3:35「変わらぬ日常に祝福を」★

「お嬢、もうすぐ8時になる」

「……あと5分」

「ダメだ」


 あるじである俺の言葉を真っ向から否定し、グレィが容赦のないカーテン全開攻撃を食らわせてくる。

 そして俺が掛け布団で頭を覆ってしまおうとすると同時に、無慈悲にも呆気なく掛け布団は引剥がされ、俺の体はベッドの下へ転げ落ちた。

 まったく。竜王サマが力12のか弱い女の子に力尽くとは、教育がなってないぞ。


「うぐぅ……眩しい」

「着替えはそこに置いてある。外で待っているよ」


 今日はグラース暦266年 セイの月4日。

 グレィとののが屋敷うちにやってきてから、早一週間が経過していた。

 あの日王宮を出た後、俺たちはギルドでレガルドにだけは事のあらましを話しておき、前日できなかった話を聞いて帰ってきた。

 話の内容はというと、大体今後しばらくの王都レイグラスの冒険者ギルドについてで、あまり俺たちに関係のあることではなかった。

 簡単に言えば「大きな依頼は仮設ギルドじゃ面倒だからまだ待っててね、それから君たちは一応功労者だからギルド修繕作業には参加しなくていいよ」ってことらしい。


 そしてそれから一週間。

 俺はと言うと、正直言ってかなり自堕落な生活を送っている。

 所謂食っちゃ寝生活というヤツだ。いやまあ、ののと遊んだりして意外と体は動かしてるんだけども。


 この世界に来てからというものの、自分の体に惑わされるところから始まり、誘拐事件にルーイエの里への留学?、そして先の大討伐隊と……中々息をつく暇がなかった。

 ようやくそれらがひと段落し、結局俺専属の執事になったグレィが来たことで、俺の気は今ものすごく緩んでいる。自分でも驚くくらいゆるゆるである。


 ……と言うのも、本当にやることがないのだ。

 親父が先に言っていた通り、これからしばらくはゆっくりできるらしい。

 それは親父にとっては単なる休暇にすぎないが、俺や母さんにとっては本当の意味で暇になると言うことでもある。

 しばらくの間、出歩くことを禁じられているのだ。

 何故かと言えば、グレィの監視のため……と、何かあったら大変だから。


 グレィはまだ判決を受けてから日も浅く、俺たちが同伴であっても外出することは禁止されている。しかし彼はまだ家の仕事をゼロから覚えなければならないので、彼のことはほとんどミァさんに任せている状態だ。

 『ミァさんの言うことを聞き、家の人間に手を出すな』と命令してあるので、特に問題になるようなことを起こすこともないだろう。

 俺個人としては、無理やり命令を聞かせていることに対する罪悪感があったりするのだが……。


 しかし問題は後者。

 なんでもあれ以来、ガレイルが牢にも戻っていないらしいのだ。

 彼はあくまでも服役中の身……討伐隊の参加は、親父がかつての仲間を戦力として欲したからに他ならない。実際のところはその前哨戦で深手を負ってしまったわけだが。

 そのガレイルが討伐戦の最中、どさくさに紛れて脱走したのではと一部で騒ぎになり、今も憲兵たちが血眼になって探しているらしい。誘拐事件を共謀した二人……パールとモンドだっけ? その二人も同じ牢の中にいるが、彼らも全く身に覚えがないのだとか。

 ガレイルが再び俺たちに手を出すことは考えにくいが、ほとぼりが冷めるまでは家で安静にして欲しいとのことだった。

 ちなみに憲兵はこの屋敷にも来て事情聴取された。

 特に最後の目撃者である俺なんかもうミッチリと……今後絶対に騒ぎは起こさないようにしようと心に誓った。


 ……と、少々不安を煽るようなことを言っても、今屋敷には親父かミァさん、それにファルの誰かが常駐してるし、グレィもいる。

 万に一つでも、そんなところに仕掛けてくるような輩はいない。

 そんなこんなで、俺は今ものすごく暇なのだ。

 暇ゆえにだらけ切っているのだ。


「あー……こんな時こそソシャゲがしたい」

「そしゃげ? なんだいそれは」

「向こうの世界でしかできない遊び」

「そうなのか」


 毎日毎日、グレィに起こされ、食堂に向かい、わざと部屋まで遠回りして屋敷内をぶらぶらしているうちにののに見つかり、夕方まで付き合わされ、夕飯の後に風呂に入りまた暇をつぶし、床に入り……その繰り返し。

 ノイローゼになりそうだ。


「はぁー……なんか面白い事ないかなあ」

「項垂れるのもいいが、お嬢はもう少し身だしなみに気を遣った方がいい」

「だまらっしゃい」


 お前さんが来る前はもう少しマシだったんじゃい。

 というか、気を張りすぎていたくらいだよ?

 今は男だった頃に戻った気分で実は寝覚めは悪くなかったりするし。


「目のやり場に困るんだよ、毎朝……」

「ム」


 それは少し……いや、大問題だ。

 善処するとしよう。

 というかコイツ、そんな目で俺を見るようになったか。

 全部呪いのせいだ。おのれ。


「そういえば、暇なら書庫にでも行ったらいいんじゃないかい?」

「書庫?」


 はて?

 家にそんな大層なものがあったっけかな……?


