3:7 「少女が一人と――」

 本当に広い、一面の緑が広がる平原。

 見渡した先には小さく山の影が見えるが、一体どれほどの距離があるのか。

 あの黒い何かが仮にワープホール的な役割も持っているのだとしたら……。


「か、帰れるのか俺……!?」


 本当に世界のどこかにぽつんと落とされたんだとしたらたまったもんじゃない!

 俺一人では――


「そうだ、みんなは!?」


 もしかしたら目を凝らしてみてみれば……。


 そんな淡い希望にすがるかのように、ぐっと目を細めて辺りをぐるっと見渡してみる。

 しかしいくら見えども……360度似たような風景が広がるばかり。視力は決して悪い方ではないと思うのだが……これはイチかバチか移動を試みるか?


(恐らくは敵の術中……いつ何があるかわからないし、杖に魔力を――)


「……ん? これは……?」


 杖に魔力を込めようと精神を少しばかり集中させた瞬間、ひとつだけ確実に分かったことがあった。

 明らかにさっきまでとは違う、この力がみなぎってくるような感覚――。


「ここ……里と同じくらい……いや、それ以上に精霊の力に満ちてるぞ?」


 あの特徴的な……蛍火にも似た精霊の姿はどこにも見当たらない。

 しかし目に見えない力の塊のようなものが、『この空間全体』に広がっているのだということだけは身に染みて伝わってきた。


 要はここ……黒い壁から放たれた光によって飛ばされたこの場所は、言ってしまえば異次元空間と言ったところだろう。

 この空間そのものが精霊の力によって造られた、魔法の力に満ち溢れている……つまり俺にとっては魔法使い放題の、ある種好都合な空間というわけだ。


「……よかったぁ」


 ここが何なのか。

 未だ仮説の域を出ないとはいえ、想定が付いた途端にそんな言葉が自然と流れ出た。

 もちろんだからと言って意識を散漫させるわけにはいかない。むしろ逆だ、その特性が分かったのならめいっぱい魔力を使うことができる。

 となれば、だ。

 俺は安堵の言葉とともに落とした肩に力を入れなおすと、胸の前に杖を両手で構え、意識を集中させる。

 そして杖の宝玉を中心に広く、この空間全体に『魔力の目』を展開させていく。


 外だったらこんな魔力の浪費になることは絶対にできない。

 ただでさえこうして魔力を使った索敵をするのは精神的負担も大きいというのに、全方向……隅から隅まで索敵範囲を広げるなんて、精霊からの魔力供給が過分にあるこの場所だからこそだ。


「……!!」


(3時の方向……大分先だけど、誰かいる。他には……?)


「…………」


 わずかな違和感にも敏感に、ひたすらに意識を研ぎ澄ませる。

 吹き抜けていく風、それに揺らめく草の音、何処からか流れる水のせせらぎ。

 感じ取れる限り数キロにも及ぶこの広い広い平原の空間を、余すことなく…………



「……何もなし、か」



 人の集落のようなものは一切感知することができず、それどころか動物一匹もいる気配がない。

 この空間は本当に……それ以上でも以下でもない、平原のみで構成されている異空間。俺の索敵から逃れるすべを持っている可能性も無くはないが、その可能性は低いだろう。

 さっき感じ取った人影は、おそらく俺と同じここに迷い込んだ……母さんたちの誰かか、もしくは討伐隊の誰か。


「……親父だったらどうしよ」


 いやまあ、どうするもこうするもないのだが。

 もしそうだったら……十中八九怒られる。

 それでもって何を言われるか……ああ、想像しただけで鳥肌立ちそう。


「まあいいや……行くしかないなら――」


 仕方がない。

 いつまでもこんなところで油を売ってるわけにもいかないし、とにかくここから出る方法を探さねば。

 時間もドラゴンも待ってはくれない。

 もう討伐戦は始まっているのだ。


 俺は構えを解くとともに覚悟を決めると、その誰とも知らぬ人影を求めて三時の方角へ足を進めた。







 * * * * * * * * * *







「でえェェェりゃあアぁァ!!!」


 叫びとともに己の身長――二メートルほどもある大剣を豪快に振るう。

 直後に響き渡る大きな金属音と接触部から放たれる火花を目にし、オレは今日何度目かの舌打ちを鳴らした。

 決して不機嫌なわけではない。

 振るった剣に手ごたえが感じられないとき、俺の舌は正直にそれを仲間たちへ伝えてくれる。

 まあ、今は独り身だが。


「ぐふッ!!!」


 相手のカウンター……そのピッカピカに輝く大きな盾から繰り出される攻撃に、オレの体は大きく吹き飛ばされた。


「クソ! こんなやつどーすりゃ……」


 幾重にも屈折をし、鏡のように傷ついたオレの姿を映し出すヤツ―――ダイヤモンドオークを前に、どうしようもない弱音を漏らす。

 その名の通り全身がダイヤモンドによって形作られたそれは、オレの身長よりも大きな盾でもって攻撃を完封してみせた。

 ヤツの持つごつごつとした棍棒も盾も、腰巻きすらも全てがダイヤモンド製。

 魔法適性の一切ない……物理一辺倒のオレからしたらまさに天敵としか言いようのない相手だ。


 それでもこいつを倒さなければ前には進めそうにない。

 こんな時こそ気合と根性を見せなければ……!!



