3:29「華散る夜」
王都の中心に堂々と聳え立つ王宮の四階……王座の間を抜けたさらに上の階に王室がある。
俺たちはほぼ親父とファルの顔パス一つで王座の間を抜け、レーラ姫の部屋の前までやってきていた。
親父たちがそこまで信用されているということなのかもしれないが……流石にガバガバすぎやしないだろうかと心配になる。
ちなみに国王も、事が事だけに今はレーラ姫の元にいるらしい。王妃はレーラ姫が幼いころに既に亡くなっているのだとか。
そして俺はファルが部屋の扉をノックしようとする前に、あの時……グラドーランの精神世界であったことを説明した。
グラドーランとレーラ姫の契約の事、俺がかけた呪いの事、そして……彼が生きているかもしれない可能性の事。
時間がないとはいえ、正直二人のどちらかに殴られるくらいは覚悟していたのだが……特に何をされるわけでもなく、親父もファルも、俺の話を真剣に聞いた後、改めて扉へ向かった。
「では……行きますよ」
ファルの言葉に、胸を打つ音が早まるのを感じる。
コン コン コン。とテンポよく三回のノック音が廊下に響いた。
親しい間柄を意味するそれを耳にして、緊張する俺の鼓動も一層速くなっていく。
「入りなさい」
「……失礼します」
この国を治める者の、嫌でも威厳を感じさせる……重く圧し掛かるような声に答え、ファルに続いて部屋のへと足を踏み入れた。
王族らしい優雅な装飾の施された部屋は、もう日が落ちているにも関わらず明かりがついていなかった。月の光を反射する家具たちが物悲し気な雰囲気と共に神秘的な印象を与えてくる。
その部屋の奥……天蓋付きのベッドの手前に腰掛けるのは国王らしき人影と、隣にももう一人。
「おや、ファル君か……と、キョウスケ殿も。わざわざすまないね……そちらのエルフの女性は?」
「えっ! あ、その……」
「ああ、こいつがオレの娘のエルナ。前に話さなかったっけ」
「は、はじめまして……じゃなくて、お初にお目にかかりましゅ!」
か、かかか噛んだ……!!
つーか親父すっげえ馴れ馴れしいな!? 何? そんな仲なの!?
「はっはっは、そうか君が。楽にしてくれて構わないよ。事が事だけに、今は歓迎することはできないが……回り込んでもらう形になっても構わんかね」
「はい……ありがとうございます」
国王の言う通り、俺と親父はファルに続いて回り込むようにベッドの奥側へと移動する。さっき噛んでしまった恥ずかしさ故に大分顔が赤くなっている気がするのだが、そこは影になって見えていないと信じたい。
しかし移動した先、目の前に腰掛けている人物を見ると……そんな感情は一瞬にして消えてなくなった。
「レーラ、ファル君もまた来てくれたよ」
国王はそうして静かに眠っているレーラ姫の頬を撫でるが、俺とファルの視線はその隣――さも当然のように腰掛けている男に釘付けにされていた。
その男――グラドーランもまた、目の前に現れた俺たちに鋭い視線を送ってくる。
「――――」
「やはり、生きて……」
「竜王……グラドーラン・テ・シャルレーナ」
「む? グレィ君とも知り合いなのかね」
そういう国王こそ、なぜ平気な顔してこの男を招き入れているのか?
確かに定期的にレーラ姫に会いに来ているとは言っていたが、まさかお忍びじゃなくこんなに堂々と来ていたと!?
そう言えばあの記憶……グラドーランのやつ、幼いレーラ姫に騎士様とか言われていた気がする。それにしたって十年もやり過ごすのは無理があるんじゃないかと思うのだが……?
