3:14「The Battle Begins」

「はぁ、はぁ……上手くいった……?」

「おー」

「し、死んでないよな……」

「えるにゃんすごーい」


 ののからの拍手を受けながら、俺は炎の雨が降り注いだ競技場内部に目を向ける。

 見る限り起きている小型ドラゴンはいないが……本当に殺してしまっていないかが心配だ。


 そう、炎の雨は俺が降らしたもの。

 圧縮させた魔力を炎属性に変換し、爆発的な拡散力を持たせて発射した。

 しかしこの直径数百メートルはありそうな円形競技場を余すことなく……なおかつ親父と母さんには当たらないようにコントロールするのは全く持って自信がなかった。それでいてドラゴンは殺してしまわない程度に威力を抑えなければならないのだから神経を使うどころの騒ぎではない。

 この体は体力がないから、こういう無茶は余計に響いてきてしまうのだ。

 胸部に強烈な痛みが走り、息が乱れる。正直もうそこで寝ていたいくらいだ……まあ、そんなこと言ってはいられないのだが。


 それにしても小型と一緒にボス……フォニルガルドラグーンにもそれなりに雨は届いていたはずなのだが、俺たちがここにたどり着いてからと言うもののうんともすんとも言わない。もう死んでいるのではないかと思うくらいに。

 ただただじっと……まるで期が来るのをじっと待っているかのように鎮座している。


「ハァ……行こう、ひとまず合流だ」


 息も絶え絶えにののにそう伝えると、俺は親父たちの方……競技場の南側へ向けて足を進める。 

 相手さんがどうくるにせよ、俺たちもじっとしているわけにはいかない。


「恵月、今のお前が……?」

「2人とも、無事でなにより」


 親父たちの元へたどり着くと早速、親父が驚きを顔と声に出して現わして見せる。

 この世界に来て、自分の実力でその顔をさせられたことに少しばかり高揚感を覚えた俺だったが、隣で傷の治療をしている母さんはそんな表情など一切見せず。それどころか少しばかり眉間にしわを寄せ怒っているようだった。


「なにしてるのエルちゃん!! 精霊さんは!?」


 そう、もっと自分の体を大事にしなさいと言う意味の怒り。

 理解があるからこそ、先ほど俺が放った魔法が術式を用いた物でないと見抜いていたのだ。これだけの規模の魔法を、比較的体が弱いエルフが(一応ハーフだけど)その身一つで行うことがどれだけ体に負担がかかるのかを知っているから……親父のように単に驚くような反応は示さない。

 それが我が子となれば怒るのも当然のことだろう。


「大丈夫、だから。それよりも」

「おっきいのたおして みんなもとにもどすー」


 大丈夫じゃないでしょと、母さんはきっとそう言い返そうとしていた。

 しかしここで説教をするほど冷静さを失ってもいないようで、「みんなを戻す」とののが発言した直後、今優先するべき情報へ耳を傾ける。


「の、のーのちゃん。戻すって……?」

「……のーの? この子のことか?」


 母さんはののが言ったセリフに。

 親父はのの自体に注目する。

 そして二人に俺が説明をしようと口を開きかけた、その時―――。




「ガ――――ッッ!!!!!」




 今までピクリとも動かなかったフォニルガルドラグーンから、溢れんばかりの殺気と熱気の含まれた波動が放たれた。

 波動と言うよりは衝撃波と言った方が正しいだろうか。

 それ自体が強力な力を持った……ひとたび触れようものなら、死の恐怖と焼けるような痛みでおかしくなってしまうかもしれない。


 しかし逃げようにももう遅い。

 凄まじい勢いで競技場の端へと向かって広がらんとする衝撃の波は、一瞬にして俺たちの目の前までやってきて―――――


「【水盾ノ陣クァ・シーィラ】!!!!」


 あとコンマ1秒でも遅かったら。

 本当にそれほどギリギリのタイミングで、俺たちの周り半径二メートルほどの範囲にドーム状の水のバリアが張り巡らされる。

 一体だれがと思いながら後ろを振り向いてみると、母さんがまるで錬〇術でもするかのように両手を地に当てていた。どうやら母さんの咄嗟の判断のおかげで助かったようだ。


「みんな大丈夫!?」

「うん……ありがと」

「へーきー」

「すまねえ、ロディ……」


 俺たちが母さんにお礼を述べるのに対し、親父だけは顔を俯かせる。

 一応この場では親父が一番経験を積んでいるハズなのだから、もっと俺たちを引っ張ってシャキッとしてほしいもんなんだが……。


 心の中でそんなことを思いながら呼吸を整え、あらためてフォニルガルドラグーンに目を向ける。


「フゥー……あらためて見るとすごい血走った目……」

「グルルルル……!!」


 荒々しい殺気と熱気……そして闘志を燃やす真っ赤な目。

 真っ黒な体と黄金の毛並みがさらにその気迫を強調させている。

 そしてそれと同時に別に、どこか違和感にも似たような何かを俺は感じ取っていた。

 何人も生きて返さないとばかりに真っ赤に燃ゆる目の…………視線?


「あれ……もしかして俺のこと見てる?」

「気のせいだろ」


 バッサリ切り捨てられた。

 まあ、流石にそれは気のせいか。

 じゃあこの違和感は一体……?


「それよりどういうことだ、元に戻すって。この子も……」

「ののはのーのだよ」

「の……何だ?」

「その辺は後で。この小型ドラゴンたちは討伐隊の人たちが姿を変えられちゃったんだってさ」

「は? なんだそ――――」

 ――――ブオオォォッッッ!!!



