4:5 「乱入者」

 唐突に聞こえた、聞き覚えのない男の声。

 後ろ――扉の方を振り返ってみると、そこにはシスターマレンと同じ赤い髪の青年が1人立っていた。

 白を基調に黄金色のラインや装飾を施された服にはかなりの高級感が感じられるが……


「……どなた?」

「ん、あいつは」


「この声、にーさんだ!」

「ラメール兄さん!」

「ラルにぃー!!」

「おじさーん!!」


 突然現れた青年はどうやらこの孤児院では顔が知れているらしく、子供たちの注目が一気にそちらへ傾いた。

 俺の周りにいた子たちも例に洩れず、1人残らず彼の方へ……。


「ああ、行かないで……うぅぅ」


 しかしそんな思いは届かず、名残惜しくも行ってしまった子たちを、俺はただ指をくわえて見守ることしかできない。


 ののと遊んでいる子と調理場にいる計6人は気が付いていないようだが、親父と母さんの所にいた子たちも全員青年の元へ行ってしまった。


 おのれあの野郎、あんなに子供たちにチヤホヤされおってからに……ああもう羨ましいし恨めしい!!


「ははははぁ! みんな今日は一段と元気だな! 何かいいことでもあったのかなー? あとおじさんじゃなくてお兄さんだぞー」

「うん! えーゆーが来てるんだよー!」

「ドラゴン倒したの!」

「エルフのねーちゃんもいるよ!」

「おっぱいでっけーの!」


「英雄? 英雄と言えば、あのキョウスケ・オミワラのことかい?」

「……はっ!? わ、わたし、もしかして気を失って……!?」


 英雄が来ていると聞き、彼の視線が子供たちから講堂の中……俺たちのいる方へ向く。そして同時に、気絶していたシスターマレンがハッと声をあげながら意識を取り戻した。


「――ん? エルフ?」


 エルフ――子供たちが言っていたセリフを青年が口にした途端、彼の表情が変わる。

 先程まで子供たちに囲まれしゃがみ込んでいた優しいお兄さんが一変、真剣と言わんばかりのそれにとって代わると、青年はサッと立ち上がり、一直線に俺の方へ向かって歩いてくる。


 ここでエルフと言えば母さんと俺……正確には俺はハーフエルフだが、なぜ何の迷いもなく俺の方へ?


 しかしそのような疑問を投げかける暇もなく、青年は俺の座る長椅子の前まで来ると、これまた勢いよく――それはそれは綺麗に跪き、こちらへ手を差し伸べてきた。





「名も知らぬお嬢さん! 一目惚れだ、是非ボクと付き合って頂きたい!!」





「えっ…………は?」


 俺は青年の言ったことがまるで理解できず、数秒ほどそのままフリーズしてしまう。


 えっと……一目惚れ?

 是非付き合ってほしい?

 付き合う?

 この男と……誰が?

 俺が?


「ぇ?――――……俺ェ!?!?!?」


 彼が言ったことを反復して思い出し、初めてその意味を理解した俺は、外面を見繕う余裕もなく驚愕の声をあげてしまった。

 あまりに急なことで子供たちですらもリアクションを忘れている。


「……俺?」

「あっ! い、いやその。急だったのでびっくりして……」

「いやいや、見かけによらずボーイッシュなんだね。しかしそれがまたイイ! ……と、そうだった。申し遅れたがボクの名はラメール・ソル・クラウディア。ここのシスターをしている、マレン・ソル・クラウディアの兄にあたる好青年さ」


 うっわ、自分で好青年とか言い出した。

 まさかこいつ、ナルシスト……?

 いや、それだけで決めつけるのはまだ早いが……ああ、面倒臭い。何だってこんな時に。


 内心ドン引きしながらも、名乗られてしまってはこちらとて無視するわけにはいかない。

 俺は青年――ラメールと目だけは会わせないように、しかし視線を外しているとも思われないように、顎のあたりを見ながら口を開いた。


「え、エルナ・レディレーク……です」

「エルナ! エルナさんと言うのか!! おお、『エルナ』……なんと甘美な響きか!! ボクの心を揺れ動かすその響き! イイ! すごくイイ!!」

「は、はぁ……どうも……」


 俺の両手を掴みがっついてくるラメール。

 流石に顔が引きつってしまい相槌もそれ相応に嫌悪感の混じったもの担ってしまった。


 暫定ナルシストの上に暑苦しく押しが強い……ああ、最悪だ。

 今彼の目には、『エルナと言う見た目に寄らずボーイッシュだが可憐な女の子』が映っているのだろう。実際は見るからにドン引きしているわけだが、周りが見えていないのか気が付く気配など微塵もない。


