3:32「一件落着?」
「…………」
天井だ。
長方形の、これは……天蓋?
「――はっ!?」
「わっ!」
何がどうなっているのか全く分からない。
なんで寝てるんだ?
俺は確か、グラドーランに……キス……を……ぉ……。
思い出した途端、頭が熱くなるのを感じた。
不本意で仕方がない事であったとはいえ、何と言うか……今までこんな事とは無縁な人生を送っていたのだ。俺には少々刺激が強すぎた。
童貞臭い? うるさい、俺はもう一生童貞じゃ。
そんなことよりも―――
「あの、目を覚まされましたか?」
そう、その声。
俺が横たわるベッドの隣……そちらへ顔を向けてみると、アクアマリンのように澄んだ水色を基調に、きめ細やかなフリルや装飾を施されたドレスに身を包む金髪の女性――レーラ姫の姿があった。
と言うことは、彼女は生きていて、竜姻の譲渡は無事に終わったということなのだろうか?
それとも俺、死んだ?
「あの……」
「ああ、よかったぁ……話はファルから聞かせてもらいましたわ。本当に、ありがとうございます……」
「い、いや……頭を上げてください。それより、俺どうして寝て……ここは何処なんですか?」
あの時、唇を合わせたところまでは覚えている。
しかしそれから先、今に至るまでの記憶がすっぽり抜け落ちてしまっているのだ。それから体が鉛のように重い。
全く動かせない訳ではないが、全身にものすごく怠さを感じる。
そういえば、以前もこれと同じ光景を目にしたことがあるような……気のせいだろうか?
「ここは王宮二階にある客室です。詳しい話は私も分かりませんが、急に倒れてしまったと――」
レーラ姫がそこまで話したところで、扉からノックの音が聞こえてくる。彼女は一旦話を止め、後ろを振り返りながら「どうぞ」と短く返事を返すと、ゆっくり開けられた扉の外からエィネが部屋の中に入ってきた。
「そろそろじゃと思ったよ。無事に目が覚めたようじゃな」
「えっと、エィネ様……でよろしかったでしょうか?」
「うむ。ちょいと失礼するぞ」
エィネが俺の目の前まで歩いてきて、熱を測るかのように額に手を当ててくる。
「ふむ。これなら……」
「な、何を?」
「すぐ済む、じっとしとれ」
不意に、額に当てられたエィネの小さな手が青白い光を帯び始めた。
するとその光は俺の額から体全体に流れるように吸収されていき、体のだるさが少しずつ引いていくのが分かる。
そのまま3分ほどだろうか?
エィネが手を放すと、だるさは嘘のように消え去り、俺はその場に起き上がることができた。
「どうじゃ? 動けるようになるところまでわしの魔力を分けてやった」
「あ、ありがと……うん、大丈夫」
「全く相変わらず化け物みたいな魔力量しおって……おかげでこっちがギリギリじゃがな。それはそうとして、混乱しとるじゃろう。事の顛末を話してやらねばな」
あの時――俺とグラドーランが口づけをしたその時、間違いなく竜姻は俺の方へ渡ったらしい。それも視認できる形で……一瞬魂が抜けてしまったのではないかと、国王がエィネに殴り掛かりそうになったとか。
しかしその直後、どういう訳か俺の魔力が口を通してグラドーランの中に大量に流れ込み始めたらしい。その結果俺は魔力欠乏で、グラドーランは過剰に取り込んだ魔力にやられて倒れてしまったのだそうだ。
その後は俺とグラドーランを別々の部屋に運び込み、エィネたちも王宮でひと晩を過ごすことになったのだと。
初めは話しを聞いて駆け付けた母さんが俺の看病をすると言って聞かなかったのだそうだが、昨日の今日で無理させるわけにもいかないと親父が引っ張っていった……というのは少し笑ってしまった。
「元より彼のドラゴンも魔力は相当高いハズなんじゃがの……それをパンクさせるとは末恐ろしい」
「そ、それは誉め言葉と受け取っていいのか?」
「過ぎた力は己を滅ぼす元となる。素直に褒めるわけにはいかんな」
笑い話でもするかのような快調な声が、不意に圧の乗った重いものに豹変する。
思えばこれまで、俺は魔法を使った戦いの後に何度も気を失っている。無事で済んだのはダイヤモンドオークの時くらいだ。
