4:30「隣海の夏と旧知の竜 3」

「シーナさん何やってんですか!」

「ム。その声はエルナか? ちょっと待っておれ。見ての通り忙しい」


 シーナさんはこちらを振り向くこともなく俺へ言う。

 淡々と焼きそばを焼き、やけにしっかりとした皿へ盛り、群がる客へ売りさばく。

 そういえばこの人山の上でお店やってるんだったっけ……てそんなことはどうでもいい!

 この屋台が元からあったかどうかは知らないが、何でこんな事をしている!

 材料どこから持ってきた?


「何だ恵月、知り合いか?」

「えっ? えーっと、何て言うか……」


 俺の後に続いて屋台をのぞき込んでいた親父の問いに、何と答えたらいいのかわからずに口ごもる。

 目の前で汗水たらしながら手を動かしているのは、獣人族の老婆『シーナ』ではなくエルフの美女賢者『アリュシナ』だ。

 隠居してるって言ってたし本当のことを言ってもいいのか否か……つーか隠居するための幻ならなんで解いてるんだよ。


「後で説明するから待っておれい!」

「ぬ? あ、ああ。それなら……あ! オレたちの分も焼きそば残しておいてくれると助かる!」

「わかっておるよ!」

「……ちゃっかりしてんなあ」


 シーナさんと親父が互いにグーサインを送り合い、どれくらい待たされただろうか。

 そろそろ空腹が限界を迎えようとしたいたところで、ようやく屋台に集まっていた人が掃けたのか、シーナさんは大きく体を伸ばしてから俺たちの方へ振り向く。

 そして親父の注文通り俺たち全員分の焼きそばを用意すると、あらためてこちらへやってきた。


「いやぁ繁盛したわい。待たせたの」

「あらおいしそぉ~♪」

「ありがとうございます! えっとお代は」

「あーあーお代はもういらんよアリィ嬢」

「ふぇっ?」


 シーナさんに名前を呼ばれ、アリィは驚きを隠せない様子。

 隣に座るリリェさんもまた同じく。

 どうやら昔から面識のある彼女らですらも、シーナさんの本当の姿は知らなかったらしい。


「誰です……?」

「わしじゃよわし。おぬしらをここに連れてきたシーナじゃ」

「「…………は!?」」

「はははは……まあ、そうなるよね。てか言っていいんかい」

「まあ、おぬしらなら大丈夫じゃろ」


 会ってからまだそんなに経ってないんですが何その厚い信頼。


 シーナさんは獣人の姿に戻ると、先に俺に明かしたことの後、こんなところで屋台をやっていた理由を話した。

 と言っても、単純にそこそこ稼げそうだったからというだけらしいが。

 道具は即席で作ったり、【転移テレポート】を用いてこちらに召喚したりして見繕ったらしい。

 ちなみにエルフの姿を用いたのは客寄せに便利だからだと。まあ、確かにそういう意味では有用なのかもしれないが……


「幻で姿変えられるんなら、もっと別の姿でもよかったじゃないですか。その姿を隠すためのモノなのに、なんでわざわざ……」

「こっちの方が人が寄ってくるじゃろう!」

「シーナさん、本当に隠居したいんですか……?」

「それはそれじゃ」

「はぁ……」


 説得力ゼロである。


「ま、もうわしを詳しく知っておる者なぞそう多くはない。多少は問題なかろう」

「私も初めて見ましたよー! シーナさんそんなキレイな人だったんですね!」

「わ、私もびっくりです……」

「アリュシナ……聞いたことはある」

「あら、グレ君ものしり~」

「伊達に300年も生きてはいない」

「オレも文献で名前を見たことがある程度だな。確かアリュシナって賢者が名を馳せたのってもう数千ね――」

「おっと英雄の小僧。その話はそこまでじゃ」


 数千年――おそらく親父はそう言おうとしたのだろうが、言い切る前にシーナさんが話を途切れさせる。

 しかしその直後、シーナさんは用意された椅子に座る俺たちを見て、首をかしげながら大変なことを口にした。


「おぬしら、もう一人小さな女の子と、メイド服のおのこがおったじゃろう? あやつらは何処へ」

「「はっ!?」」


 小さな女の子。

 メイド服の男。

 この場でそんなのはののとミァさん以外にあり得ない。

 シーナさんの口からその言葉が出るまで、誰一人としていなくなっていたことに気が付かなかった。

 だがしかし、確かに一緒にこの屋台までは来ていたはず……一体いつから?


