4:12「旅路 2」

「オウグさん? もしかして」

「うむ。しかし……」

「逃げられたっスね」

「オウグが変に反応するから~」

「お前たちが能天気すぎるのが! ……いや、すまん。そうだな」


 オウグさんに気が付かれたことがばれてしまったのか、こちらに向けられた気配の主は、俺たちに何かを仕掛けるまでもなく逃げ去ってしまった。

 この様子だと他の2人も気が付いていたようだが、俺はオウグさんの声を聞くまで全く……やはり経験の差と言うヤツなのだろうか。


「試しに探ってみますか?」

「いや、エルナさm……エルナ殿はゆっくりしていてください。貴女は客人だ、わしらに任せておけばいいんです」

「そうそう、それこそあたしらの存在意義が無くなっちゃうわ」

「あっ……すみません、つい」

「謝ることはないっス! どーんと構えてればいいんスよ! どーんと!」


 どうせバレてるのならといつもの索敵方法でやってみようかと思ったのだが、いらぬお節介だったようだ。

 この体に転生して以来、守られるという行為にはどうしても抵抗心が湧いてきてしまう。ここは甘えておいてもいいと分かっていても、何となくいい気はしない。


 その後、屋敷うちから持ってきたドライフルーツで間食を挟みつつ数時間。

 少しばかり緊張感の増した馬車は、何事ともなかったかのように順調に街道を進んで行く。

 そうして夕暮れ時、平原とも呼べそうな大きく開けた場所に出たところで、この日は野営をすることになった。


「ん……あれ、ボクは……」

「お、起きた? もう日が暮れるよ。今日はここで野営するって」

「エルナさん……そうか、ボクは寝て――ッて何ィ!?!?」


 起きて早々暑苦しいラメール。

 護衛の3人は御者さんと共に野営の準備を進めている(レインさんは馬車を見てくれているが)中、俺はラメールが起きるまで側にいてほしいと頼まれてしまった。

 本当は俺も野営の準備を手伝いたかったのだが……まあ、護衛対象がバラけて何かあったらそれはそれで面倒臭いし、仕方なくこうしてヤツが目覚めるのを待っていたわけだ。


「なんてことだ……移動中も親睦を深めようというボクの完璧な計画が……!!!」

「はいはい、声に出してるうちは無理だからさっさと降りる」

「辛口なエルナさんもイイ……」

「つねるよ?」

「いだっ!? もうつねってるよエルナさん! これはどんなご褒美だいでででで!!」

「…………」


 ダメだこいつ、早く何とかしないと……いや、もう手遅れかもしれない。

 この調子だとフッても余計に張り切って「いつかふさわしい人間になってみせる!」とか言い出しそうで……ああ、考えたくもない。


 身震いしながら馬車を降りると、既に準備万端とばかりのたき火と天幕が俺たちを出迎えた。


 そう言えば全然気にしていなかったが、こんな風に日を跨ぐような馬車旅は生まれて初めてか。状況が状況じゃなければ、もっと楽しみたいところなんだがなあ……。


 心の片隅でそんなことを思いながら、オウグさんが昼間に遭った気配のことをラメールに説明する姿を眺める。


「そうか、ボクが眠りこけている間にそんなことが……と言うことは、そいつらは今も?」

「警戒してはいるのですが、あれから姿を現す様子はないです」

「ええ。全く音沙汰無し……今夜はちょっと気を付けた方がいいかもね」

「! そっか、そうですよね」


 奇襲と言えば夜と相場が決まっている。

 昼間の様子からして、こちらの警戒が強まる今夜に仕掛けてくるというのはいささか考えにくいが、それでも可能性は十分にある。

 昼間からずっと警戒態勢を続けているのだから、勿論それだけ疲労もついて回るということで……その隙を突かれたらと思うと恐ろしい。


「でも、本当に私たちを狙って来たんでしょうかね? たまたま通りかかった動物とか魔物モンスターって可能性は」

「それだったらこちらとしてもありがたいんだけどねー」

「この辺狼とか出るって聞いたっスよ、人でもなんでもすばしっこいのはメンドいっス~」

「いずれにせよ、警戒するに越したことはない。今晩わしら3人はローテーションで仮眠を取り、常に2人体勢で馬車を見張りますので、エルナ殿にクラウディア興、それから御者殿もご安心を」

