3:6 「トラップダンジョン」
「あいつだな」
ギルドを出、ヤツの飛んでいった先をめがけて走ることおよそ五分ってところか。
コロセウムの上に立ち、オレは内部の……競技場にずっしりと構えているヤツ――フォニルガルドラグーンの姿をとらえ、その言葉を口にした。
おそらく他の連中が来るのはもうしばらく後になるだろう。
「……ドラゴンを相手にするのも20年ぶりか」
さて、あの時からどれだけ腕が鈍ってるもんか……ひとつ腕試しと行こうじゃねえか。
「行くぜドラゴンさんよ―――」
腰に携えた片手用直剣の柄をそっと手にとり、標的を見失わないようにしっかりと目にとらえ、足腰にぐっと力を込める。
そして―――。
「すぐに終わらせるッ!!!」
彼のドラゴン目掛け、一直線に体を飛ばしていった。
* * * * * * * * * *
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
「もう少しですよ!」
「頑張れエルちゃーん!」
出発してからどのくらい経っただろうか。
少なくともさっき……ギルドで親父と別れた時の倍は走ってるはずだ。
息も絶え絶えにそんなことを考えながらも、体力のない体を恨んで止まない。
前を行く三人に遅れを取らないように必死に足を前に出し続けていると、俺のすぐ前……三番目を走るミァさんが俺の元に近づいてきた。
「お嬢様! もしお辛いのでしたら、僭越ながら私が抱きかかえ――」
「け、結構っ!!」
何を真顔で言い出すかと思えばあの男の娘!!
まあ、楽できるならしたいのは山々ではある。でもそれは無しだ! 絶対に!
ミァさんの魔の手?から逃れようと、俺は体力の限界など全くお構いなしに、今まで以上に必死になって走った。
「あらあら」
「あまり無理はしないでくださいねー!」
そして気がつけば前にいる母さんとファルも抜かしてしまっていたらしく、後ろの方からそんな声が聞こえてきた。
しかし自分でも何故かはわからないが、それで足を緩めることもなく……ひたすら前に、待ち受けるコロセウムの門をめがけて走り続けていく。
「……やはり、私は嫌われているのでしょうか」
「そんなことないわよー、きっとまだ恥ずかしいのよ」
「そう……でしょうか」
「そうそう! ……ほら、あの建物じゃない?」
「ぜぇ……はぁ…………でっか……ぁ」
それから体感で一分ほどだろうか。
聳え立つ巨大な円柱状の建物を前にして俺は両手を膝につき、頑張って息を整えようとしていた。
そうして後ろからやって来るであろう三人を待つ数十秒の最中――。
―――ドクン。
「―――――ッ!?」
ただでさえ速く、必死に血を回し続けている心臓にどこか異質な……それでいて異様に大きな鼓動が紛れ込み、反射的に左手を胸に持っていった。
それはまるで何かに呼ばれているような。
しかし同時に、自分が何かを呼んでいるような。
本当に異質で異様な、言葉では言い表せないような感覚。
「エルちゃん!」
「入れそうですか!?」
「…………」
そうこうしているうちに追いついてきた母さんたちがそう俺に問いかけるが、口を動かそうにも息が詰まってそれどころではなかった。
しかし何故か不思議なことに苦しいという感覚はなく、段々と、むしろ嘘のように呼吸の乱れが整えられていく。
「エルちゃん? 大丈夫?」
心配した様子の母さんが、俺の顔をのぞき込んで言った。
恐らく顔には出ていなかったと思うが、念のために平素を装った。
今はこんなことにどうこう言ってる場合ではない。
気になりはするが、幸いそれから同じような違和感のある動悸が来る様子はないし。相談するにしても、目の前のことを片付けてからだ。
「……ううん、なんでもない」
「本当に?」
「大丈夫だって、それよりも急がないと」
「……そうね」
「行こう」
* * * * * * * * * *
コロセウムの中に入ったあとは、地図を頼りに中心の円形競技場をめがけて走る。
一応俺や母さんも地図を受け取っているが、ファルは昔ここに来たことがあるらしく、そこまでの案内は彼に任せることにしていた。
「こちらです!」
案内に従い、ひた走る。
階段を登ったと思ったら次の階段を降り、無駄に入り組んだ道を……本当にこれで合っているのか不安になるような道を進んでいく。
どうやら俺たちが入った南口は唯一、一般の人間がいつでも通れるような造りになっているらしく、そのまま競技場へ迷い込まないように、南口から競技場へ続く道は入り組んだ構造になっているらしい。
「奥様、お嬢様。いつ何があるかわかりません! 今のうちに杖を」
「そ、そうね」
「わかった」
「「魔杖!」」
精製した杖を片手に走りながら、微かな不安と不自然さを抱きながら進んでいく。
南口から競技場まで一番近い東の出口までは、ぐるっと回りこまなければならないのだが……。
「……おかしいですね」
「うん」
「はい」
「え? おかし?」
「…………」
寒いボケかましてる場合か!!
