Chapter4.5 〝隣海の夏と旧知の竜〟
4:28「隣海の夏と旧知の竜 1」★
「お、おまたせ」
「おかえりなさい! やっぱり私の目に狂い無し、なのですよ!」
「エルちゃん可愛い!!」
「あ、あははは……そりゃどーも……」
出来るだけ手短に着替えを済ませ、待っているみんなの元へ戻ってきた。
……と言っても、あれから30分くらい経っている。
俺の水着は黒を基調とした布地に上は蝶のような柄が入っているビキニで、下はシンプルな黒に加え、それを覆いかぶせるように半透明のパレオが一緒になっている。また紐部分には何か白い花をモチーフにしているであろう装飾が施されており、大人というよりは少し幼い、少女のような可憐さを思わせていた。
正直に言おう。
少し落ち着いたとは言えこの着替え、精神的にはかなりきつかったぞ?
あんな悩みを抱えていなければ「マジかよ、でもやるしかねえ」くらいの気持ちで済んだだろうに……まあ、下手にフリフリしてなかっただけまだマシと思おう。
まだ1時間も経っていないのに、また気を落としていては元も子もない。
――と、それはそれとして。
そこで鼻の下伸ばしてる親父は後でお仕置きしてもらおうと思う。
グレィはグレィで目を見開いた上に鼻血がぼたぼた出ているが、あれはまあ呪いのせいということにしておこう。
「えるにゃん、せくしー」
「……へっ?」
「エルナさん、こうしてみると本当にスタイル良いですね……羨ましいです」
「い、いやぁ……えーっと……」
ののはともかく、何も知らないリリェさんにそう言われると何だか複雑な気にさせられる。
というかリリェさん、俺に言わせればあなたも十分すごいんですが?
中々のボンキュッボンなんですが?
「ぐぬぬぬ……自分で選んでおいてなんですが、やっぱり妬ましいのですよ!」
「うん、それは知らん」
リリェさんが綺麗な黒髪と競泳水着という、いかにも水泳部上がりの頼れそうな女性を思わせるのに対し、アリィは所謂スク水というヤツである。平坦なボディも相まってロリッ子にしか見えない。
あれだ、完全に合法ロリというヤツだ。エィネ程じゃないが。
「ぐぬう! こうなったら憂さ晴らししてやるです! エルナちゃん、あの岩までどっちが速くたどり着くか勝負です!」
「はぁ!? べ、別にいいけどさあ」
勝手に嫉妬してその憂さ晴らしと言われてもな?
というか、俺の気分転換って名目忘れてるだろこのケモ耳ロリっ子。
アリィが指さしたのは、眼下に見える海から大きく突き出した特徴的な三角岩。
海岸からだとおおよそ100メートルと言ったところだろうか。
……100メートルか。
いささか自信がない……元の体でも100メートルってやっとだったんだよなぁ。
「まあ、折角海に来たし、何にせよ泳いでおかないとね……」
「何か言いましたか! 怖気づきましたか!」
「なんでもない! 自信はないけど、受けて立つよ」
「よーし! じゃあ早速しょーぶなのです!」
「ダメよ二人とも!」
俺の返事を聞き、アリィがノリノリでクラウチングスタートの姿勢をとった時。
割り込んできた声に振り向くと、何やら母さんとリリェさんが、物申すとばかりに頬を膨らませていた。
ののも隣でぷんすかしているようだが、多分これは便乗しているだけだろう。
「先に日焼け止めを塗りなさい!」
「アッハイ」
……持ってきてたのね。
* * * * * * * * * *
「んっ……」
「こ、こうか?」
「あっ……そこぉ……んんっ」
「ここがいいのか」
「うん……そこ、気持ちいい……もっとぉ」
「わ、わかった」
「わかったじゃねえ!?」
「わかったじゃねえです!?」
隣でアリィに日焼け止めを塗っている親父と、塗ってもらっているアリィがものすごい形相で俺とグレィにツッコミを入れてきた。
俺はグレィに塗ってもらっていた訳だが、グレィのヤツがまたいい感じに力を入れてくるもんで、ついでにマッサージ的な感じで要求しただけなんですがね?
何かまずかったですかね?
「おんのれイチャイチャしおってえ……旦那、この男本当にドラゴンの王サマですか!」
「こ、これは監視の目を厳しくする必要があるな……なあロディ」
「そうね。グレ君にはまだ早いわ」
「何故だ!? 何がだ!?」
何だか知らないがグレィの肩身が狭くなっている。
うーむ、ただ日焼け止めを塗ってもらっていただけなのだが。
別に俺の水着がはだけたとか、そんなとらぶるチックなことは一切無いのだが。
リリェさんもなんだかグレィに憐みの目を向けているが、ののは全然気にしていない様子。というか、何か気になるものでもあったのか完全にあらぬ方向を向いている。
あれ、そう言えばシーナさんの姿が見えないがどこへ行ったのだろうか。あの老賢者サマだったら別に心配はなさそうだが……まあ、そのうちひょっこり出てくるだろう。
とりあえずグレィ、南無三。
「……解せん」
「なんか、うん。ドンマイ」
「おじょぉ……」
「ぬぉぉぉ、またイチャイチャムードですか!」
「違うよ!?」
いちゃいちゃとかしてないし、アリィの中で俺とグレィの関係がおかしなことになってないですかね?
