4:13「山間の町ネリア」

 ネリアの町は山間にあるというだけあって、木造の建物が多い町らしい。

 そして俺はその中に入る直前、親父が言っていた「俺がこの町を好きなる」ということの意味を理解した。

 門の外から見えた三角の屋根には一対の耳のような形のでっぱりがあり、門にでかでかと掲げられた看板にも同様の耳。

 そして検閲官さんの頭にもケモ耳。

 要はこの町――


「獣人の町……て、ことなのかな」

「お、なんだエルナちゃん知らなかったのね。そうよ、ここは獣人の町ネリア。住人の約9割が獣人族ってので有名な町なの」

「異国の貴族であるボクにも皆優しく接してくれる。とてもいい所だよ! エルナさんもきっと気に入ってくれると思う!」

「へぇ~」


 そっかー、獣人ねえ。

 いやまあ、親父が言いたいことは分かる。

 確かに獣人といえばアニメや漫画、ラノベにゲームなどなどファンタジーじゃあ定番中の定番だ。

 これが『完全初見』だと言うのなら、それはもう興奮物だっただろう。


 しかしながら俺には既に『アリィ』と言う獣人の知り合いがいて、しかも彼女には世話になってはいるがそれ以上に苦労もさせられている。言ってしまえばあまりいい思い出が多くない。

 もちろん心躍らない訳ではないが、そういう意味だったら俺は既に『エルフの里』という定番を経験済みなのだ。

 あの時の感覚と比べるとどうしても見劣りしてしまう。


 ……俺自身がエルフと人間のハーフとかいう超希少種だし。


「言っちゃ悪いけど……ちょっと拍子抜けって感じ」


 誰にも聞こえないように小さくつぶやき、俺たちは検問を受け町に入っていく。

 先の通り俺は希少種であるハーフエルフと言うことで、検閲官の人に少々絡まれはしたが、そこはラメールが顔を通してくれて事なきを得た。

 馬車はこのままラメールの別荘まで行ってくれるらしく、護衛の3人もそのままに、道幅おおよそ5~6メートルの逆方向を行く馬車とギリギリすれ違える程度の道を、ゆっくりゆっくりと徐行でもって北上していく。


「本当に獣人ばっかりなんですね」

「壮観っしょ!」

「――と、言いたいところだけどねぇ」

「は、ははははは……ソラさん……それは考えないようにしてるので……」

「た、大変なのですね……エルナ殿は」


 行く人来る人、老若男女獣人ばかり。

 ケモ耳尻尾以外は人間となんら変わらない人もいれば、まさしく二息歩行の動物という人も居る。

 町に入る前に比べたら確かにワクワクはしてくるのだが――



 それ以上に俺の容姿が目立ちすぎる!!



「皆エルナさんの魅力にメロメロなのだよ!」

「私、そっちの気はないんで!」


 エルフというだけでも注目を集めやすいというのに、美人でスタイルも良く、この膝上まで伸びた長~い髪も女性としての色気をより一層強調させる。人相が良ければ胸もでかい、これが目立たない訳がない。

 おそらくだが、ラメールが一緒に居るというのも一役買ってしまっているだろう。


 ……というか、ファメールの町でさえまだ人目につくというのに、初見であるこの町でこうならないはずもなかったのだ。


「はぁ……好きになるって言うからちょっと楽しみにしてたのに、また苦労の方が大きくなりそう…………だ?」


 大きなため息が出た矢先。

 ふと街道沿いの植え込みが目についた。

 何やらガサガサと、明らかに何者かが隠れているような怪しげな動きをする茂みへ向け、じっと目を凝らしてみる。

 もしかして、一昨日の気配の正体だったり……?

 そう思い立った俺は、ますます怪しげな植え込みを凝視しその正体を探ろうとする。

 ……その時。


「えーるにゃーーん!!」

「……………………!?!?!?!?!?」


 植え込みの茂みから飛び出したソレを見て、俺はかつてない程に顎を落とした。

 見間違いかもしれないと目を見開いてぱちくりさせども、元気に両手を振ってくる幼女はばっちり視界の中に収まっている。

 ……うちに居るはずの幼女――ののの姿がそこにあった。


「ばッ!?」

「あっ!? のーのちゃんダメ!!」

「ああっ奥様! フードが!」

「メイド長、あんたもだ」


「!?!?!?!?!?!?!?!?!?」


 飛び出したののを止めようとしたのか知らないが、彼女に続いてまたもや見覚えのある面々が茂みの影から姿を現してくる。

 親父に母さん、ミァさんとグレィ……ファルを除いたオミワラズファミリーの面々が見事なまでに集結してしまっていた。


 親父が頭を抱え「やっちまった」とでも言いそうな顔をしている。

 俺を見送る時に親父の様子がおかしかったのはこういうことだったのか?

