3:15「フォニルガルドラグーン討伐戦 1」
「ハイ! ハイ! ハイ! ハイ!」
掛け声とともに怒涛の勢いで放たれ続けるレイピアの猛攻を、僕はただひたすらに防戦一方でやり過ごそうとします。
レガルド氏はなぜ急に襲ってきたのでしょうか。彼の気配に偽者のような違和感は感じられません。
ただただその悩みの種が、僕の頭を鈍らせていきます。
そうして猛攻に耐え続けること数分が経過した頃、戦況に少しばかり異変が現れました。
文字通り音もなく、レガルド氏の後ろにナイフを構えたミァさんが忽然として姿を現したのです。そしてそのまま、寝首を掻くかのようにナイフを振ろうとしました。
が、しかし……。
「筋はいい。が――」
「―――っ!」
バッと、レイピアが僕に向かって放たれるのと同時に、もう片方の手がミァさんの喉元を掴みに掛かったのです。
「がはっ……」
「ミァさん!!!」
「彼の英雄の仲間も、二十年も経てば鈍るものだ。その時間をメイドとして過ごしていたのならば尚更……」
ため息とともにキリキリとミァさんの喉を絞めていきます。
その間もレイピアによる攻撃は止むことがなく、助け出そうにも僕も動くことができません。
「レガルドさん! 何故なのですか!?」
「何故とは?」
「僕らに戦う理由なんてないハズでしょう! こんなことをしている場合では……!」
「……戦いではない。殺し合いだ」
「同じです!! ミァさんを解放してください!」
「ッッッ……ぁ……ッ」
「ふむ」
「レガルドさん!!!」
僕には戦う理由がありません。
無意味な殺生は義父さんの教えに反するからです。
そしてそれは……かつて義父さんの師匠であったレガルド氏も同じはずなのです。
しかしどういう訳か、今の彼に言葉など通じない。
恐らく心の奥底ではわかっていました。が、それでも僕は剣を抜かず、必死にレガルド氏へ言葉を送り続けます。
すると……。
「がはっ! ごほっ ツっ―――!」
不意に、ミァさんの首からその手が離れました。
しかしミァさんは息を整えるのも待つことなく、次の攻撃を仕掛けるために動き出します。
レガルド氏はその攻撃を、今度はレイピアを使って余裕しゃくしゃくの表情で受けました。僕は攻撃してこないと踏んでか、背中まで向けて。
「ミァさん! やめましょう!! ここは……」
「坊ちゃん、騙されてはいけません!!」
僕が性懲りもなくミァさんを止めようとしたところに、彼はレガルド氏を睨みつけながらそういいました。
言葉の真意が理解できなかった僕は、その場に複数の敵がいたとしたら格好の的となっていたことでしょう。
「ほう……?」
「この方はレガルド様ではありません……私にはわかります、この気は、もっと……」
しかし彼の気配は本当に……いつも王都のギルドで感じていたそれと全く同じです。
一体どういう―――。
「その通り!!!」
「「!?」」
僕が答えを模索しようとしたその時、まるで待ってましたと言わんばかりに聞き覚えのある声がこの空間に響き渡りました。
そして目にもとまらぬ速さで現れたその人は、腰に携えたレイピアを一閃、背を向けているレガルド氏に向かって放ちます。
その攻撃は敏感に察知され、ミァさんをはじき返したレガルド氏によって防がれてしまいましたが……時を同じくして、僕は自分の目を疑うことになりました。
「レガルドさんが……二人……?」
「ちっ……」
「どこの誰かは知らないが……わたしの姿を模方するとはいい度胸だ」
レイピアを放ち、受ける両者は全く同じ背姿、声色……そして顔。
どちらも寸分たがわず……冒険者ギルドマスターのレガルド氏そのものでした。双子だとしてもあまりに似すぎている彼らを前にしていると、ミァさんが僕の元へとやってきます。
「恐らく……あちらが本物のレガルド様だと思われます」
「あとから来た方……ですか」
「はい」
バチ! バチ! バチ! と、二人のレイピアが火花を散らし始めました。
