4:26「老賢の戯言 2」
シーナさんは手を俺の肩までもっていくと、そのまま抱き寄せるように……そして、その優しい表情を俺に向けながら言葉を紡いだ。
「わしから言えることはたったひとつ……と言っても、投げやりな答えになってしまうが」
「…………お願い、します」
返事は求められていなかっただろうが、震える声で、すがるように俺はつぶやいた。
シーナさんもそんな俺に応えるように、手を俺の肩から頭に戻し、優しくなでながら口を開いた。
「――今は悩め。おぬしの悩みは、答えを出そうとして出せるものでもあるまい。辛く苦しい時になるだろうが、焦ってはいかん……焦りさえしなければ、おのずと答えは見えてくる」
「本当に……投げやり、ですね」
「じゃろう?」
お互い苦笑いをし、顔を見合わせる。
まあ、これも分かってはいたことだ。
焦らずじっくり、悩んで悩んで悩み抜いて、その時が来るのをじっと待つのだ。
いつになるかはわからないが、こういった心の悩みは、時間が解決してくれることも少なくない。
答えが出せないのなら、今はその時ではなかったということ。
シーナさんの言葉を聞いて、若干ではあるものの心が楽になったような気がした。
もしかしたら俺は、俺じゃない別の誰かに、それを言ってもらいたかったのかもしれない。
「……ありがとうございます。少しですけど、吐き出して楽になったような――」
「ああそうじゃ、もうひとつあったの」
「ん――っ」
もうひとつ。思い出したかのようにシーナさんが言うと、まるで母さんがいつもするかのように俺の体を更に抱き寄せ、その豊満且つ美しい胸の中に誘われる。
そして放さないようにぎゅっと腕を回してくると、まるで俺の心に直接語り掛けてくるように、ゆっくりと囁きかけてきた。
「涙を我慢するのも厳禁じゃ。辛い時、苦しい時は、迷わず泣いてよい……我慢していても、いいことなんぞひとつもない。思う存分涙を流して、身体の中を洗い流すんじゃ。そうして心を落ち着かせてから、また悩めばよい」
「……で、でも」
「辛い時に涙を流すのは、男も女も関係あるまいよ」
「――――!」
言ってほしかったというよりは、まるで針に糸を通すような……そんなピンポイントの言葉だった。
小さな針孔を勢いよく、且つ的確に撃ち抜かれ、抑えていた涙腺が見る見るうちに緩んでいくのが分かってしまった。
「う……うぅ、ぅぐっ」
「辛いか?」
しかし針孔を突いてもなお、シーナさんの言葉は止まらない。
追い打ちをかけてくる彼女の誘惑を前に、もう体が……この口が、言うことを聞いてくれそうになかった。
「……づらい」
「苦しいか?」
「うぐっ、ぐる……しい……」
「……泣きたいか?」
「フー……ぐずっ……う、うぅぅぅ……」
涙と鼻水で濡れた顔は大きく歪み、俺の喉から発せられる音は、もはや言葉として成立しない。
言葉にならない言葉の代わりに、俺はシーナさんの背中に腕を回す。
彼女の服を濡らしながら、残されたわずかな理性のすべてでもって抱きしめ返した。
シーナさんもそんな俺に精一杯応えようと、抱き寄せる腕により一層の力を込める。
そして……。
「なら満足いくまで泣けばよい。今は、わしがついておる」
その言葉を最後に、俺は理性もプライドも何もかも……全部投げ捨てて、ひたすらに泣いた。
人目もくれず、大きな声を上げ……意識を手放すとの時まで、答えの出ない、枯れぬ涙を流し続けた。
* * * * * * * * * *
「ハロ~! サラ、今戻ったよ。元気してたかな?」
「あ! おかえりなさいませ、メメローナ様!」
王都レイグラス――その外れも外れにある、寂れた役場のような場所。
つばが広く先端の尖った、魔法使いですと言わんばかりのエナンを表情が見えないほどに深くかぶりこんだ少年……メメローナの後を、大量の石が入った大きな籠を背負うオレが付いて行く。
