3:33「代替案」

「お父様!? どういうことですの!?」

「レーラ、座りなさい」

「嫌です!!」


 グラドーランを処刑する。

 そう言い放った国王に、まずレーラ姫が反発した。

 グラドーランを庇うようにして仁王立ちをするレーラ姫の姿は、さながら主君を守らんとする騎士の様でさえあった。


「お前が一番分かっているだろう! いくらグレィ殿がお前の恩人とはいえ、命を脅かしたものを放っておくワケにはいかん!」

「でも!!」

「いかん! こればかりは一人の意思でどうこうできるものではないのだ」

「姫。我は――」

「グレィは黙ってて!!!」


 レーラ姫の意思は固い。

 よく見ると真っ赤な絨毯には幾粒も涙の雫が零れ落ちており、その切実さが見て取れる。


 どうしようもないと、彼女も内心ではわかっているのだろう。

 このまま彼を生かしておけばお国の面目にも関わってくる問題なのだから。幸いこのことを知っているのはごく一部の関係者……この場にいる俺たちと、処刑の為に傍らで待機している兵士長くらいだ。

 しかし5年も床に伏していた王女が急に全快したとなれば、その明らかに不自然な出来事から勘のいい人間はすぐに真実へたどり着くだろう。


 表向きだけその存在を消すことも可能ではあるだろうが、その場合二人が会うことは叶わなくなる。

 初めは会えなくても生きているならいいと思えるかもしれないが、人とは強欲な生き物だ。生きていると知っていれば、いつか必ず会いたくなる。


 先を思えばこそ、今ここですべてを終わらせる。

 グラドーランがコロセウムで死んだ姿を見た者は多数いるが、その後王宮に現れたことを知る者は少ない。生き返ったという事実が知れ渡る前に事を処理する必要もあった。

 ……隠密に済ませるのならば、結局はそれが一番なのだ。


 そう、『生き返ってしまった』という事実が―――。


「陛下、恐れ入りますが一つ提案させていただいてもよろしいでしょうか」


 俺が発言をすると、その場の注目が姫からこちらの方へと一手に移り変わる。

 親父や母さん、グラドーランが思わぬ言葉に半ば困惑の色を示す中、国王は俺の言葉を受け、顔色一つ崩さずに平坦な返事を送った。


「……続けよ」



 * * * * * * * * * *



「それって聞いてもいいやつ?」

「むしろ聞いてくれと言おうと思っておったところじゃよ」


 レーラ姫が部屋を出た後。

 顔を曇らせたエィネから発せられたその言葉に、一体何を言い出すのかと息を呑む。

 ようやく一息つけると思ったところにこんな顔で何かを言ってくるなんて、勘弁してもらいたいところなのだが。

 いやまあ、俺が聞いたんだけどさ。


「実はの、おんしに一つ頼みたいことがあるんじゃ」

「……頼みたいこと?」


 ほらもー、案の定ろくでもないことだよこれ!

 しかしエィネがわざわざ俺に頼み事?


「わしはあの後、国王にもすべてを伝えた。姫はおんしと竜王が無事に目覚めて一件落着などと思っておるようじゃが、そうはいかんじゃろう」

「……それって」

「うむ。面倒ごとにはなるが、伝えんわけにもいかんかったからの。……このままいけば、竜王は処刑されるじゃろう。よくて終身刑かの」

「ドラゴンを終身刑……何代かかるんだか」

「つまり処刑が濃厚じゃな」


 確かに、あいつが殺されるとなれば大ごとになるだろう……主にレーラ姫が。

 俺たちからしてみれば殺されて当然としか言えないが、10年も関係を築いてきてしまった者を切り捨てるなんてことはそう易々とできるモノではない。

 ましてや齢16の王女様……(俺も年的には似たようなもんだけど)そんな決断を迫られては暴動の一つも起こりかねないだろう。


 あーもうめんどくさい!

 単衣に面倒臭い。あのアホ竜王マジ何でこんなことしやがったかな?


「で……それで俺に頼みたいことって何よ。あいつがどうなろうが俺は知ったこっちゃないんだけど」

「ふむ……おんし、ちょっと抜けておらんかの?」

「何?」

「このまま処刑しても、あやつまた生き返るぞ?」

「…………」


「…………!?」


 そういえばあいつ、何で生きてるんだ!?