一瞬でも目を放したらどちらが本物のレガルド氏かすぐにわからなくなってしまいそうなほどに激しい運動を続ける中、ミァさんは説明を続けます。
「先程……私たちを襲ってきたレガルド氏には、ほんの少し……通常では感じ取れないほど小さな邪気が入り混じっていました」
「邪気……? 僕は全然感じませんでした、そんな……」
「気に病むことはありません。恐縮ですが恐らくキョウスケ様でも、見落としてしまっていたことでしょう。それほどにわずかな……―――」
ミァさんが最後の一言を終える直前。
突如として背後から迫ってきたそれに、僕たちは体を大きくひねることになりました。
そして僕たちは、ようやくあの……急に襲い掛かってきた偽レガルド氏(仮)の正体に、一歩近づくこととなったのです。
「これは……!?」
* * * * * * * * * *
「はああああああああぁぁ!!!」
「やー」
フォニルガルドラグーンの巨体に、親父の振るった大剣が大きな金属音と共に接触する。
そして親父の後ろからののが大きく飛び上がり、その杖?で追撃を仕掛けていく。
しかしドラゴンの体にはほんの少し……小さな切り傷程度しか与えることができず、直後に放たれた咆哮の衝撃で、二人とも十メートルほど吹き飛ばされてしまった。
「くっそ!」
「かちかち」
親父たちが顔をあげるとすでに与えた傷も完治してしまっており、一向にドラゴンの体力が削れているようには見えない。
ちなみになぜ武器を持っていなかった……折れてしまったはずの親父が新たに大剣を手にしているのかというと、母さんの力をかりて
何でも親父は魔力の扱いがあまり得意ではないらしく、その辺が器用な母さんが親父の体に触れて、間接的に親父の魔力を操作して……とかなんとか。
いやしかし、今はそんなことどうでもいい。
目の前で繰り広げられている光景に一言、苦言を呈してもいいだろうか。
「ねえ、母さん……なんでののあっちにいるの」
「さぁ……困ったわねぇ」
ののが戦っていることはまあ、彼女も一応討伐隊の一員(多分)なのだから百歩譲って許す。
というか俺たちは止めたんだけれども、あろうことか親父が許してしまった。初めはののを見て戸惑っていたはずなのに……俺たちが説得しているうちにまるで何か思い出したかのような素振りで「大丈夫だ」とか言って。
一体何が大丈夫なのかなど聞いている暇はなかったが……親父が大丈夫だというのなら、ひとまずはそれにゆだねることにしたのだ。何かありそうだったらすぐに避難させるという条件で。
しかしだ、なぜ前にいる!?
「魔法使いじゃないの……? でもあの格好どう見たって……」
「エルちゃん! 前前!!!」
「おわっ!?」
油断大敵。
ドラゴンの口から俺に向かって、一直線に炎の弾が三発続けて飛んできた。
母さんに言われて間一髪で避けたはいいものの……言われなかったらどうなっていたことか。一応炎には耐性あるみたいから焼け死ぬってことはないと思うけど……。
「何だってこっちに」
「本当に、さっきからエルちゃんばっかりよ……」
あれから……四人での戦闘を開始してからは五分ほどが経過している。
基本的には親父がドラゴンの注意を引きつけ、俺たちが魔法攻撃でじわじわと削る……はずだったのだが、ドラゴンの視線は全く親父に向くことがなく……そして何故か移動することもせずに、不定期で俺に向かって炎を吐いてくるのだ。
本当に意味不明……俺何かあなたの恨みでも買いましたかと、面と向かって質問したくなるほどに。
三発の弾を避け再びドラゴンへ視線を戻すと、不意に目が合ったような気がした。
真っ赤に充血した目は黒目が分からないほどになっているというのに。
そして次の瞬間―――
「ンぐっ―――!?!?!?」
まるで目が合ったことによって何かに反応したかのように……言葉では言い表せないような、どこか異質で強烈な痛みが、俺の左胸を襲った。
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