「に、兄さん!! 何やってるんですかぁ!」

「ムッ! その声は我が妹」


 そんなところに割って入ってくる、弱弱しくも芯の通ったシスターマレンの叫び。

 肉親……それも妹の声ともあれば流石に耳には届いたのか、ラメールは一旦俺の手を放し、シスターと向かい合う。


 シスターマレンは俺よりも少し背が低く、ラメールを見上げるその姿は小動物のように可愛らしいものであるが、先ほどまでの弱弱しさを感じさせない、太く堅い芯の通った……まさに母親の様な力強さを感じさせられた。


「半年ぶりに顔を出したと思ったら、またですか? 本当こっちに来るたびあの町この町でホイホイと……とうとうここでもですか!? 一体これで何回目ですかぁ!」

「またとは何だまたとは! 妹よ、恋とはどこでも、突然、不意に襲ってくるものではないか」

「そんなことありません! そう言って兄さん、いつも3日で飽きちゃうじゃないですか!」

「それは御縁が無かったってことさ妹よー、今度こそホンモノさ! ボクの熱いハートがそう告げている!」

「それももう聞き飽きました! 大体兄さんはいつもいつも――」


 どうやらシスターマレン、普段は弱腰だがラメールの前ではかなり強気になるらしい。


 俺は逃げるにはここが好機と見て、今いる長椅子から離れ、少し奥にいる母さんと親父の元に避難する。

 グレィは移動せずに何やらブツブツと言っているようだったが、今は自分の身が優先だ。


「なに? あの人……ラーメン?」

「ラメールね、母さん……」

「ああ……ラメール・ソル・クラウディア卿。マレンの兄貴で、この孤児院にも援助してもらってる、隣国じゃ名の知れた伯爵家の若頭だ」

「ほう……」

「そんで、大の浮気性と有名なヤツでもある」

「……なんでもいいけれど、いきなりエルちゃんに告白とかいい度胸してるわねぇ……?」


 一見温厚な表情を保っていた母さんだが、親父のラメールに関する情報を耳にした途端、明らかに眉間にしわが寄り、その表情に深く暗い影が落ちた。

 以前レイグラスのギルド連中が俺に如何わしい目を向けて来たとき以上の……密かな殺気をも感じさせられるそれに、俺ですらも戦々恐々としてしまう。


 そこまで思ってくれてるのは嬉しいけど……て、手出しちゃだめだよ?


「――で、兄さん。今日は一体何の用でいらしたんですか?」

「む、ああそうだったね。しばらく直接顔を出していなかっただろう? 丁度暇ができたから、半年ぶりに妹と子供たちの顔を見ておこうと……」

「本当は?」

「真の恋を探すついでに!!」

「……だと思いました」


 何が真の恋だ。

 一体それで何人の女性を泣かしてきたのやら。

 どうやら毎度のことらしいし、シスターマレンには心底心中お察しするが……俺も他人事ではいられない。

 相手は貴族でしかもかなりお偉いさんだ。

 下手をすればこちらの身も危ないかもしれないし、フるにしてもある程度慎重に……


「わたしガツンと言ってくるわ!! あんな人にエルちゃんを任せるわけにはいかないもの!」

「か、母さん!?」


 慎重に!?


「オウ、そうだな。地位がどうとか関係ねぇ、あんなヤツに愛する娘をやるわけにはいかん」

「ちょ、2人とも落ち着けってば!」


 前に出ようとする2人を抑えようと前に出る俺。

 いや、全然力たりないし抑えきれてないんだけど、じりじり押されてるんだけど。


 てか、何で俺当人よりも親父と母さんの方が怒ってるの!?


「オイ、貴様」

「――え?」


 俺が必死になって両親を抑えようとしているところに、これまた聞き覚えのある声が後ろから聞こえてくる。

 それと同時に、俺のよく当たってしまう嫌な予感が、警鐘を鳴らし始めた。


「む? 何だね君は」

「し、執事さん?」


 執事さん――この場でそう言われるのは、執事用のタキシードを着用したグレィを置いて他にいない。


 完全に迂闊だった。

 実の両親でさえこの有様だというのに、呪いによって俺への好感度が強制的に引き上げられている彼が、あのままじっとしているわけがないのだ。


 余裕がないながらに背後へ目をやってみると、案の定……グレィがクラウディア兄妹の前で殺気立ったオーラを漂わせている。

 ジッとラメールのことを睨みつけているグレィはポケットに入れていた両手を出し、右手を左手首……手袋の入れ口へ運んでいく。


 そしてするすると彼左手から外された真っ白な手袋は、「ぽすっ」と小さな音を立て、ラメールの胸に叩きつけられた。


「お、おい……グレィまさか……」


「なんのつもりかな」

「表へ出ろ。貴様に決闘を申し込む」

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