「いやあ、それは頼りになりますで、よろしく頼みますで」


 言い忘れていたけれど、御者さんはルーイエの里へ行った時の人と同じ人だった。少し小太り気味で、語尾に「で」をつける気のいいおじさんだ。


「なんか、すみません……お手を煩わせてしまって」

「なーにエルナちゃん、またそんなこと言ってるの? これはあたしらの仕事のうちなんだから、気にすることないのに」

「そーそー、もっと気楽にいこうっス! 折角の初デートが台無しになるっス!!」

「わかってはいるんですけどね、性分というか……」


 最後に小さく「デートはどうでもいいですけど」と、ラメールには聞こえないように付け加えておく。


「レイン、お前は楽観的過ぎるんだ。もっと冒険者たる自覚をだな……」

「あーあー始まっちゃったよ、オウグ先生のお説教」

「おれっちトイレ行ってくるっスー!」

「あ!? こらレイン!」

「ははははは……大変ですね」


 馬車の裏へと逃げていくレインさんを叱りつけるオウグさんだが、それを追いかけに行く様子はない。

 ああは言いながらも、俺たちの護衛を忘れないくらいの冷静さはあるようだ。

 なんだかんだで仲の良さそうなやり取りに心を和ませていると、今度はラメールがおもむろに立ち上がり、俺にキザな笑みを向けてくる。


「どれ、ボクも少しだけ席を外させてもらうよ」

「ん、そう」

「クラウディア興、ではわしがお伴を」

「ああいいんだ、本当に少しだから。それよりも、エルナさんをしっかり護ってくれたまえ」

「ぬ、ぬう……そう仰るのなら……」

「頼んだよ、ソラちゃんも」

「え、ええ」


 ソラさんが少しぎこちない返事をした後、ラメールは馬車が来た方向を戻る様に歩いていった。

 それにしても今、どこか様子がおかしかったような、でもやっぱりいつも通りだった様な……ん?


「……ソラちゃん?」

「ああ。あたしね、昔あの男にナンパされたことあるのよ」

「ぶっ!?」

「3日で飽きられたらしいがな」


 ソラさんの告白に思わず吹き出してしまった。

 まさかの元カノ!?

 というかそんな人に護衛頼んでたのあのか野郎!?

 無神経にもほどがあるぞ!?


「ああ別に気にしなくていいわよ、もう何年も前の話だから。たまたまレイグラスで会って、そのまま流れでね。あいつだって、顔見知りの方が依頼もしやすかっただろうし」

「……なるほど」

「でもエルナちゃんも大変よねえ。アレ、無駄に押し強いし」

「そ、それはもう……本当に」

「顔と地位はいいんだけどねえ。中身がねえ……」

「まあ、今回は私もちょっとしくじっちゃったので……後でちゃんとお断りするつもりですよ」

「その前に飽きられちゃうかもね?」

「そうなってほしいですよ! 帰りのお金だけは請求しますけど」

「おう、やったれ!」


 ソラさんは胸部の方は少し控えめではあるが、全体的にスラリとしてて、きりっとした目つきはいいお姉さんであるような雰囲気を漂わせる。

 俺からしてみれば十二分に美人さんの類に入ると思うのだが、それですら3日で飽きるとは、本当にとんだ獄つぶしだ。

 あんな男とはさっさとおさらばしたいもんである。


「……モテる女は大変だな」

「オウグ、何か言った?」

「なんでもない……」


 オウグさんの皮肉交じりの呟きにも容赦ないソラさん。

 きっと前世の俺同様、そういうことなんだろう。

 オウグさんの気持ちが分かる俺としては是非ともフォローをしてあげたい所ではあるのだが、逆効果にしかならないのがもどかしい。


「でも、あの感じ……」

「ソラさん?」


 俺がオウグさんの力になれない無力感に襲われそうになっていたところに、ソラさんが何か違和感でも訴えるかのように言葉を続ける。

 彼女のその表情は、まるで感慨深いとでも言いたそうな雰囲気を醸し出していた。


「いやね、ラメールが貴女に向けるカオ、どこかあたしの時と違うなーって思って」

「は、はぁ……そうなんですか?」


 ソラさんの時と違う?

 一体どういうことだ?


「気のせいかもしれないけどね。ま! 精々頑張りなって。応援してるからさ」

「へ? それってどういう――」

「ただいまっスー。何の話っスか?」


 恋愛経験の無い俺としては是非ともその詳細を詳しく聞かせてほしかったのだが、タイミング悪く戻ってきたレインさんによって話が途切れてしまった。

 セリフの続きを俺が発する前に、ソラさんの目線も俺からレインさんに移ってしまう。


「モテる女は辛い話」

「ソラお前っ!?」

「アハハハ怒らない怒らない! 怖い顔がもっと怖くなるわよ?」

「ぬう……」

「オウグは堅すぎるんス! おれっちくらいが丁度いいんスよー――てあれ、クラウディア興は?」

「ああ、彼も少し席を外して……おおっと、噂をすれば」

「おや? 心配かけたかい?」

「いえ、ご無事で何より」

「ぬ……!!」


 次から次へと戻って来おって!!

 結局ソラさんに違和感とやらを聞く機会は、ラメールが四六時中俺にべったりだったせいでこの後も一度も得ることができなかった。


 そしてそれから2日。

 初日の気配以来これと言った不祥事もなく、俺たちを乗せた馬車は山間の町ネリアへと到着したのである。

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