魔力の扱い方を覚えてからと言うものの、俺は基本的にそこに頼り切った戦い方をしている。力が弱すぎるのだから仕方がないのだが、もう少し使い方は考えた方がいいのかもしれない。
「……気を付けます」
「――と言っても、今回は事故じゃ。わしとてまさかあんなことになるとは……そこはすまんかったと思っておる」
「まー、うん。何とかなったなら結果オーライ……で、そのおかげで聞けなかったこと、今聞いてもいい?」
「む? ああそうじゃな。皆には昨晩話した、問題なかろう」
何故エィネがここまで知っているのか、何故2日近くも到着が遅れたのか。
それはひとえに、情報収集に時間がかかっていたらしい。
里に籠りがちとは言え伊達に700年も生きていない彼女は、グラドーランがこぼした情報から手掛かりをつかみ、たった一人で俺の呪いとレーラ姫のことまで突き止めてしまった。
「竜族に人に恋をしたはぐれの王がおると言うのは聞いておった。それにエルナよ、おんしと竜王が里でやり合った際の奴の動き。あれを呪いと言わずしてなんと言おうか。時間がかかったのは、確証を得るために一昨日まで竜族の里を巡っておったせいじゃ」
「ほ、ほぉ……」
「きゃつらの里もわしら同様の隠れ里。探し出すだけでも一苦労じゃったのう……」
「それなら何も一人でやらなくてもよかったんじゃ……」
「何か言うたか」
「いえ」
まあ、彼女もなんだかんだで心配性だ。
里の人達にはいつも通りの生活をしていてもらいたいと考えた結果だろう。
彼女自身が経験した外の世界というのは、お世辞にも綺麗な世界と呼べるものではない。もちろん親父に助けられた一件だけということはないハズだが、それでもその時の記憶と言うものは色濃く焼き付いていることだろう。俺と母さんが攫われたあの事件のように。
だからこそ、今が壊れることを恐れたエィネは、独断で行動していたんだと思う。
「そう言えばエィネ、里は? ……飛び回ってたんなら大分空けちゃってるんじゃ」
「んー? 半月くらいならアルトガに任せて平気じゃよ」
「半月……? ああ、そうか」
こっちだとひと月60日だから、30日は半月なのか。
ややこしい。
「…………あっ!!」
「えっ?」
不意に、エィネの隣に立つレーラ姫から、何か思い出したかのような声が耳に響いた。
しかもそんな声を上げるってことはそこそこ大事なことなのでは?
……な、ナニゴト?
「お話に聞き入ってしまい忘れてましたわ! お二人がお目覚めになったら知らせるようにと、お父様から賜っていたのでした!」
「二人って……俺とグラドーラン?」
「はい! ではそう言うことですので、私は失礼しますわ!」
「あ、はい。ありがとうございました」
「……ふむ」
嬉しそうに部屋を出て行くレーラ姫を見送る。
俺たちが目を覚ましたことでようやく肩の荷が下りたのだろう。その背中を見ていると、なんだか俺も心が安心する様な気がする。
しかしそんな中、エィネはその表情に影を落としていた。
「エィネ? どうかした?」
「ん? ああ、少し思うところがあっての……」
「それって聞いてもいいやつ?」
「むしろ聞いてくれと言おうと思っておったところじゃよ。実はの―――」
* * * * * * * * * *
程なくして、俺たちは国王の命で王座の間に集められることとなった。
俺、エィネ、母さん、親父、ファル、レーラ姫、それからグラドーラン。
扉のすぐ外ではミァさんがののの面倒を見ながら待機している。
長年悩まされていた娘の病が完治したというのに、国王の表情は暗い。しかし反対に、等のレーラ姫は晴れやかな表情で俺たちを見る。
国王は険しいままにグラドーランを前に出させると、礼儀よく跪いている彼に向かって……慈悲のない言葉を投げつけたのだ。
「グレィ殿……いや、大罪人グラドーラン・テ・シャルレーナ。貴様を、今この場で処刑する」
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