4:29「隣海の夏と旧知の竜 2」
「な、なんだ!?」
「今ドーンって言いましたよ! ドーンって!」
水しぶきのような物は見えなかったが、恐らくは東の方角。
海岸の東端には幾重にも岩のアーチがあるのだが、それを抜けた先。俺たちが今いる三角岩よりも更に2,3メートルはあろうかという岩柱の辺りから、その音は聞こえてきた。
「い、行ってみる?」
「行かないですよ。第一どうやって行くんです?」
「そ、そりゃあアリィ先生のお背中を」
「却下です! 私まだ五体満足でいたいので!」
なんとなく聞いてはみたものの、まあそうなるだろうという返事が返ってきた。
先の音が俺の思う通り水面に何か打ち付けたものなのなら、第二波がないとも限らない。ここから泳いでいくことはアリィなら可能だろうが、流石に巻き込まれてしまってはただでは済まないだろう。
場合によっては死ぬ。主に俺が。
「それに行ったとして、さっきの音の原因が魔物とかだったらどうするんです? 私だけで太刀打ちできるとは限りませんよ」
「うん……そうだね、ごめん」
精神的にも肉体的にも不安定な今現在、精密な魔力コントロールは望めない。
術式を用いない、簡単な放つ打つ程度の魔法なら出来なくはないが、正直先ほどのブーストでも威力を見誤ったと思っているくらいだ。
もし戦闘にでもなったら、俺は足手まといになる可能性が高い。
アリィの実力も知らないし、現地へ赴くと言う選択肢はまずないだろう。
「ひとまず皆さんの元へ戻りましょう! 勝負は私の勝ちですが、まだ終わったわけではありません!」
「う、うん」
アリィの背中につかまり1分程して、俺たちは無事ハルワド海岸の砂浜に戻ってくることができた。
集まってきていた野次馬たちは、スタートした直後に親父とグレィが追い払ったらしく、戻ってきたときには散り散りになっていた。まあ、それでも近場に居る何人かはこちらに視線を向けてきているのだが。
しかしそれよりもと、俺は早速先の音について何か知っていないかと、ここに来たことがあるらしい親父に聞いてみた。
「ああ、さっきのな。俺も昔立ち寄った時に聞いた覚えがある。多いと日に2,3回くらいあるみたいだが、特に何か起こったりしたことは無いそうだぞ」
「当時はキョウスケ様も驚いてらっしゃいましたね」
「そうだっけ? よく覚えてんなミァ」
「へぇ……」
「不思議なこともあるもんですねぇ」
「ね~」
要は名物ってやつなのだろうか。
なんだか物騒なもんだが、ここから見える範囲でも遊びに来ている人々が慌てているような気配はないし、言う通りなのだろう。
心配ないのならよかった。
「…………」
「ん、どうかした?」
「む。戻ってきてたのか……いや、何でもない」
「そう? ならいいけど」
グレィが東――例の方角を見つめながらぼーっとしていたのだが、気になるのだろうか。
少し目を落としてみると、どうやらののも同じく東をじっと見つめている様子。
……後で誘って行ってみようかな? 心配ないとはいえ、俺も気になることは気になるし。
「でお前ら、勝負って言ってたのはどうなったんだ? 仲良く一緒に戻って来ちまって」
「えっとそれは……」
「エルナちゃんがバテたので私が連れてきました! つまり私の勝ちです!」
えっへんと、アリィが我が物顔で無い胸を張り勝ち誇る。
スク水も相まって威厳の欠片もないが、これはこれで見てる分には可愛らしくも見える。
もとより身体能力には大きな差があった故、負けても悔しいとかなんだとか、そのような感情は生まれてこないが……。
親父が何だかニヤニヤしているのが少し癇に障った。
「な、なんだよ」
「いやあ、勝負したんだろ? 何か賭けたりしてなかったのか?」
「そういえば! 憂さ晴らしばかりで頭にありませんでした!」
「余計なこと言わんでよろしい!?」
その手の罰ゲーム的なものは今回求めてないから!
そう言えばメイドの時も親父の余計な一言のせいで散々な目にあったよな?