「陛下! お言葉ですがこいつは―――」
「国王陛下殿、少しバルコニーをお借りしてもよろしいか」
ファルがグラドーランを指さして注意突起しようとしたところに、グラドーランは国王にそう問いかけた。
国王は不思議そうに二人の方へ顔を向けるが、その表情は油断そのもの。グラドーランがそれなりに信用されている事が嫌でもうかがえてしまう。
「かまわんが……どうかしたのかね?」
「少し彼らと話がありまして」
「……手短にな」
「無論」
国王の許可を取ったグラドーランは、そのまま俺たちの後ろにあるバルコニーへ続くガラス扉の前に立つよ、そっとこちらを振り返って言った。
「外で話そう。さあ、バルコニーへ」
「お、おい……!」
「親父」
親父が納得できないという態度で食って掛かろうとするところを、俺がその腕を掴んで止める。
当然、親父は何故止めると言いたげな顔をこちらに向けてくるが、俺は小さく首を横に振って返した。
ここで……国王が聞いているこの場でグラドーランやレーラ姫に関することを話すのは、俺たちにとっても都合が悪い。
間接的にレーラ姫の死に関与してしまうかもしれないのだから、下手をすれば国王の怒りを買い、俺たち全員お尋ね者にされる危険性だってあるのだ。その場で捕まって即処刑……なんて、考えるだけでもゾッとする。
「……来て早々すまないが、少し席を外す」
「うむ」
少し間をおいて親父も察したのか、国王に短く断りを入れて俺とファルへ一瞥する。
俺たちも頷いてこれに答えると、グラドーランの後に続いてバルコニーへ出たのだった。
* * * * * * * * * *
「何故、我は生きているのだ」
「……は?」
バルコニーに出て、グラドーランの口から出た最初の一言。
その言葉に、俺は顎を落とさずにはいられなかった。
「我はあの時死んだ。そこの……ファル・ナーガ。君の剣は、確かに我の息の根を止めたはずだ、そうだろう!?」
ガッと、勢いよくファルの両肩を掴みかかるグラドーラン。
先程まで平然としていた顔には幾重にも脂汗が伝い、彼の内心に全く余裕がないことがありありと現れている。
ファルは警戒しながらもじっとグラドーランの目を見やると、ぐっとこぶしを握りしめながら、険しい表情で彼の質問に答えた。
「手応えはありました……そのはずです」
「では何故、我は生きている!? このままでは姫様は!!!」
「じゃあ今ここで貴方を殺せばいいですか!? 本当にそれでレーラは助かるんですか!?」
「ああそうだ!! それができるなら今すぐに――」
「ちょ! ちょっと、落ち着けって!!」
勢いのままに口喧嘩を始めた二人の間に、仲介する様にして俺が入る。
俺は二人を突き放すだけの力がないため半ばサンドイッチの様な形になってしまったが、俺を見たグラドーランが自ら一歩引いて、今度は何やらぶつぶつと口を動かし始めた。
「そうだ……まだ君に質問をしていなかった……」
「何?」
グラドーランは表情だけでなく、その声色まで震え出していた。
そんな藁にも縋るような声をあげられても、俺だって分からないことだらけなんだけど……?
今までの事からして、俺の方が無知であることは目に見えている。そんな俺にこの状況下で何を質問すると?
「あの時……君の疑問に我がいくつ答えたか覚えてるかい……?」
「……何言って」
「とぼけるんじゃないよ……我は覚えている……11回だ。そうだ、君に聞くとしよう」
「ちょっ――
グラドーランが今度は俺の両肩を掴みにかかってきた。
明らかに正気を失っている彼の手には相当な握力がかかっており、俺の柔くひ弱な皮膚にぐいぐいと食い込む。
「恵月!!!」
「エルナさん!!!」
見かねた親父とファルが、俺を救い出そうとして腰に下げた剣の柄へと手を運ばせた。
そして二人が同時に剣を抜こうとした―――その時。
「なんじゃ、こんなところで騒がしいのう」
「「――!?」」
不意にどこか……いや、すぐ近くからそんな声が聞こえてくる。
俺たちが一斉に声のした方角――バルコニーの外側へ顔を向けると、そこには小さな人影がフワフワと宙を浮いていた。
「……エィネ?」
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