー、実際は大変なんだけどねぇ。ユー達の場合は、向こうの世界に間者を送って殺すところからだったワケだけど。このタイミングとかねぇ、向こうからミーへの連絡手段がないからベリーハードなのさあ」

「っ……!」


 サラっととんでもないことを口にしたメメローナに、俺の忘れていた怒りが再燃するのを感じた。

 そうだ、俺は向こうの世界で何の脈絡もなく、ただただ転生するためだけに殺されたのだ。

 親父の要望からという側面があったわけだが、あまりにも理不尽な話じゃないか。

 ……が、再燃と言っても、これは多分、殺されたことに対するものではない。

 そんなことを本人の目の前で、しかもケロッとした顔で話して見せる。殺されたことよりも、その異様な精神に怒りが湧いていた。


「お、おいメロン! それは流石に」

「む? ……おっと、これはごめんよ。不謹慎だった」

「…………」

「この手の研究をしていると、どうしても命というモノに疎くなっちゃってね。殺しは殺しだ」


 メメローナはそこまで口にすると、俺に向かって深く頭を下げてきた。

 下げるだけで許しを請おうとしないのは、気を遣っているつもりなのだろうか。

 殺されたことは確かだが、正直それに関しては今更と言うところもあったりする。繰り返すようだが、怒っているのは平然と口にしたその精神に対してだ。

 こうして素直な姿勢を示されると、文句を言う気すらも萎えてきてしまう。


「え、恵月……」

「はぁ。もういい。頭を上げて、話を続けて」

「殴られる――いや、魔法をぶっ放されるくらいは覚悟していたのだけれど、優しいね」

「っ! ……き、気が萎えただけだし!」

「ハハハ、そうかい」


 優しいねと言いながら見せてきた笑顔に、思わず可愛いとか思いそうになってしまった。

 今までの不敵な笑みとは違う、心からの無邪気な笑顔が、フレド孤児院で見た子供たちの笑顔と被ってしまったのだ。

 そう、これは事故である。それ以上でも以下でもない。


「じゃあ、お言葉に甘えて話を戻すよ。ユーは覚えているかな。転生の時に答えてもらったアンケートのことを」

「え? ああ、うん。それが?」

「確か自分って書いたんだよな、恵月は」

「言わんでよろしい」


 それ、母さんに指摘されてから何気に気にしてるんだよ。

 あんまりぶり返されたくはないんだけど。


「アレも実は転生の術式の一つでね。さっきも言ったけれど、魔鉱石の魔力はすべてが解明されたわけじゃないんだ。安全を確保しているとはいえ、不完全な転移、転生はこちらに持ってくる容量にも限界がある。そこで何かひとつだけ切り捨てる必要があったんだけど……ここでアクシデントが生じたのさあ」

「アクシデント……?」


 言わずもがな、そんなことは一言も聞かされていない。

 疑惑の目を親父と共にメメローナへ向けるが、彼はコクリと頷き、元の俺の体を指しながら続けた。


「なんと、恵月君の体が異空間の狭間に取り残されてしまったんだよねぇ」

「なっ!」

「なんだと!?」

「転生の折、まずはミーたちの居るこの建物を世界と世界の間――すなわち中間地点チェックポイントとして移動させるんだけどね、ユーはその時にアンケートに回答したんだ。『体を持った状態』でね」

「――――!」


 体を持った状態で……その一言を聞いた瞬間、メメローナが言わんとしていることを察することができた。


 確かに、実体がなければ回答するためにペンを持つこともできない。

 それはこの建物が幽体でもなんでもなく、実際に存在する物を魔法で移動させているに過ぎないのだから当たり前のことだ。


 つまり俺は、一度元の世界を脱してしまった後に、転生する直前で持っていた体を放棄したことになる。

 あのボロ役場の扉をくぐった瞬間、こちらの世界に立ち入ることができなかった俺の体は、空間の狭間に漂うことになってしまった……ということなのだろう。


「まさか自分自身を放棄するだなんて思いもしなかったよ。気が付いたのも、ユーたちが来てから少し経った後でねぇ。異空間に放っておくわけにもいかないだろう? だからちょいと、マンパワー……丁度いいところにいたガレイル君を拝借して、大急ぎで魔鉱石をかき集め、こうして恵月君の体を急遽サルベージしたってわけさあ」


 やれやれ顔で話すメメローナに、俺は少し申し訳無いと思ってしまった。

 俺が変な回答をした結果、見えないところで余計に手を煩わせることになってしまったらしい……。


「て、ん? 今なんて」

「ガレイルだと……?」


 大討伐以降行方不明になっていたはずの男の名前。

 いや、でもまさか……。


「おっとそっか。ユーたちも関係者だったね。ちょっと協力してもらって、今はもう牢屋に戻っているハズだよ。いやぁ、レイグラスを離れている間にガレイル君がそんなことになってるだなんて思わなくてねえ、国王にも昨日断っておいたから安心してね」

「そ、そういう問題じゃないだろ……」

「うん……」


 完全に拉致事件ですよそれ。

 そういえばグレィたちと経過報告に来たとき、やけに城内がバタバタしていたような気がする。

 もしかしなくてもそう言うことだったのだろう。

 うん、さっきの申し訳ない気持ちは取り下げだ。


「まーまーステイステイ。話を戻すよ。そんなわけでサルベージした恵月君の体なんだけれど、ここにもまた一つアクシデントがあってねぇ」


 半ば強引に、自分の責任を誤魔化すかのようにして話を戻したメメローナは、男の方の俺を一瞥した後、己の心臓に親指を突き立て話を進めた。


「ココ……ミーが体をサルベージした時には、心臓が止まってから時間が立ちすぎていてね。異空間だからか何なのか、身体自体は腐敗が始まってもいなかったのだけれど、今の恵月君の体は一切の生命活動ができない状態。このままじゃあ、『魂の器として機能しない』んだあ」

「魂の、器……? どういうこと?」

「今のままじゃ、元の体に戻すことは不可能ってこと」

「なっ!?」

「話が違うじゃないか!」


 俺と親父が、ほぼ同時にメメローナの小さな体にとびかかろうとした。

 しかしこれにも彼は一切動じることなく。

 胸に付きたてていた親指を人差し指に変えると、今度はその手を口元まで持って来て、不敵な笑みを浮かべた。


「ステイ。ここからが本題さあ……『条件』の話。恵月君の体を器として機能させるために、ある薬を取ってきてもらいたいのさあ」

「薬? それがあれば、俺は元の体に戻れるの!?」

「うん、必ずね」

「教えて、絶対取ってくる」


 勿体ぶらずに言ってほしい……と言いたいのを我慢して、メメローナの目をじっと見る。

 どんな困難でも受け入れる。

 そんな覚悟を決めた目 (のつもり)にメメローナはコクリと頷いた。


「薬の名は『竜仙水リュウセンスイ』。竜族に伝わる生命活性の秘薬だよ」

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