「三階の」

「ああ、資料室?」


 言われてみれば、まだちゃんと行ったことはなかった気がする。

 『アレ・・』もそこに置いてあるって言ってたし。

 この屋敷の資料室というのは、主に文献や歴史書と言ったものが大半なので、ぱっと見書庫に見えなくもない。親父がこの地に落ち着いた時、この世界について知るために仕入れた物なのだと、1日メイドをやらされた時にミァさんが言っていた。


「うん、いいなそれ」


 俺は一歩前に歩み出て後ろを振り向き、グレィに感謝の言葉と共に笑みを浮かべる。


「ありがと! グレィ」

「ん……あ、ああ」


 これにグレィは顔を赤くすると、サッと視線を外しながら返事を返してきた。

 彼は10年もの間レーラ姫に一途だったにも関わらずかなりチョロい。まあ十中八九呪いのせいなのだと思うが、中々からかうには面白いヤツなのである。

 赤面するグレィに高揚感を覚えながら、俺は少し上機嫌に食堂へと向かって行ったのだった。



 * * * * * * * * * *



 ということで資料室です。

 楽しい会食はカットなのです。


「早速アレ・・を探すぞ!」


 遡ること一週間前。

 屋敷に帰ってきた翌日、俺と母さんはまたまた親父の部屋に呼び出された。

 そこで知ったことをより深く知るために、俺は例のブツ――赤い背に『アルカナメモリア』と書かれた本を求めてこの資料室へとやってきたのだ。


 親父は部屋に呼び出したその時、俺たちに三つのことを話した。

 一つ目はレーラ姫がファルの許嫁であること。

 これには俺も母さんも度肝を抜かれたが、国王がファルに対してだけやけに重苦しく接していた理由に納得がいった。同時にグレィという恋敵を生かしてしまったことに気まずさを覚えてしまい、今はファルと接するのを少々自重中である。


 二つ目はののを家で預かることになった理由。

 彼女は生まれてすぐに、俺たちが監禁されたアンスレイ遺跡に捨てられていたらしく、レガルドが8年間男手一つで育てていたのだそうだ。

 しかしこれが中々……いや、とんでもないおてんばで、4歳を越えたあたりからギルドに顔を出すようになり、6歳を越えると冒険者のまねごとをし始め、彼が仕事から帰ると、家には返り血で真っ赤になったののが出迎えると言うこともしばしば。しかも彼女自身は毎回無傷と来たものだから、かつては暴君と呼ばれていた彼も腰を抜かしたとか。

 それからは真剣に向かい合い始め、ののが正式に冒険者ギルドへ加入したのが2か月前。しかし彼女のおてんばは止まることを知らず、先月のフォニルガルドラグーン討伐戦には無断参加。実はレガルドも罰金を背負っていたのだ(しかも主催者なので報酬は無し、完全にマイナス)。


 しかしそこで俺たちと出会う。

 ののは今多感な時期だ。

 そんな時に冒険者稼業ばかりに手を出し、ギルドでむさくるしいオッサン共とばかり戯れていては先が心配だと言うことで、魔導書簡を通してしばらく預かってくれないかと進言されたらしい。

 ウチもウチで大分問題がある様な気がしなくもないのだが……まあ、俺と母さんのこともあるし断れなかったのだろう。ゴメンナサイ。


 そして最後、三つ目。

 これが大本命――今まで話すのを嫌がっていた過去のことを、とうとう面と向かって話しくれたのだ。


 25年前……親父がこの世界に召喚され、旅をして、英雄と呼ばれるに至るまでの話。

 簡単ではあったものの、話したがらなかった理由が……エィネが辛く悲しい話だと言っていた理由が分かった。母さんなんて、全部終わった後に大泣きしながら親父のことを抱きしめにかかっていたほどだ。

 それはもう、窒息するほどにぎゅうぎゅうと、その豊満な谷間に顔面を押し付けられていた。

 しかしその後、「アルカが川の向こうで手を振っていた」と息を荒くしながら言う親父の姿は、洗いざらい話して、どこか吹っ切れたような清々しさを感じさせられた。


 そう、旅の末……親父はアルカという名の仲間を一人亡くしていた。

 それも、自分の手で殺したのだと。


 俺が探している本は、親父がその記憶を絶対に忘れないようにと……ミァさんとガレイルが監修の元、一言一句美化せずに事実をありのまま綴った、キョウスケ・オミワラという男の旅の記録。

 自伝というヤツだ。気になるなら読んでもいいと言っていたので、別に後ろめたい気持ちはない。

 しかし流石に話を聞いてすぐにそんなガチの黒歴史をえぐる気にはなれなかったので、そのまま忘れかけていたのだ。


「……あった」


 資料室の奥。

 窓際にある、それなりに年季の入ったウッドデスクの真ん中……まるで見て下さいと言わんばかりに、目的のブツは置かれていた。

 その傍らには同じく年季の入った写真立てと、楕円の縁にピッタリとはめ込まれた真っ白な石。


「この写真立て、確か親父の部屋に……もしかしてあの後来てたのかな」


 そのまま見てるのが切なくなって置いていったとか?


 写真に映るのは四人……ガレイルの肩を掴みにかかっている笑顔の親父(多分)と、その両脇に二人。

 右はこれ、ミァさんか。小さいな……今の俺より大分背が低いんじゃないか?

 てことは、この左の女性が……


「アルカさん、か」


 綺麗な銀髪に、優しそうな青色の目。あとでかい。

 俺はそっと、彼女の部分をなぞるように手で触れると、その容姿を頭の中に入れてから机の真ん中……赤い表紙に手をかける。


 臣稿 恭介という男が、キョウスケ・オミワラという旅人になり、そして英雄になった物語。

 しかし同時に、彼の心に大きな穴をあけた、悲しい物語。


 何の変哲もない、変わり映えのしない日常が続く午前の日。

 俺はその傍らで、悲しき英雄の生まれた世界へと、意識を旅立たせていったのだった――。

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