3:34「グレィ」

「なるほど……エルナ君、君の意見は理解した」


 国王の言葉にひとまず安心して、そっと頭を下げる。

 汗がヤバい。

 緊張のあまり、膝が笑うだけでなく顔まで引きつってしまっていないかものすごく心配になる。

 早く帰って風呂に入りたい……。


「エルナさん……」

「ふむ。レーラ、ひとまず戻りなさい」

「……はい」


 レーラ姫が国王の隣の玉座に戻り、じっと俺の方へ視線を向けてくる。

 その表情は俺たちがココに入ってきたその時よりは暗かったが、それでも先ほどよりは希望を見出したような、ほんの少しだけ穏やかさを感じさせるものになっていた。

 国王はしばらく頭を悩ませた後、兵士長を傍に寄せて何やらひそひそと耳打ちをする。

 それに応じてか、頷いた兵士長はすぐさま王座の間を後にすると、入れ替わるようにして二人の人影――ミァさんとののが中に入ってきた。

 ミァさんが俺たちと同じく跪くと、それを見よう見まねでののも続く。


「お呼びでございましょうか、陛下」

「うむ。ミァ殿もこの場にいた方がよかろうとな」


 国王がそう言うと、直々に事のあらましを説明した。

 俺が言ったことのすり合わせというところもあったのだろう……ちゃんと伝わっているようで安心した俺の体は、思わずため息が零れ落ちそうになってしまった。


「なるほど、そういうことでございましたか……」

「うむ。――して、キョウスケ殿よ」

「ん! あ、オレか」

「先の提案、どう思うかね」

「…………」


 国王が、一応一家の大黒柱である親父に投げかけた。

 これにレーラ姫も、祈るように両手を胸の前で握りしめながら切実な視線を送る。

 親父はそんなレーラ姫に優しく微笑みかけると、あらためて引き締めた表情を国王に向けた。


「―――オレは反対だ」

「!!!」

「そ……そんな……」

「ごめんなレーラちゃん。世の中、綺麗ごとじゃすまねえことも沢山あるんだ」


 無慈悲。

 容赦のない親父の言葉が、レーラ姫を再び絶望のどん底に突き落とす。

 しかし国王は無情にも彼女には目もくれず、続いてミァさんと母さんへとその視線を移していく。


「ミァ殿、それからメロディア殿はどうかね」

「恐れながら、私もキョウスケ様と同意見でございます」

「わたしは……」


 ミァさんは即答して見せたが、母さんは答える前に言葉を詰まらせる。

 処刑を選べば、それは俺にグラドーランを殺させるのと同意。

 俺の意見を呑みたいところではあるが、今全てを終わらせてしまった方が後々面倒がないというのもまた事実。

 俺の気を思えばこそ、母さんにとっては難しい選択だろう。親父とミァさんの選択が、その心をさらに圧迫する。


「……し」

「ロディ」


 母さんの口から震える声が発せられようとしたその時。

 彼女の肩にそっと、親父の手が添えられた。


「ロディ、無理して合わせる必要はない。素直な意見を聞かせてくれ」

「きょー君……」


 そっと囁くように告げる親父の言葉に、母さんはあらためて余白を置き、自分の心を確かめるようにその手を胸に当てる。


「わたしは…………エルちゃんの意見に、賛成するわ」

「――そうか」

「……言えないもの。エルちゃんに人を殺せなんて」


 その俺に殺しをさせようという選択を親父もしたわけだが、それについて触れる様子はない。

 言い忘れていたが、親父はアレでもファメールの町を含む近郊の領主だ。

 私的でなく、領主として客観的に先を見ればこそだと分かっているから、それを咎めるようなマネはしなかったのだろう。


 母さんの意見に頷いて見せた国王は、続いて彼――最後の一人に視線を移した。


「ファル君はどうかね」

「…………」


 気のせいだろうか。

 国王の言葉が先ほどよりも重みを増しているような気がする。

 これにファルは、考えるというよりもどこか……何か覚悟を決めるかのように、一瞬だけレーラ姫へ目を向けてから返答を示した。


「――僕も、レーラとエルナさんには申し訳ないですが……処刑するべきだと思います」

「…………」

「ファル……まで……」


 ファルの答えを聞いたレーラ姫の表情から光が消え、さらに暗さを増す。

 俺の提案の後には辛うじて引いていた涙の雫が、彼女の目尻を再び濡らしていた。

 このまま多数決による判決が下ってしまったら……彼女は立ち直ることができるのだろうか?

 下手をしたら自殺なんてことも―――


「うちのモンは、恵月含めて賛成2の反対3だな」

「フム……では」



「―――が!!」



「……キョウスケ殿?」


 決したと国王が判断し、言い渡そうとしたところへ、再び大きな圧の乗った声が鳴り響いた。

 声の主――親父は判決を待つグラドーランの隣に立ち、ポンと彼の肩を叩く。

 そして声高らかに、一言一句聞き漏らさないように国王へ進言した。


「オレは一介の領主としては反対だが、個人的には賛成してやってもいいと思ってる」


「「!!!」」

「ぶっちゃけ、ロディたちがこっちに来てからミァの負担も増えたし、人手が欲しいとは思ってたところなんだ。そいつがウチで働いてくれるんなら、預かってやっても構わねえと思ってる。呪いがあっちゃあ、危害を加えることもできねえだろうしな……それにロディも言った通り、自分の子に殺しはして欲しくない」