なんだ、最近ちょっとシリアスすぎて頭のネジでも外れたのか!?
「母さん、俺たち討伐隊よりも大分後に出発したんだよ? ここまで来るのも走りはしたけれど、それにしたって誰かいなきゃおかしい時間だ。なのに俺たち以外、中に話し声どころか誰もいる気配すら感じない。いくら何でもおかしすぎる」
「あら……言われてみれば!」
「あのなあ……」
あまりに鈍感な母さんにため息が零れ落ちる。
俺のこととなると敏感に察知するくせに、どうしてこうも気が付かないモノなのか。
それとも本当に俺らの事しか考えていないのか……ここまで来るとルーイエの火災事件の時、離れ離れになっていて何とかなったのが不思議で仕方がない。
俺が視界からいなくなったら発狂でもしてそうな勢いだ。
「―――!! 皆さん待って!!」
「「!?」」
そこそこ広目の、成人男性が四人は横に並べそうな通路からその半分ほどの狭い通路へ行こうというその時、何かに気が付いたらしいファルが、叫びと共に俺たちをせき止めた。
「あれは……」
「真っ黒ね……」
その視線の先を見て見ると、狭い通路の少し先……ここからギリギリ影になっているその場所は、明らかに不穏なオーラを漂わせる真っ黒い何かによって行き止まりになっていた。
「すっげぇ
「あら、そーなの?」
「「ろーぷ……?」」
「なんでもない! そんなことより警戒しよ!」
この手の設置系トラップはあの中から何かが出てくるか、あれ自体が何かの効果を持っているかのどちらかだ。
なぜこんなところにあるのかもわからない。
もしかしたら先に行った討伐隊の人たちもこの先に……?
先が不明瞭な中、あれやこれやと考えながらもしばらくの間その場でじっと構え、周囲を警戒する。
「…………」
「……何も起こりませんね」
「ですね」
「だね……」
―ぁ――!!!
「……ん?」
「あら?」
「どうかしましたか、お二人とも」
(今、何かが……)
―――ろ!!
「何か、聞こえる」
「エルちゃんも……?」
ファルとミァさんには何も聞こえていないようだったが、今度は母さんもしっかりと聞いているようだし、おそらくは気のせいではないのだろう。
一体どこから?
コロセウムの中……
はたまた外か……
「…………やっぱりそうだよなあ……そうなるよなあ……」
間違いない。
というかこの状況、それ以外考えられないだろう。
「あの黒いのの先から、なにか聞こえた」
「……ええ」
「なんですって?」
この先に誰かいる。
声の感じからして、何かに襲われているようだった。
一刻を争うかもしれないというときに、何て災難だ。
どのみち道は一つしかない。
あそこを通らなければならない以上、まずは二人一組に分かれて順番に行く。母さんは早く親父の元へ駆けつけたいだろうし、戦力的に見てもいつもの……俺とファル、母さんとミァさんで別れて、俺たちが先に行くのがいいだろう。
ああ、なんだろうな……まさに「俺の屍を越えて行け!」て感じだ。
「ファル、ちょっとつき合わせてもいいかな」
「え? エルナさん? 構いませんが一体……」
カッッッ―――――!!!!!
「!!!????」
今度は一体なんなんだ!?
突如として小道の……黒い何かから発せられた光に飲み込まれ、視界が真っ白にくらむ。
そして視界が戻ると同時に、杖を握り締める右手に汗がにじんでいった。
「くそ……そう来るのか………!?」
トラップが発動したのか何なのか。
気がつけばどこまでも続く平原のど真ん中に、俺は一人で立っていた。
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