 いくら心配だからってわざわざこんなところまで……つーかどうやって来た!?

 あの様子からして、多分俺たちより早く到着してるよな!?


「エルナさん? どうかしたのかい?」

「えっ!? い、いや、なんでもない! なんでもないよ!?」

「? そ、そうかい?」


 ――しまった!

 ラメールの声に焦ってしまいなんでもないなどと言ってしまった。

 一度降ろしてもらって、なんでここにいるのか親父に追求してやろうと思ってたのに。

 でもこう言ってしまった手前訂正するのも、それはそれでラメールのヤツにいらぬ心配を掛けてしまうかもしれない。

 いや、心配だけで留まればまだいい。変に勘繰られてバレたらもうとても面倒くさい……くそう、しくじった!!


 気になる……ものすごく気になるところではあるが、ここに居ると言うことはまだ接触するチャンスはあるハズだ。

 波乱に波乱が重なる――そんな予感を胸の内に秘めながら、俺たちが乗せた馬車はラメールの別荘へと向かって行ったのだった。



 * * * * * * * * * *



 町の東端に建っているテラス付きの2階建ては、その庭も含めてしっかりと手入れを施されているようで、まさしくお金持ちの別荘という雰囲気をこれでもかと漂わせている。


「それではクラウディア興、ご利用ありがとうございましたで」

「うむ。御者殿に護衛の3人もご苦労だった。また頼むよ」

「ありがとーっス!」

「うむ」

「またね、エルナちゃん」

「あ、はい! ありがとうございました!」


 ラメールから報酬を受け取った御者さんとソラさんたちを、俺は手を振りながら見送る。

 既に空は赤く染まってきており、町にはあかりが灯り始める時間。

 高台方面に建てられた別荘の門前からは、【灯火】の魔道具で照らされていく町の風景がよく見える。この場にカメラがあれば、記念に1枚撮っておきたかったところだ。


「さてエルナさん、ひとまず荷物だけでも運び込んでしまおうか」

「ん。ああうん、そだね」


 この3日間で、持ってきた食料はほとんど食べつくしたので、荷物と言っても俺とラメールの着替えくらいだ。

 それでもネリアの町には今日含め3泊する予定なので、洗濯することを考えても予備を含めて6日分。 一応何かあったときのために討伐隊時に使った装備も持ってきておいたので意外と量がある。

 ラメールは私室へ、俺は2階の客室へそれぞれ荷物を持って行った後、洗濯する物だけ1階の風呂場前に用意されていた洗濯籠へ入れておいた。


「一緒の籠に入れてくれても良かったのだよ?」

「え、絶対ヤダ。洗濯も分けてしてもらうように言っておいて?」

「辛辣……!! だがそのトゲがやはりイイ!!」

「はいはい……」


 3日も経てばいい加減こいつのこの反応にも慣れてくる。

 相変わらず寒気がすることには変わりないが、反論されないだけまだ扱いやすいというものだ。

 この別荘には週1で清掃に来てくれる家政婦の人がいるらしいのだが、ラメールが此処に来る間は毎日来て炊事洗濯まですべてやってくれるのだとか。

 今回は到着が夕暮れ時以降になるからと、明日から来てくれる予定だそうだ。


「さてエルナさん、今日この後なんだが」

「ん、何?」

「家政婦さんが明日来るというのは話しただろう? つまり今日は浴場もディナーの準備もできていなくてね。来て早々で悪いのだが、今からお付き合い願えるかな?」

「あー……そっか、わかった」


 となると、外食と温泉ってところか。

 そういえばしっかり外食と呼べる外食をしたのは転生初日以来だ。

 温泉に至っては初めて……うん、たまにはこういうのも悪くない。まあ、これもラメールと一緒じゃなければの話だが。

 でもそうか、そうなると……


「先にお風呂でもいいかな。拭いてるとはいえ、3日も入ってないと流石に気持ち悪くて」

「もちろんさ! ボクとしても、エルナさんのような美しい女性に旅の汚れをそのままにしろだなんて言えないよ! 例えギルドに登録している冒険者だとしてもね」

「ふぇっ? ……し、知ってたの?」

「レイグラスではよく噂されてるようだよ。ボクでさえ、1泊のうちに3回も聞いてしまったくらいだ」

「へ、へぇ……別にいいけどさ……」

「さあ、そんなことより行こうじゃないか! ボクたちの初デートへ!」

「へーへー……」


 そんなに張り切っちゃって、本番は明日なんじゃないのかね。

 ま、それも別にいいけど。

 どうせフる男だし。


 こうして俺は、またさりげなく手を繋ごうとしてくるラメールから少し距離を置きながら、獣人の町ネリアの温泉へと向かって行くのであった。






 ……ん?

 …………温泉?

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