3:30「700歳の悪知恵袋」

「エィネだと……!?」

「あ……あなたは」

「エィネ? あの方が……?」


 俺がその名前を口走った後に、男性陣が各々の反応を示す。

 どうやらファルは初対面らしい。名前だけは知っているようなので、親父から話でも聞いていたのだろうか……と、そんなことはどうでもいい。

 エィネは空を飛ぶ【飛翔】の魔法を解きそのままバルコニーへ降り立つと、そのまま驚愕と困惑の表情を浮かべる俺たちの所へと歩み寄ってきた。


「な、なんでエィネが……」

「何故とはまたひどい言い草じゃのう。ワケあって大分遅れたのは確かじゃが」


 エィネはそう言うと、懐から一枚の手紙を俺たちに向けて見せた。

 それはあの時……ルーイエの里からグラドーランが一夜にして脱走してしまった時に置いて行った書き置き。

 26日後……つまり昨日。グラドーランの息の根を止めたければ王都に来いと、そう短く記されたものだった。


 つまりエィネはグラドーランを仕留めるために、今更この王都へやってきたということなのだろうか? しかも1人で?

 ……さっきのファル以上に大遅刻ですよ。何故かまだ生きてるけど。


「まさか2日近くも遅れるとは思わなんだけどの。念のため来て見て正解じゃったようじゃ……ま、事情は少し違うがの」

「? どういうこと……?」


 そう言えば、エィネからは里を燃やしたグラドーランを前にして殺気の一つも感じられない。

 書いてある通りに来たというのならば、それは明らかに不自然なことだ。

 わざわざ殺しに来いと言っている相手に殺気を隠している意味もない。それは返って警戒心を助長させることになるのだから、不意打ちを狙っているのなら逆効果にしかならない。


 実際、俺の肩から手を離したグラドーランは、取り乱していた先ほどまでと違って少しではあるが落ち着きを取り戻しているように見える。


 エィネはグラドーランの目の前で彼の顔を見上げるようにすると、その太ももに向けて「パン」と、親指と人差し指の間に挟み込むように持っている手紙を叩きつけ(彼女の身長ではその位置になってしまうのだ)ながら口を開く。


「竜王よ。そなた姫を救いたいのじゃろう? わしに考えがある」

「「っ!?!?」」


 その場の誰もが、悪戯顔のエィネに向けて信じられないという表情を向けた。


「考えがあるって……ていうかなんでそのことを!?」

「よくぞ聞いてくれた……と言いたいところじゃがの。時間がないのじゃろ? 話は後、おんしらもやり合うなら姫を救ってからにせい」


 エィネの言葉に男3人が目を逸らすが、そんなことを気にすることもなく、エィネはガラス扉の前まで足を進める。

 直後に鳴るノック音の主に、国王はまるで暗殺者でもやってきたんじゃないかと言うほどにびくついて見せたが、後ろから親父が大丈夫だと言う旨のジェスチャーをして事なきを得た。

 エルフの里長がどれだけの地位に属しているのかは知らないが、一国の王城にこうも堂々と侵入するなど……とても正気の沙汰じゃない。捕まっても文句言えないぞ?


 * * * * * * * * * *


「して王よ、おんしはレーラ姫の状態をどこまで知っておる?」


 初対面でしかも見た目ロリッ娘のエィネに、未だ国王は戸惑いを隠せないでいる。

 親父のお墨付きがあるとはいえ、こんなのがエルフの里長だと言われては無理もない。俺は直接里に行ったことがあるので驚く程度で済んだものの、まだこれが700歳を越えるおばあちゃんだというのは半信半疑なところがある。