「なんでまた……」

「さあな。ミァのことだ、のーのちゃんと離れ離れってことは無いと思うが」

「ミー君だったら、どこか行く前に一言残すわよね」

「ああ」

「何か言えない理由でもあったんでしょうか?」

「言えない理由……?」


 何かあったんだろうか。

 仮にあったとして、ミァさんは黙っていなくなるだろうか?

 それもののと一緒に。

 のの――あの子もあの子で、初めて会ったときからよくわからないことをする子だが……。


「そういえば、のの……」


 例の大きな音。

 あれが何もないと分かっても、それからしばらく東の方を見つめていた。

 それはもう気になって仕方がないと言わんばかりに。

 もしかして、何か関係があったりするんじゃないだろうか?


「東……あの岩柱の方に行った……?」

「何?」

「エルちゃん、どういうこと?」

「さっきの音騒ぎの時。ののはずっと向こうを見てた。ミァさんが黙っていなくなった理由は分からないけれど、ののが行くとしたらそこかなって……」


 確証はない。

 だが子供は待ちきれない生き物だ。

 とことこ行ってしまったののを追いかけるようにして、ミァさんも慌てて何も告げずに……なんてこともあるかもしれない。

 どうあがいても想像の域を出ないが、有り得ないことでもない。

 今は小さなことに縋りつくしか……。


「手掛かりはそれだけか……仕方ない、手分けして――」

「東端の岩柱か。ちと待っとれ」

「シーナさん……?」


 再び親父の言葉を遮るようにして、シーナさんが立ち上がった。

 すると彼女は俺が言った東の方角を向くと、瞑想でもするかのようにじっと目を閉じる。

 時間にしてほんの数秒足らず。

 シーナさんはそのわずかな間だけ目を瞑った。そして開くと同時に、何か分かったと言いたげな表情をしながら、俺たちの方へ向き帰った。


「ふむ。確か人間は二人おるな。それ以上のことは分からんが」

「本当か!?」

「ど、どうやって……!」

「なに、少し気を探っただけさね。人間の出す気は独特じゃからの。すぐにわかる」

「……そういうもんなのか?」

「さあ~」


 親父がシーナさんと同じエルフである母さんに聞いてみるが、その反応は言わずもがな。

 続いて俺にも顔を向けてくるが、「まさか」と首を横に振る。

 つか分かったらこんなことにならないっての。


 しかしこれで一歩前進。

 その二人とやらが本当にののとミァさんかはわからないが、真偽行ってみればわかることだ。


「ふむ……よし! そうと決まれば善は急げだ。何があるかは知らんが、一応身構えて行くぞ!」

「「おお!」」


 まさかこんなことになるとは。とため息でもつきたいところであるが、今は先に二人を探し出さなければ。

 こうして俺たちは意気込み新たに、ハルワド海岸の東端へと駆けだしていったのだった。



 * * * * * * * * * *



「……匂うな」

「グレィ?」


 海岸をひたすら東へ。

 何重にも、50メートルは続こうかと言う岩のアーチの中腹辺りまで来ると、グレィがぼそりと呟いた。

 俺には海岸特有の潮の匂いしかしないのだが、ドラゴンの鼻が何かを察知しているのだろうか。


「どした恵月。何かあったか?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど」

「あ! みんな見て!!」


 母さんが叫び、指さした先。

 岩のアーチが終わりを迎えるその場所には、俺たちが探していた二つの人影があった。


「のの!」

「ミー君!」

「――――!」

「な……キョウスケ様、皆様まで!」


 俺たちが呼びかけるとののとミァさんはこちらを見るが、どこか様子がおかしい。

 ののはなんだか深刻そう……とまではいかないが、いつもよりも表情が陰って見える。その傍らにいるミァさんは懐からナイフを取り出し、どういう訳か臨戦態勢を取っていた。


「お、おい。一体どういう――」

「おじさん、まって」

「のーのちゃん……?」


 親父が真っ先に二人の元へ駆け寄ろうとすると、珍しくののが自分の意思をもって言葉を発する。


 明らかに何かあがある。

 そんなピリピリとした空気に、俺も思わず息を呑んでしまう。

 俺の隣を行っていたグレィも表情を険しくして、俺よりも一歩前へ出て行く。

 一体何が待ち構えているというのか……その答えを求めようとしたところで、ののが鼻をすんすんとさせ、口を開いた。


「匂うの――どらごんさんの、匂い」

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