4:27「その時が来るまでは」
「――――」
意識が覚醒すると同時に瞼が上がった。
続いて目をぱちくりと動かしてみると、両の目頭、そして目尻にかすかな違和感を覚える。恐らくは涙の跡だろう。
眼前に広がる光景は、海のマリンブルーと空のスカイブルーが綺麗に中心で縦分かたれており、己の体が横たわっているのだと言うことを認識する。
ということは、この右の頬に感じる心地良い人肌の感触は……
「膝枕……?」
「おはようエルちゃん、よく眠れた~?」
「ファッ!?」
ものすごく聞きなれた、しかし今聞くことは無いであろうと思っていた声に驚いた俺は、まるでバネにでも跳ねられるかのように勢い良く体を起こ―――
「ふごっ!?」
「あらあら」
体を起こそうとして、柔らかくも弾力のある二つの肉塊にぶつかった。
気を取り直して、俺は声の主を確かめようと上体を起こす。
するとそこには、布が多すぎず少なすぎず、大人の魅力を最大限に引き立てる黒いビキニを纏った母さんの姿が。
驚愕と困惑の入り混じった何とも言い難い顔をする俺に対して、母さんはきょとんとした表情でこちらをじっと見つめ返してきていた。
「な、なんで母さんが……」
「なんじゃ、わしの膝枕の方が良かったかいの?」
「……シーナさん」
母さんの後ろからひょっこりと姿を現したシーナさんは、元の老婆の姿になっていた。
「エルナちゃーーんっ!!」
「いだっ!? アリィ!? ちょ、抱きつくないてててててててて」
完全に死角……後ろから思いっきり抱き着いてくるアリィ。
持ち前のバカ力で俺の柔らかい皮膚がきりきりと締め付けられ、やがて全身から悲鳴がああいだだだだだだだだだ!!
「こらアリィ! エルナさん痛がってるでしょ!」
「あら? これは失敬」
「しぬ……て、あれ」
アリィのきりきり地獄から解放され、息も絶え絶えになりながら後ろを振り向くと、そこにはアリィやリリェさんだけでなく、親父にグレィ、ミァさんやののの姿も見て取ることができた。
ミァさんは何故かメイド服のままであるが、ほかの面々はしっかりと水着に着替え終わっている……どうしてここに?
「みな、おぬしが遅いからと戻ってきたんじゃよ」
「あぁ、それは……ご迷惑おかけしました……」
「何、気にするなって」
「…………」
そっか、ここに来たのって俺の気分転換っていう名目もあったんだっけ。
そりゃ来なければ心配もするか。俺、どのくらい寝て――
「そういえば今何時!?」
空は明るい。
日もまだ出ている。
でも確かに俺は寝てた。
もう日も長くなってくる季節、見た目明るくても、もしかしたらもう結構時間が経ってるなんてことも……!
「安心してください、まだ13時を回ったくらいですよ! まだまだ時間はダイジョーブです!」
「そっか……よかった」
ホッと胸をなでおろし、安どのため息が漏れだした。
折角海に来たというのに、その大部分を寝ている俺の面倒を見るのに使われてしまっては、こちらとしても後味が悪い。
朝早くに出てきたのが幸いしたようだ。これが昨日だったら、もうとっくに日が暮れてしまっていた。
「うん……よし、じゃあ俺……私も着替えてくるから、もうちょっとだけ待っててもらっていいかな」
「行ってくるがいいです! 私の水着セレクトに間違いはないです!」
「わたしもまだ見てないのよねぇ。エルちゃんの水着、楽しみにしてるから♪」
「……お嬢の……水着……」
「あ、あはは……そう」
準備万端(ミァさん以外)な面々に見送られ、俺は水着の入った袋を片手に更衣室へ向かう。
正直なところ、まだ心の方は万全という訳ではない。
むしろ未だ程遠い所にいると言っても過言ではないだろう。
それでも一度泣いて、全部吐き出して、吹っ切れた……と言うには程遠いが、来る前よりは大分楽になったような気がする。
ごちゃごちゃしていた頭を洗い流して、シーナさんが言っていたことが少しだけ分かった気がした。
そして分かったついでに一つ、目が覚めた時に決めたことがある。
今の俺は、謂わば数式を解いている……いや、未だ解く前段階。
一つの『解』を見出すために、納得できる『公式』を探しているのだ。
しかもそれは前人未到の領域で、導き出すのにどれだけ時間がかかるのかもわからない。もしかしたら何十年……下手したら何百年とかかるかもしれない。
俺はハーフだし、寿命がどれくらいあるのかはよくわからないが、エルフが千年生きることを考えればありえない話じゃない。
だがもしそうなるとしたら、途方もない時間をただ悩んで過ごすことになってしまうかもしれない……心が正気でいられるかもわからない。
そんな人生は真っ平御免だ。
自分の悩み事で自分を壊すなんて、絶対にあっちゃならない。それは俺だけでなく、親身になってくれている人々をも悲しませることになる。
悲劇の主人公になんて、絶対になりたくない。だから――
だから俺は、とにかく今を楽しむことに決めたのだ。
俺の悩みは、早々に答えが出せるものではない。
だから悩みすぎて、これ以上参ってしまう前に……一度考えるのをやめて、今まで通り……今を精一杯生きることにした。
でもこれは、決して答えを探すことを放棄したわけじゃない。
今を精一杯生きる……そうすることがが結果的に、答えを出すためのきっかけにつながると思っただけだ。
こうすることでしか、答えは出せないと思っただけだ。
「為せば成るって言うし、うじうじしてても始まらないもんな……切り替えてこう! そのために来たんだから!」
自分への激励を声に出し、同時に頬を叩き入れる。
こうして俺は心機一転、精一杯今を楽しみ生きるために……更衣室へと足を踏み入れていったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます