Chapter K 〝アルカナメモリア〟
K:1 「闇の王」
大陸中央に聳え立つ、雲さえも優に貫く岩山に突如として現れた大穴(と言う名の暗黒空間)。
その中心で待ち構えると宣言し、魔物たちを従えた圧倒的なまでの力を以って世界中を恐怖に陥れんとした『闇の王サタン』を名乗る男。
国際会議にて魔王の再来とさえ恐れられたその男から世界を救うべく、彼らは異世界から勇敢な戦士を召喚することを決意する。
それがグラース暦240年――今からおよそ『3年前』の話。
1年という時間をかけてついに召喚された青年は、少ない情報をもとに世界を廻り、己を鍛え、仲間を集め――。
召喚から2年が経過したグラース暦243年某日、ついに大穴の中心に浮かぶ孤島……まるでど●でもドアの如く堂々と、しかしポツンと立ち構えている大扉の前へとやってきたのだった。
「……で。そんなベタベタ設定なラスダンに今から乗り込むわけだが!」
「誰に向かって言ってるんだ? キョウスケ」
「んー、テレビの前の皆?」
「てれ……なんだ?」
「何遊んでるんですか、もう敵地であることを忘れないでくださいよ」
「わーってるって」
もちろん、ここは敵さんの
でもだな、あんまり緊張しすぎるのもそれはそれで毒なんだぜ?
それにラスダン前の敵に苦戦するほど、ウチのパーティは軟じゃない。ここらで準備運動をしておくのもそれはそれで。
こじゃれたジョークを言えるくらいの余裕は保っておこうというオレの意図をくみ取ってくれたまえ、少年よ……いや、見た目は完全にロリっ娘メイドなんだが。
オレが自分でさせたこととはいえ……男の娘、恐るべし。
「……それにしても、ミァも丸くなったもんだなぁ」
「……だな」
感慨深くミァを見つめながら呟くオレにガレイルが続く。
本当、オレを暗殺しに来た頃の無法っぷりはどこへやら。
すっかりメイド服とメイド口調が癖になってしまいおって……ああ、我ながら罪深い生き物を生み出してしまったものよ。
「なっ!? 何ですかその顔! 気持ち悪いです、首斬りますよ!?」
「やってみろってぇー」
「斬ります! 今すぐ!!」
「ハハハハハーニゲロー」
「んーっと、これがそうなのかしら? えいっ」
――ガコンッッ!!!
「「!?」」
敵地で間の抜けた……しかし物騒な鬼ごっこが始まったころ、20メートル程先にそびえる大扉から重工な物音が耳に入ってきた。
そしてその大扉の前でちょこんと立っている銀髪の女性が、ガッツポーズを浮かべながらこちらへ振り向く。
「やった! 開いたよスケさん!」
「お、おう……また勝手に解除したんだな……封印」
俺たちが乗り込もうとしているラスダンの扉は、厳重な封印魔法によってガチガチに固められていた。オレたちが中に入らずこうしてこじゃれていたのは、その封印のせいで乗り込むことができなかったからだ。
しかし悲しいかな、オレらパーティのヒーラー兼アタッカー(たまにバッファー)……つまり天才魔法使いの彼女、アルカの前では無意味なのだ。
こういった時は彼女に任せておくのがいつもの流れである。
先の通り、見破ったら知らせる間もなく勝手に先に進めてしまうのが玉にキズだが。
ちなみにスケさんとは、オレのことである。
ガレイルはイルイル、ミァはあっくんだ。
まあ、ここまでで既にお気づきかと思うが、彼女……アルカはこんな感じに変なヤツだ。そこが面白いヤツなんだが。天才と変人は紙一重ってな?
「うっし、じゃあ行きますか……気になることはあるが」
こうして、世界の存亡をかけた最後の……まるで緊張感の感じられないラストダンジョン攻略が始まったのだった。
* * * * * * * * * *
「…………」
「………………」
「……………………」
「…………いや、おかしくね?」
「おかしいですね」
「……うむ」
「すっごい静かだねぇ」
分厚い大扉を超えると、そこはまさしく魔王の城と言わんばかりの、禍々しくもその高潔さを感じさせられる広大な廊下が姿を現した。
斥候であるミァを先頭に、オレ、アルカ、そしてガレイルと続く。
しかしそうしてもうどのくらい経っただろうか……行けども行けども同じ風景が過ぎていくばかり。
その上サタンの配下であるはずの魔物たちが一切姿を見せないのだ。扉でさえも封印こそ施してある者の門番らしき魔物もおらず、ここまで一度も戦闘と言うものが発生していない。
所々に扉が散見していることから同じ道をループしているという訳ではないようなのだが、その扉もすべてに鍵がかかっており、下手に手出しするという気にはなれない……いくら何でも怪し過ぎというものだ。
「しかし辺りに……というか、この城全体に魔物はおろか、生物の気配が一切感じられません――サタンと思しき強大な反応を除いては」
「罠……だろうな」
「流石の私も勘ぐっちゃうなーこれは」
あからさますぎるそれに、自然と俺たちの口数が少なくなり、警戒心が刺激される。
普段は能天気な……ウチのムードメーカーであったアルカでさえも眉間にしわを寄せているのだから恐ろしい。
しかし徐々に徐々に余裕が削がれて行く環境をあざ笑うかのように、この廊下はひたすらまっすぐに続いていく。
「……まさかとは思うが、本当に一人で待ち構えているのか?」
「流石にそれはないだろ……ないよな?」
――ないよな?
「……ないと言ってくれ」
「ないよ」
「お前!!!」
「なんだ、そう言ったのはそっちじゃないかー」
うん、ないと言ってくれたサタンは一人だった。
廊下を越えた先、薄暗い玉座に腰掛けるその小さな影。
真っ白な短髪に、何を考えているのかが一切読めない真っ赤な瞳。そして短くとがった耳、そのすぐ上からのびる、お世辞にも立派とは言い難い漆黒の角。
それ以外はいたってどこにでもいる10代の子供を思わせるラスボスを前にして、否応なしに額から汗が滲む。
「ところで遅かったじゃないか。何? 四天王でもいると思って緊張しちゃった? ねえしちゃったの? ハハハハハ!!!」
「……ああそうだった、こいつこんなキャラだった」
「いつ聞いても腹立つな」
「…………」
「あれ? みんな会ったことあるの?」
「……ちょっとな」
ああ、あの時はまだアルカに会う前だったか……。
今から1年そこそこ前、丁度旅を初めてから1年くらいたったころに、こいつは一度俺たちの前に現れた。
その理由は「暇だから、ボクの元に来る候補に片っ端から挨拶をして回っている」だそうだ。
挨拶と言う名の夜襲……当時3人だった俺たちはコテンパンにやられ、しかし誰一人として殺されることなく、満足顔のサタンは闇の中に姿を消した。
だがその直後、手練れの冒険者が何人も……いや、何パーティもが一夜のうちに謎の死を遂げたという事件を耳にした時は、胸糞悪いなんてもんじゃなかったな。
「ハハハハハ! あれから1年、ようやくここまで来てくれたんだ。無駄な余興は抜きにして、思う存分殺し合おうというボクの計らいに感謝して欲しいな!」
バッ! と、サタンが両手を大きく広げた。
それは突風ともいえる衝撃波を生み出し、オレたちに開戦の合図となって吹き荒れる。
「今のでわかったろアルカ、絶対に……油断はするなよ」
「う、うん!」
油断はするなと、アルカに……いや、自分自身に言い聞かせるようにして、剣を握る手に力を込める。
「それじゃ……ラスボス戦だ、行くぞお前らァ!!!」
「「オォ!!!!」」
こうして俺たち4人最後の戦いが幕を開けた。
そして、後にオレは後悔するのだ。
油断するなと言い聞かせたにもかかわらず、絶対にしてはいけないところで油断してしまった……己の愚かさに。
その愚かさゆえに、オレはこの手で、アルカを殺すことになったのだから。
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