オレ……ガレイル・クレセンドは彼の討伐戦以来、この怪しげな少年にとらわれ、言われるがままに『魔鉱石』と呼ばれる石をひたすら集めていた。
一度は逃げることも考えたが、ヤツの化け物の様な魔力に圧倒されたオレは、自分の意思で牢屋に戻ることも許されず、世界のありとあらゆる鉱山を飛び回った。
そして今日……必要な魔鉱石が集まったと告げたメメローナと共に、ようやく彼の拠点でもあるレイグラスへと戻ってくることが許されたのだ。
「あの、メメローナ様」
「ン~? 何だいサラ。急いでるから手短に頼むよ」
「えっと、その男性は……」
サラと呼ばれた女性が、まるで連れてこられた捨て猫を見るような疑問の眼でオレのことを見つめてきた。
メメローナは一瞬なんのことかと首をかしげたが、忘れていたとばかりに手を打ち、彼女に説明を施さんとする。
「あー、このナイスガイはガレイル・クレセンド。英雄君のフレンドでね、ちょいとワケあって連れて来た♪」
「はあ……って! 私知ってますよ!? その人以前牢屋から脱走した……お城の兵士さんが血眼になって探している人じゃないですか!」
「なっ! そんなことに……」
移動は基本的にメメローナが使う【飛翔】か【
まあ、当然と言えば当然だが、こんな外れにまで伝わる程の騒ぎになっているとは……。
「あーソレ完全にミーのせいだね! 失敬! ソーリー!」
「失敬って……はぁ、あなたって人は……」
楽観的な返事をするメメローナに、彼を見て呆れるサラ。
どうやら彼女との間には、このような厄介ごとが日常茶飯事であるようだ。
「それでサラ、『準備』はしておいてくれたかな?」
「あ、はい! そちらの方は滞りなく」
「よしよし、ベリーグッド! 流石ミーの弟子だね」
「お、おい!」
準備と言う単語を聞いて、奥の部屋に入って行こうとするメメロ―ナを咄嗟に引き留める。
オレが集めた魔鉱石もその準備とやらの一環なのだろうが、魔鉱石はその名の通り魔力のこもった石。
これは大きさや質に大きなばらつきがあるものだが、オレが集めさせられた物は拳一つ分でも王都を半壊させられるほどに魔力の籠もった超高密度……時価にして数千万
しかもそんなものを1メートルある籠一杯に集めさせられたのだ。
戦に使うものではないとは言われていたし、その言葉に嘘はないように思えた。
しかしそれでもこんなものを使って何をしでかすつもりなのか。これだけは聞いておかねばならなかった。
「……一体何をするつもりなんだ、お前は」
「ン~? まあまあ、ユーには関係ナッシン! ていうか見てればわかるよ、デンジャラスことではないから安心しなって。 ほらほらついてきな」
「…………」
ついてくればわかる。
そう言ってすたすたと奥へと進んで行くメメローナ。
オレは答える気がない彼の代わりにサラへと目を向けると、彼女は苦笑いしながら一言だけこう言った。
「ご安心ください。メメローナ様は少し変なお方ですが、悪いお方ではありませんから」
そういう問題ではないのだが……。
オレはその言葉の代わりに大きなため息をつき、メメローナの後を追った。
「ガレイル君は魔鉱石置いて適当にシッティン。ちなみに逃げたらわかってるね?」
奥にある部屋は、まるでおとぎ話に出てくる魔女の部屋。
おとぎ話の様な大きな窯は無いが、様々な書物が机の上や部屋のあちらこちらに散乱しており、床の中心には怪しげな魔法陣が大きく描かれている。
オレはメメローナの言う通りに魔鉱石の入ったかごを置き、空いているスペースに座り込む。
するとメメローナは、集めた魔鉱石を乱暴に魔法陣の上にばら撒きはじめると、大きくニヤけた面をオレに見せつけ――――。
「さて、レッツスタートだ! 『彼』の体を、サルベージするよ!」
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