4:6 「どうしてこうなった!?」
「取れ。今消されたくなければな」
「何やってんだよあのアホ竜王ォ!?!?」
取れじゃないよバカぁ!!!
しかも何!? 「今消されたくなければ」とか言った!?
それで一応理性保ってるつもりなの!?
飛んでたら消してたの!?
やめて!?
「よくやったグレィ、それでこそ恵月の執事だ」
「負けないでぐら君!!」
こっちもこっちだよコンチクショウ!!
第一、ラメールだってまだ受けるなんて言ってないだろうに。
ああもう、穏便に済ませようと思ってたのにどうしてこうなる!
「……ほう? 一介の執事がこのボクに決闘を?」
やはりグレィの急な決闘の申し込みと言動は癪に障ったのか、ラメールの言葉は先よりもワントーン低く、重くなっている。
全く余計なことをしてくれた。
物事には順序と言うものがあるだろうに、どいつもこいつも頭に血が上り過ぎ――
「……イイね」
「ん――?」
「兄さん!?」
あれ、俺の聞き間違いかな? それとも見間違いかな?
この目にはラメールが下に落ちた手袋を拾い上げるように……
「やはり恋路に壁はつきものだ! 実に面白い! その決闘、受けて立とうじゃあないか!!」
「受けちゃったぁ!?!?」
ちょっと待って、何この展開……本当に俺のために争わないで!?
例えグレィが負けたとしても……いや早々負けるなんてことないと思うけど、絶対付き合わないぞ男となんて!
「ちょっと待ってください! 何を勝手に!!」
「けっとー!」
「……え?」
「決闘だって!」
「どっちのほうが強いかな!?」
「頑張れラル兄ー!」
「怖い執事になんか負けるなー!」
「なになにーけっとー?」
「けっとーって? あ、ラメール兄!」
「み、みんなまで……あぁぁもぉ……」
シスターマレンも、いきなり決闘などと言い出した2人に抵抗しようとするが、これをバッチリ聞いていた子供たちはノリノリになってしまっている。
そしてここまで騒げば、一応同じ空間にいるののたちも気が付かない訳がなく、4人ともこちらに寄ってきていた。
先のシスターマレンを見ている限り、こうなった子供たちに強く言えるようには見えないし、彼女が仲介して止めてくれる望みは薄いだろう。
ええい、こーなったら俺が――
「エルちゃん! ハイこれ!!」
「ふぇっ!? って、これ……」
動こうとした矢先、母さんに有無を言わさず何かを持たされた。
両手に1つずつ……うん、チアガールなんかが使うボンボンだこれ。
一体どこから取り出したのか全く意味不明である。
しかし質問などさせてもらえない。
ボンボンを渡されたと思ったら、今度は親父と母さんに両腕を掴まれ……
「クソ、ガキ共は皆あっち側かよ。こっちも応援準備だ、行くぞ2人とも!」
「ええ!! 負けないわよエルちゃん!!」
「え!? いや、だから、あの俺、えええぇぇぇ!?」
決闘ムードに飲み込まれるがまま、俺はグレィを応援する準備とやらのために、何故か2階へと連れていかれてしまったのでした。
* * * * * * * * * *
「はぁ……どうしてこんなことに……」
「うぅぅ……何でこんなことに……」
子供たちに混じって親父と母さんが騒ぎ、グレィとラメールとの間に火花が散る中……俺とシスターマレンだけは大きく項垂れる。
決闘の場となったのは、孤児院の建物と正門の間――玄関アプローチに当たる部分。
決して広いとは言えないが、それでも頑張れば人50人は入るであろう長方形の空間。その中心でにらみ合うグレィとラメールを取り囲むように、17人の子供たちとシスターマレン、それから俺たち親子が立つ。
「エルちゃんを悪の手から守るためよ! はいわたしに続いて! 頑張れーぐら君ー!」」
「ぐらくーん!」
「が、がんばれー……」
隣に立つ母さんとののに続いて、両手に持つボンボンを振る。
俺は2階に連れていかれた後、角の一室……その扉の前に親父を置き、俺は中に連れ込まれたかと思えば、母さんの手によって『お着換え』をさせられてしまった。それもアリィ並みの目にもとまらぬ早業で。
……という訳で、今の俺の姿はまさしく『チアガール』そのものである。ご丁寧にツインテールまでされてしまいまして、それはそれはもう……ふざけんなと言いたい。
言いたいのだが、子供たちの評判がよかったので水に流した。