 ファルも確かに手ごたえはあったって言ってたし、そもそもグラドーラン自身が死んだことを自覚していた。

 しかもその本人は生き返った理由が分からないときている。

 原因不明の蘇生……そんなことがあり得るのか?

 いや、だったら次も生き返るだなんてエィネは断言しないだろう。

 というか、なんでそう言い切れる? 俺にそれを言ってくる……?

 ……俺?


「まさか……」

「ようやっと気が付いたか。そうじゃ、これもおんしの呪いの効果じゃよ」


 マジかよ。

 俺はネクロマンサーか何かにでもなってしまったのでしょうか!?

 流石にそこまで行ってしまうと笑い事では済まされないレベルになってくるんですが?


「条件付きではあるがの。これも【王の声】という呪術が禁忌とされた由縁……主であるおんしが死することを認めなければ、その隷属下にある者は何度でも蘇るとされておる。もっとも、3回目辺りからは本人が耐えきれんで壊れてしまうとも聞くが……まあ、言ってしまえば死ねと思えば死ぬ」

「っ……!」


 合点が行ってしまった。

 同時に今まであいつの――グラドーランの自業自得だと思っていたソレが、重い責任感となって俺にのしかかってきた。


 確かにあの時……ファルがグラドーランにとどめを刺そうとした時、俺は迷っていた。

 本当にこのまま殺してもいいのかと思ってしまっていた。

 言いようのない感情に襲われて、このまま殺していけないと思ってしまった。


 そして今、この事実を知った今――俺は彼に死ねと言えるのだろうか?

 知ったこっちゃないと言ったが、自分で手を下すとあってはまた話が変わってくる。

 ほんの二日前にできなかったことを……


「何、もちろんおんしにそんな酷なことを迫るつもりはない。そこで提案という訳じゃ」


 人差し指を立てるエィネの顔が、例の……悪戯顔見たくもない顔に変貌する。

 分かってはいても、いざこの顔で来られると戦々恐々としてしまう。ただただロクでもないことだという確信だけが、己の体を引きつらせた。



「あやつ――竜王のやつを、おんし専属の執事にでもしたらどうじゃ?」



「……?」


「…………??」


「………………ぶっ!?!?」

「そんな盛大に吹かんでもよかろうに」


 吹くわ!

 吹くなという方が無理があるわ!!


「意味わかんねえよ!? ふざけてる場合じゃないんだぞ!? 何がどうしてそんなことを!!」

「おや、この状況でわしがふざけておるように見えると?」

「見えるわ。鏡見て見ろよ」


 真顔で鏡を見たエィネが首を傾げた。

 殴りたい。とても殴り飛ばしてやりたい。


「ま、冗談はさておきじゃ。言ってしまえばエルナよ、おんしの監視下に置いておくのが良かろうという意味じゃよ。その方が穏便に済むじゃろうて」

「……な、なるほど」


 グラドーランを完全に俺の監視下に置いておく。

 それはつまり、英雄である親父やミァさんの監視下に置かれるということだ。

 親父はともかく、ミァさんの視線を掻い潜れる者はそう多くない。余計な騒ぎを起こさずに済むし、これなら姫から突き放すということもないだろう。

 ウチの人間がどう思うか次第な所ではある気がするけど……意外といい案ではあるんじゃないだろうか?

 殺せないのであれば、もとより監視しておく必要はあるだろうし。


「……てか、それなら親父に言ったら?」

「アホウ、おんしが言うから意味があるんじゃろが。他の者が言うても言うこと聞かんぞ、あの竜王は。姫の口から言わせれば話は別じゃろうが」

「じゃあレーr」

「そう言わせるのもおんしからが効果的じゃよ」

「そうなの?」

「そーじゃ。命の恩人があやつを生かしておく代案を出す、これに乗らない手はないじゃろうて」

「……それもそうか」


 まあ、そういうことなら……執事にするかは置いといて。

 この口ぶりからして、このことは未だ俺以外には言っていないのだろう。

 つまりはこの後……恐らく招集されるであろうタイミングで、全部俺に言わせる気なんじゃないか。まあ、これも俺の口から言うことに意味があるということか。

 かなり予定外で予想外なことになってしまったが……俺にも責任がないわけじゃなくなってしまったわけだし、仕方ない。


「わかったよ。やるだけやってみる」

「うむ、頼んだぞい」



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