「どーすりゃいいじゃねえ、どーにかすんだよ……!!」


 再び大剣の柄を強く握り、したり顔のオークへ向かってその切っ先を向ける。


「あいつの右腕として、オレは……」


 ……いや。


 あいつ――キョウスケの右腕……そんなものはオレなんかではとうに分不相応だ。

 『罪人』であるオレは、あいつの右腕としても、男としても……ましてや人間としてですらも失格に値する。

 力を振るうのは、そんなちっぽけな……そんなくだらねえプライドなんかのためじゃねえ。

 もっと大事な、果たすべき約束のために力を振るえ!!

 何よりも大事な、果たすべき贖罪への一歩を踏み出すために!


 たった一つの……俺が大きく傷つけた小さな少女の頼みすら聞いてやれんようでは――――!!





「人間どころか……オレは生きモン失格だッッッ!!!」







 * * * * * * * * * *






 ドッッ―――




「!!!!!」





 ゴオオオォォォオオォォォオン!!!




「なんだ!?」


 ひとまずの目的地――人がいる方へ向けてひたすら三時の方角をまっすぐ進んでいくと、ものすごく大きな音が聞こえてきた。

 爆発音にも似たそれの中には一瞬だが金属のような音も混じっていて、向かう先で何か争いごとが起こっている可能性を教示させる。

 同時に起こった大きな煙りは俺からでも見ることができ、そこまでの距離は目分量ではあるがおよそ200メートル。もうすぐにそこに迫っているかもしれない危機的状況へ備えようと、俺は杖の宝玉へ魔力の充電を開始した。


「……本当になんなんだ。感知した誰かのほかにも何かいるのか……!?」


 俺がこの空間を探って見つけたのは確かに一人だけだったはずだ。

 まさか本当にステルス能力でも持ってるやつが!?



「急がないと―――!!」










 ―――ザク!!!









「―――!?」


 今度はなんなんだ!?


 俺のすぐ近くに何かがつき刺さったような音がした。

 嫌な予感を頭によぎらせながらその音の主を確かめようと目を横に向けてみると、そこには深々と突き刺さった一振りの刃が。

 しかしその二メートル近くはあろうかと言う大剣『だったもの』は根元……柄の部分が無く、代わりに痛々しい傷がいくつも深く刻まれていた。


「まさか……!!!」


 それを見た瞬間、俺は更に足を急がせた。

 嫌な予感が現実になった。

 その確信を得た俺の頭は、考えるより前に喉と口を動かしていく。


「炎精集え 我が晴明たる名のもとに」


 発し始めた術式に呼応するかのように、杖を目の前に構え、空いた左手は何かをつかむように軽く握りながら顔の横に持っていく。


「生出よ 騒乱たる紅の燈火」


 次に生出よの掛け声とともに握った左手から炎のオーラの様なものが現れ、直後杖との間を一直線に、勢いよく結ぶ。


「蒼穹を穿つ 弓矢キュウシと成らん!」


 最後の一文。

 左手からのびる棒状の炎の先……杖側の先端部分がその一言で一気に燃え上がり、ドリル状の鋭い切っ先が生成される。

 同時に風を用いたハイジャンプ、およびわずかではあるが滞空を行い体勢を一気に整え―――。



「――――【破弓ハキュウ業火槍ゴウカソウ】!!!!!!」



 ギリギリまで引き絞られた炎の矢を、今にも大ぶりな攻撃を仕掛けようとしている巨大な的へ放った。


 勢いよく放たれた矢は自発的に回転しながらスピードを上げていき、一直線に敵と思しきものへと向かって行く。

 そして矢が敵を貫くとともに爆発を起こすと、俺は折れてしまった大剣の主……今にもとどめを刺されそうだった人影の前に降り立ち急いで手を差し伸べた。


「大丈夫です――――か……?」

「あ、あぁ……助かった、ありが―――」


 差し伸べた……が。

 吹き荒れる黒煙の中、俺たちは互いの顔を見て言葉を失ってしまった。

 俺は自分が助けた人間の正体を知り。

 恐らく相手は、目の前に俺がいることを信じられずに。


「ガレイル……クレセンド……!!!」

「な、なぜ君がッ……!?」

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