マジで制裁を加えてやろうかこの英雄様。
静かに、ふつふつと先程までは無かった怒りを湧き上がらせる。
しかし親父の言葉に乗り気なアリィは真面目に頭を悩ませている様子……負けを認めてしまった反面断るわけにもいかない。
せめて精神的には楽な物でお願いしたいと思いつつ、アリィが口を開くその瞬間を迎える。
「うーん、そうですねぇ。エルナちゃんにはアレをやってもらいましょう!」
「あ、アレって何……」
「アレです! 『スイカ割り』です!」
* * * * * * * * * *
「お、おい……アリィ、恵月……本気か?」
屈強な英雄様から出たとは思えない、か細く情けない声が聞こえてくる。
まあそれもそのはずだ。
親父の体は首元までがっちりと、それはもう子供が頑張って作った砂の山の如く固められており、数メートル先には木の棒を構え、黒い布で目隠しをした俺が立っている。
つまりは親父がスイカ役に任命されたのである。
なぜ親父がスイカ役を務めることになったのかと言うと、アリィ曰く以前俺を泣かせた罰らしい。
十中八九メイドの時だと思うが、先程鼻の下を伸ばしていたツケもあるし丁度いい。
そもそもスイカ割りを俺にさせる事に対する謎もあるのだが、まあ彼女なりに考えた結果なのだろうと思うことにした。
「エルナちゃん、もうちょっと右です」
「みぎみぎー」
「右……」
「あっ、行き過ぎよエルちゃん!」
「エルナさん、3歩左です」
「まっすぐ、2メートルほど先です! お嬢様!」
「了解」
指示通り、転ばないようにだけ気をつけながら足を動かす。
実際こうしてみると、人にいいように動かされるというのは何とも複雑な気分だ。
これは確かに、ある意味罰ゲーム足りうるのかもしれない。
頭の片隅でそのようなことを思いながら、じりじりと、最後の支持を頼りに前へ向かう。
そして――
「そこです!」
「んっ!」
アリィの掛け声を耳にして、俺は思いっ切り木の棒を振り下ろした。
「ふんぬおおおーー!!」
次の瞬間。
雄々しき雄叫びが聞こえてくるとともに、振り下ろしたハズの棒がビクともしなくなってしまう。
これはそう、頭に到達したのではなく、間違いなく止められている。
左右にも振れないので、白刃取りにでもされたのだろう。
「何故止める! それじゃあお仕置きにならないだろ!」
「お前っ! 自分の攻撃で人呪えること忘れるなよ!?」
「あ、そっか」
「エルナあ!」
ごめん。忘れてた。
だがエルナと呼ぶのは許さない。
「えいっ」
「ぐぉ!」
木の棒では確かに親父の頭にダメージが通ってしまうかもしれない。
そこで俺は木の棒を手放し、そのまま右手で手刀の形をとって振り下ろした。
自慢じゃない……というかならないが、俺の貧弱なチョップなら親父には一ミリたりともダメージを与えられない自信がある。
ダメージが入らなければ攻撃が当たったことにはならない。
つまり呪い判定も入らないという寸法だ。
この拍子に目の前を覆っていた布が外れてしまったが、まあここまでくればもういいだろう。
「これなら呪われないっしょ。たぶん」
「お、お前……」
「実の子を見て鼻の下伸ばす方が悪い」
「元男のお前ならわかるだろォ! 見ちゃうだろぉ!」
「それはそれ これはこれ」
気持ちはわかるが見られる方はいい気はしないのだ。
それに今までの分も合わせてこれで許してもらえるんだから、むしろ感謝して欲しいくらい。
しかしあれだ、今の親父の格好……お山のてっぺんと両脇から顔と手が出てるの。ヤバい。吹きそう。
ミァさんとアリィがガッチガチに固めていたから出るのも一苦労だろうけど、これは見ていられない。
他のことでお茶を濁さなければ、直視してはいけない。
「フフっ……そ、それよりお腹減ったんだけど。ここって売店ある?」
「おい恵月、今笑いかけただろ」
聞こえない聞こえない。
すっと親父から視線を外し、後ろで待機している皆の方へ声をかける。
「お嬢様、それなら先ほど行列が出来ている屋台を見かけました」
「海に来て屋台、いいわねぇ。皆で行きましょうよ~♡」
「皆で……て、シーナさん居ないけど。まあいっか」
「そういえば私たち何も食べてないですもんね! 行きましょう!」
「屋台か……興味はある」
「やたーい!」
「あ、あのー、オレは……」
さあその屋台とやらへ……と皆が意気投合したところに、身動きが取れない親父が呟く。
涙目になってるし、そろそろ可愛そうだろうか?
ぶっちゃけ自力で出てこいと言ってもいい様な気はするが……まあいいか。
「アリィ。親父出してあげよう」
「……もぉ、エルナちゃんが言うならしょーがないですねえ!」
こうして親父を救出?し、俺たちはかなり遅めの昼食に向かうこととなった。
件の行列のできる屋台は、西へ少し行った所――更衣室の建物の丁度隣に構えられていた。
見るとミァさんの言っていた通り。
列と言うよりは完全に人だかりだが、確かに大勢の人が屋台の周りに集まってきていた。
よほど美味いのか、それとも珍しいのか……いずれにせよ興味がそそられる。
そう思い、何を扱っているのかと人だかりを回り込んで見てみると……
「ハイハイ順番じゃよー、お釣りは無いからぴったしで頼むぞーい!」
屋台の中には、シーナさん――もとい、エルフ姿のアリュシナさんが焼きそばを焼いていたのだった。
……何やってんの。
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