まあ、グレィの呪いの方はそのうち何とかしないととは思うけど、間違ってもそんな関係ではございませんので!?
「ああもう嫉妬の炎がファイヤーしそうなのです! 早く行くですよ!」
「勝手に嫉妬されても……はいはい」
「ダメよ二人とも!」
「……今度はナニ」
「先に準備運動しなさい!」
「「ア……ハイ」」
ぐうの音も出ないです。
* * * * * * * * * *
そんなこんなで準備体操を済ませ、俺とアリィが波打ち際に並ぶ。
勝負内容は三角岩の頂点に触りこの場所まで戻ってくるというもの。
つまり往復100メートル泳ぎ、2メートルほど突き出している岩を登り、さらに100メートル泳いで戻ってくるというものだ。
まあ、まず間違いなく俺は泳ぎ切れないと思うが、一応奥の手はあるので頑張ってみようと思う。
思うのだが……
「な、なんかギャラリー多くない?」
「そうやって気を逸らそうとしても無駄ですよ!」
「いや、そういう訳じゃ……」
もしかしてアリィ、あなた嫉妬のあまり周りが見えていないのではないでしょうか。
普通に遊びに来ているであろう人々が、なぜか俺たちの周辺に集まってきて完全に野次馬化している。
エルフと獣人の競泳なんて早々見れるもんじゃないってか?
見世物じゃないんですがね?
「位置について~」
しかし野次馬共になど目もくれず、審判を名乗り出た母さんが問答無用で号令をかけてくる。
次の「よーい」の掛け声で俺も慌てて態勢を整え、後ろにとられていた気を前へ……水平線に佇む岩へと集中させる。
――そして
「どんっ!」
ピストル代わりに風の空砲が鳴り響き、俺とアリィは同時に砂浜を蹴った。
波打つマリンブルーの中へ勢いよく飛び込んだ俺は、波に流されまいとすぐさまクロールの型を取り、目的の三角岩めがけて泳ぎ始める。
体を真っ直ぐに伸ばし、しっかりと水を蹴り、両の手が交互に水を掻く。
滑り出しは順調……そう思い最初の息継ぎのついでに前をちらりとだけ見ると、隣にいたはずのアリィが10メートルは先にいた。
「早っ!?」
まあ、もとよりこの手の身体能力では敵わないと思ってはいたが……すごいな?
エルフに魔法特化型の人が多いのに対して、獣人族は単純に身体能力が高い人物が多い。
しかしほんの数秒でここまでの差が出るとは、いやはや驚きである。
それからまた少し……15秒もしないうちだろうか。
三角岩は未だ遥か彼方。
しかし俺の体力の方は既に限界が見えてきつつあった。
うん、いくら何でも早すぎではないだろうか……と言いたいところだが、スタートダッシュ以降思うように前に進まなくて余計に体力を使っているような気がする。
なんかこう、波の影響を抜きにしても水の抵抗が強いというか……特に胸の辺りが。
あとあれだ、髪が濡れて重い……多分要因としてはこの辺が大きいだろう。
アリィはもう岩に到着しそうだし、このままじゃ間違いなく負ける。
俺は身体能力ではアリィに大きく劣るが、負けるつもりで勝負を受けるほどやさしくもない。
……予定より随分早いが、奥の手を使わせてもらおう。
俺はバタ足をやめ、水を掻く手も次の息継ぎの後に真っ直ぐと伸ばしきる。
そして足の裏に『魔力を集中』させ、吹き荒れる突風をイメージし一気に――――
「あっ!?」
次の瞬間、アリィのそんな声が聞こえてきた。
岩までは残り数メートル。咄嗟に足の向きを変え、体を水面から飛び上がらせる。
そうして噴射する風の威力をなんとか調整しながら三角岩のてっぺんに着地すると同時に、アリィも岩の下までたどり着いた。
これぞ奥の手、必殺魔法ブーストである。
「エルナちゃん、魔法はずるですよ!」
「き、禁止はされてないし……アリィは元気だね……」
物申してくるアリィはまだまだ余裕と言う様子。
対する俺はもう心臓バックバクで息も絶え絶え。
精神力が必須である魔法のコントロールも、今の状態では微調整はかなり難しいだろう。
正直今さっきと同じことをしようとしたら、今度は砂浜に突っ込む自信がある。
泳いで帰るのもまず体力がもたないし下手したら死ぬ。
「辛そうですね? そんなにきつかったです?」
「思ってたよりも……大分……いや、結構ヤバイかも」
「じゃあ帰りは私の上に乗せて行ってあげます! その代わりこの勝負は私の勝ちです!」
「は、はははは……それでいいんかい」
「いいのです!」
それは勝負としてどうなのだろう……。
さっき言ってた憂さ晴らしにもならないだろうし、よくわからん。
……まあ、本人がいいって言ってるならいいか。
「じゃあ、それd――」
ドーーーン!!
俺がアリィに返事をするのとほぼ同時。
そう遠くない場所で、ものすごく大きな……恐らく水を弾く音なのだが、まるで大砲でも打ったかのような、それほど大きな音が聞こえてきた。
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