「「!!!???」」



 親父の返事を待つことなく、急な突風が吹き荒れ始める。

 いつまで下らない無駄話をしているつもりだとばかりに、彼のドラゴンが次の行動を起こし始めたのだ。

 風に流される髪の毛をかき上げ、曲線を描くように吹いていく風の行く先を見る。

 次の瞬間、ゾッとするでは済まない……先を想像したくもない光景を目にした俺の目が大きく見開かれた。


「なんだよ……これ……吸収、されてる……!?」


 突風の元は、大きく開かれたフォニルガルドラグーンの口。

 彼のドラゴンはピンクの悪魔カー〇ィばりの吸引力のある吸い込み芸を見せ、見る見るうちに辺りに転がっている小型ドラゴンたちをその口の中へと飲み込んでいた。

 一体たりとも残すことなく、あっという間に。

 そして――――。


「グルル…………」









「グルルルルル……ルアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」

「「ッッ――――――!!!」」









「なんて邪気だ……!!」

「ぱわーあーっぷ」

「さすが王様っつーだけあるなぁ……オイ」


 のん気に……というか、表情一つ変えることないののに対し、俺たちの額には幾筋もの冷や汗が伝う。

 いったいどれほどのパワーアップをしてしまったのか……計り知れない戦闘力の塊を前に、いよいよ体が震え始めようとしていた。


「エルちゃん、きょー君……!」


 ぎゅっと、母さんが俺たちの手を握る。

 顔を見なくても痛いほどわかる……行ってほしくないという気持ちの表れ。

 しかし行かなければみんながどうなるかわからない。これ以上被害を広げないためには、行かなければならない。どうしてこんなことになってしまったのか。どうしてわたしたちなのか……そんな叫びも込められた、悲しい温もり。


「ロディ大丈夫だ。絶対負けねえよ」


 親父が母さんの手に自分の手を重ね、そっと声をかけた。


「そうじゃなくて、わたしは……!」


 母さんは不安と心配の入り混じった涙を見せながら声を上げる。

 これに親父は、母さんの手を両手で握るように持ち帰ると、流れ続ける涙をぬぐい、優しい笑顔を見せて言った。


「わかってる」

「そのために母さんがいるんでしょ」


 俺も親父に続いて、緊張していた顔の筋肉を少しばかりほぐしながら答える。


「ののもやるのー」

「…………」






「……絶対よ」

「オウ」

「うん」

「おー」


 少し間をおいて、震える母さんの声が響く。


 綺麗ごとを言うつもりはない。

 本気でやって、本気で勝つ。ただそれだけだ。

 不安要素がないわけじゃない。むしろ不安要素しかない。

 しかしここに来て……特に勝算があるわけでもないのに、俺の頭は冷静だった。

 震えそうになっていた体もいつの間にか平常通りになっている。


 これが信用からくるものなのかは分からなかったが、本当に自分でも恐ろしくなるほどに冷え切っていた。


「全くずいぶん予定が狂っちまったもんだ」

「ハハハ。ほんと、どーしてこんなことになってんだろ」

「もう! 笑いごとじゃないのよ!?」


 ああ、今笑うのはこれで最後。

 次に笑うのは全部終わった後……こんな乾いた笑いじゃない。心から笑うんだ。




「そんじゃ行くぜ……。さっさとドラゴン退治して、みんなで帰るぞ!!」









 * * * * * * * * * *








「んっ……」

「いったたた……」

「ファル坊ちゃん、ここは……」

「……真っ暗ですね」


 全身に焼けるような痛みを感じます。

 確かエルナさんたちとコロセウムに来て……途中で謎の黒い壁に、それから……。


「記憶も曖昧です」

「……悔しいですが、私もです」


 いつ気を失ったのかはわかりませんが、目が覚めてみればミァさんと二人きりで、今度は意味不明の真っ暗な空間。

 僕たちは一体どうしてしまったのでしょう。


「立てるということは……床はありますが」


 少しずつ、今置かれている状況を二人で確認していく。

 

「僕たち以外には誰もいない……んですかね」

「いえ。遠くに一人……強い気配があります」

「一人?」


 ミァさんが敏感にその気配を感じ取り、僕に教えてくれました。

 しかし――。


「―――ッ!!!」


 その直後、僕の後ろから何か飛び道具のようなものが接近しているのを感じ取り、僕は咄嗟に体をひねります。

 虚空の彼方へと消えていったそれを見送り、飛んできた方向を見てみした。

 するとそこには……。


「おや、これは失礼した」

「あ、あなたは!」

「…………」


 ピシッとしたウェイター衣装を身に纏った初老の男性……レガルド氏が、僕たちに謝罪の言葉を述べながら、姿勢をくずしました。


「ああ、あなた方は確かキョウスケ様の……」

「はい。僕は養子のファル・ナーガ……彼はメイドのミァ・ジェイアントさんです」

「おや? 彼……と言うことは男性ですかな?」

「…………」


 僕がレガルド氏に自己紹介をしますが、ミァさんはどこか浮かない様子。

 レガルド氏の質問に気を悪くしてしまったのでしょうか……?

 そうだとすると、僕の紹介の仕方が悪かったと言うことになってしまいますが……でもそれとはどこか違うような。


「ふふふ、まあいいでしょう。折角この得体のしれない場所で出会えたことだ……」

「レガルドさん……?」




「ひとつ……殺し合おうではないですか」

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