「おじ……さま……!!」

「きょー君!」

「……親父」


 厚い掌返しを繰り出してきた親父。

 二ッと笑って見せるその姿に、レーラ姫は今にも崩れてしまいそうな声を、しかし確かな希望を持ってあげる。

 不覚にもそんな漢らしく笑う姿を見て、俺も少しばかり格好いいとか思ってしまった。

 ……緊張しすぎて頭が疲れてるんだろう。


「むぅ」

「お父様……!」


 親父の考えを耳にして、国王が再び頭を悩ませる。

 レーラ姫もまた席を立ち、懇願するように国王の元へ歩み寄っていく。

 先のことを思えば結果は見え透いている。が、それでも目の前に提示された選択肢を前に、国王は額に汗を伝らせる。

 国を取るか、友を、娘の意思を取るか――彼はその瀬戸際で、判断を決めあぐねていた。


「国王……いや、オルディよ。いいんじゃねぇかな」


 そしてそんな国王に手を差し伸べんとする、英雄の姿。


「ここに居るのは皆、ごく一部の……信頼できる関係者だけだぜ。『国王として』じゃなくてさ、素直な気持ちを言ってくれよ」

「…………」

「それとも、『友人としての頼み』だけじゃあ、理由は足りねぇか?」

「…………――フ、フフ……」


 国王と領主としてではなく、友人同士としての頼み。

 親父の口からその言葉が放たれると、国王のへの字だった口元が一気に真逆に変貌を遂げた。

 そして次の瞬間、国王は先程の親父以上に声高らかに、天井を仰ぎながら満面の笑みを浮かべたのだ。


「ファッハッハッハッハ!! それもそうだな!!! 我らの仲に国政など不要であったわ!」

「だろ?」

「お父様!!!」

「すまんなレーラ。これも必要なことなのだよ。元より、お前の悲しむことをするわけがなかろうて!」

「……え?」


 予定調和。

 ここまで――処刑宣告から俺の代案、そして親父の言葉まで……全てが予定通りだと、まるでそう言わんばかりの国王のセリフに、俺は思わず不信感にも似た感情を抱いてしまう。

 そんな俺の心情を察したのか、国王は見事なまでのニヤケ面をこちらに向けて見せ、長い髭の伸びた顎をクイクイっと、後ろを見てみなさいという動きでもって誘導させられる。

 そうしてされるがままに向けた視線の先……「計画通り」と完全に悪役面をしたエィネの姿がバッチリと目に入ってしまった。


 ……どうやら、俺は完全にあのロリBBA(と国王)の手の上で踊らされていたらしい。

 通りで、俺が発言した時にも平然と話を続けさせてくれたわけだ。


「まあ、そう言うことだ。悪く思わないでくれたまえ。―――と、言う訳で! これからグレィ君はキョウスケ殿……いや、取り繕うのはやめよう。キョウスケの屋敷で監視してもらうことにする! しかし放置という訳にもいかんので、半月に一度は経過を報告してもらうことにはなると思うが……よいかね?」

「オウ!」

「もちろんよぉー!」

「キョウスケ様が良いと仰られるならば、喜んで」

「よろこんでー」

「そう言うことでしたら……」

「グレィ殿も、それでいいかね」


 元々これに背く権利は彼にはないのだが、一応グラドーランにも意向を確認する。

 レーラ姫に黙ってろと言われて以来本当にじっとしていた彼も、この結果にはかなりの戸惑いを見せているようだった。

 本気で死のうとしていた、その死を受け入れようとしていた者が急に生きる道筋を与えられてしまったのだから、無理もない話だろう。


 国王の問いかけに、グラドーランは目を背けようとする。

 しかしそこで彼の目の前に降り立った天使は、彼にやさしく、そして短く……こう告げたのだ。


「お願い……生きて、グレィ」


 生きて。

 切実な思いのこもった言葉に、グラドーランは吐息をこぼす。

 そしてゆっくりと顔をあげると、何か吹っ切れたような……晴れやかな表情を見せた。


「姫様の頼みとあっては、断れないですね」

「では、決まりだな」


 国王が手を打ち、グラドーランの処罰が決定されたことを告げる。

 それによってか場の緊張感がほぐれ、思わずへなってしまいそうになるがここは王の御前。部屋を出るまでは耐えなければ。


 そして最後に、この場で彼の口から聞いておかねばならないことがある。

 命の恩人……とまで言うつもりはないが、これから世話になる人間には一言、言っておくべきことがあるだろう。


 俺たちの視線がそのグラドーランに向かうと、彼は少しばかり恥ずかしそうなしぐさをして見せてから、俺の目の前までやってくる。

 ……やっぱり俺なの?


「その……これから、よろしく、お願い……します。ご主人、さま」

「「ブフーーッ!?」」


 あまりのぎこちなさと似合わなさすぎる言葉、そして思っていたよりも丁寧な言葉が飛び出してきて、その場の数人が噴き出した。

 正確には俺とレーラ姫とエィネが吹き出した。あと親父もちょっと笑いかけてる。

 他は固まってますね。


「無理して敬語にしなくていいから!! それ割とキャラ被るし! 俺のことは呼び捨てでいいよ」

「……分かった。しかし呼び捨ては」

「いいって!!」


 しまった!!

 コイツやろうとしたらトコトン入り込むタイプのヤツだ!?

 そう言えばレーラ姫助けようとしてた時もそのことしか考えてないようだったもんな?

 一途なのはいいけど……これは俺の心労が増えそうな予感。

 て、そう言えば今は呪いの効果で姫に対する恋愛感情はないハズで……うーん?


「……では、お嬢で」

「むぅ……っへ!? おじょっ!?」

「これ以上は引かないよ」

「ぬ、ぬぅ……なんかこそばゆいけど、まぁ……」


 悪い気はしない……かも?


「それでいいや……よろしく。グラドーラン」

「我のことは、グレィでいい」

「む?」


 愛称で呼べと?

 まあ、長いもんな……グラドーランって。

 ここは別に拒否する理由もないか。


「わかった……あらためてよろしく。グレィ」

「ああ、よろしく。お嬢」

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