ちなみに母さんも同じ格好である。
「声が小さいぞエルナ!」
「ここぞとばかりにそっちで呼ぶなぁ!!」
「そうだその声だ! それフレー!! フレー!! グ・レ・ィ!!!」
「「フレー! フレー!」」
「なんで子供よりノリノリなんだよこの2人ぃ……!」
親父も親父で、一体どこから持ってきたのか全く定かではない長ランを身に纏い、完全に応援団気取りである。
結局やる感じになっちゃったし応援するなとは言わない。
言わないけどさ、これはさすがに間違ってると思うんだけどぉ……。
「訓練用の木剣か。いささか扱い慣れないが……うん、これもまたイイ」
しかしそんな親父たちに誰も突っ込むことは無く、淡々と決闘は始まろうとしていた。
親父と母さんに負けじと子供たちもラメールに声援を送るが、当人……グレィとラメールの周囲だけは、そんなものをものともしない、ピリピリとした緊張感が張り詰める。
「御託はいい、構えろ」
「おっと、そうだね……エルナさんを待たせてしまうのは良くない」
「…………」
『エルナさん』の部分だけを強調したラメールの言葉に、グレィの表情が曇る。
俺へのアピールのつもりか知らないが、その発言はグレィの敵意と戦意を向上させるだけだ。
あんなことしておいて、グレィにボロ負けしたらどうするつもりなのか……そもそもグレィの正体はドラゴンだ。ラメールもそこそこ腕に自信はあるようだが、生半可な実力で敵うような相手じゃない。
だからグレィが負けるなんてことは思っていない……ただだからこそ、だからこそ心配でならないのだ。
圧勝してしまった挙句、自分大好きであろうラメールの怒りを買わないか。
物理的にやりすぎてしまわないかは俺が一声かければそれで済むのだが、精神的な面はそうはいかないのだ。
ラメールのようなキザ野郎は、心の方は案外簡単に傷つけることができてしまう。
伯爵家としてのプライドもあるだろう。隣国の、それも一介の執事に負けたというだけでも家に泥を塗るような行為だ。
ラメール自身にも決闘を受けた責任があるにせよ……下手をすれば本当に内輪事じゃすまなくなる可能性だって秘めているのだ。
胃が痛くなるなんてもんじゃないぞホントに……!!
「それじゃ、行くよ執事殿」
「……いつでも来い」
「ほう? よほど自信があるのかな……では、遠慮なく」
玄関口までまっすぐに轢かれた石畳のアプローチを挟み、木剣を構えた2人が睨み合う。
そしてグレィの言葉に乗ったラメールが地を蹴るとともに、俺を巡る争いの幕が開けたのだった。
* * * * * * * * * *
孤児院の厨房に、コトコトと煮立つ鍋の音と子供たちのはしゃぐ声が響きます。
連れてこられるままに昼食の準備をしてしまいましたが……たまにはこのような形も悪くないですね。
子供たちも手伝ってくれましたし。
丁度畑の芋が回収時と言うことでしたので、ふかし芋にポタージュスープ、ポテトサラダと芋三昧です。
こんなことになると分かっていれば、お屋敷から食料を調達してきたのですが……
「……おや?」
「どうしたのーメイドさん」
「何やら外が騒がしいですね。丁度粗方準備はできましたし、様子を見に行ってみましょうか」
「「はーい」」
実は先ほどから講堂の方で騒ぎが起きていたらしいことは分かっていたのですが、あまり気に止めてはいませんでした。
しかしあれからしばらくし、先ほどまで中に居た子供たち、そしてキョウスケ様やお嬢様たちの気配が一同に孤児院の外へ行っているというのは少し気になります。
もし全員で外に遊びに出たのであれば、ここに居る3人の女の子たちだけ仲間外れというのも可哀そうですし。
私は子供たちを引き連れ講堂を少しばかり速足で抜けていきます。
そして玄関の扉を開き外に出てみると、そこには――
「え……な、なんですか、これ」
「あ! にーちゃんだ!」
「ラル兄来てたんだー!」
「何してるのー?」
「…………っ」
「どうやら、ボクの勝ちのようだね」
一体何があったと言いうのでしょうか……。
そこには膝をつき顔を大きく歪めたグレィさんと、その首元に木剣を突きつけるクラウディア卿の姿があったのです。
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