「う、うむ……数百年前に流行ったと言う不治の病であるとしか」

「まあ、そうじゃろうな。奴が此処でのうのうとしているのがその証か」

「奴とは?」


 国王が「奴」と言うワードに突っかかりを覚える。

 奴とは、おそらくグラドーランのことだろう。

 彼が原因だとわかっているのなら、とっくに抹殺命令が出されていてもおかしくはないのだから。

 討伐隊発足の要因がレーラ姫の病状と関係がないことを、この一言で裏付ける。


「いや、こっちの話じゃよ。とはいえ、いつまでも話さぬわけにもいかん……これも後でじゃな。先に姫の命を繋ぎとめるぞ」

「……どうするつもりなんだい」


 俺に呪いを移すか、自分が死ぬしかない。

 そう思っていただけに、グラドーランが半信半疑でエィネに問いかける。


「方法はふたつじゃな。おんしが思っておるものもそうじゃろう?」

「なッ……!!!」

「エィネ、それは!――」


 絶望。

 その二文字がグラドーランの顔にありありと書いてあるのが見えた。

 直後に彼はエィネの胸ぐらを掴みにかかるが、エィネはこれに全く動じることをせず、じっとグラドーランの目を見て話を続ける。


「その様子。小僧に拒まれた上に一回死んだのかの」

「ん゛っ!?」

「小僧、別に赤くならんくてもよかろう。わしだってこんな奴嫌じゃ」

「貴様ふざけ―――!!!」


「静かにしないか!!!!!」

「っ……!」


 悲痛に満ちた叫びが部屋を覆った。

 ただ一人、何も知らない国王の今にも崩れてしまいそうなその声に、グラドーランもエィネから一度手を放す。


「レーラは……娘は助かるんですよね……!?」

「――こやつが協力してくれれば、確実にな」

「ふぇっ!?」


 お、俺!? 俺なの!?

 不意に背中を叩かれて変な声が出てしまった。本当このチビッ子は油断も隙も……


「エルナ君! 頼む、いやお願いします!! ワシにできることなら何でもする! 娘を……どうか娘を助けてください……!!!」

「えっ! あ、あの……!」

「頼む!!!」

「は、はい……」


 王の威厳はどこへやら。

 がっつくように俺の両手を掴んで放さない国王に、根負けするような形で返事をしてしまったが……これってもしかして――。

 そこまで考えて背中がゾッとした。

 しかし国王の前で言ってしまった事を……ああ、そんな安心したような目を見せないで……


「ふたりとも、気持ちはわからんでもないが落ち着けい。今から説明するでな。こぞ……エルナも戸惑っておろう」

「あ、すまない……娘が助かると思ったら、つい熱くなってしまったのだ……」

「いえ……」

「………………」


 一人娘の命がかかっているとなれば熱くもなるだろう。それは分かる。

 それでもあまりのがっつき具合に、俺は国王から少し距離を取るように体を仰け反らせていた。

 グラドーランはそれを不快そうに見つめている。

 本来ならばレーラ姫が助かるということを知り喜びたいところなのだろうが、エィネの言葉に対する不信感と、呪いによる俺に対しての不安定な感情がそうさせるのだろう。


「では何度も言うておるが時間ないでの。手短に説明するぞ――姫の病……この呪いは『竜姻りゅういん』と言うての、本来は愛する竜族同士がつがいとなる時に交わされるものなんじゃ。これを竜以外に施せば、10年をかけてゆっくりと命を削る呪いとなる。このアホ竜王は、それを知らずにこの姫君に施したんじゃよ」

「なっ……!?」

「竜族……? つがい? ……竜王?」


 ますます自業自得だなこのアホドラゴンは!!!

 そのせいで取り返しがつかないような巻き込まれ方をしている俺の身にもなってほしいもんだ!


 そんな怒りの言葉を心の内で叫んでおく。

 国王は国王でしょっぱなから話についていけていないのが可愛そうに思えてくるが、エィネはそこに時間を割くのも惜しいと話を続けた。


「これを解くには、我らエルフ族に伝わる秘薬の投与か、より強い思いを他者に寄せ、その者に竜姻を譲渡する。そして竜姻を施した者が死することの3つのみ。先に言うたとおり、秘薬はもう存在せぬから実質2つじゃな」

「ではもう――!!」

「焦るなと言うておるアホ竜王。ここでエルナよ、おんしの力が必要となるのじゃ」

「え?」


 どさくさに紛れてグラドーランを罵倒しながら、エィネがそっと俺の肩を叩く。

 俺は何をすればいいのかと、頭に?マークを浮かべながら叩かれた方――左隣を見やると、そこにはまたも悪戯顔を浮かべるエィネの姿があった。


 本当に、嫌な予感……それもとびっきり、俺にとっては最悪であろう事を思い起こさせる……悪魔のような……


「エルナ――おんしの方から、このアホ竜王に接吻をするのじゃよ!」

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