3:5 「幕開け」
な……
「何やってんだよ……親父……?」
「きょー君すごーい」
「いやすごーいって……」
四人でのぞき込む懐中時計の映像。
レガルドの指示とはどう見ても違うルートでコロセウムへと向かっている親父に、俺は戸惑いを隠せない。
「ではそれも交えて、僕たちがここにいる理由を説明しましょう」
「……お願い」
「はい」
俺の返事にファルが小さく頷くと、彼は何やら周囲をキョロキョロと確認してから話を続ける。
「先程のフォニルガルドラグーンの襲撃の折り、義父さんはバリアが張られる直前にギルドの崩落した部分から屋根へ向かって飛んでいきました」
「……飛んで?」
「ああ、いえ。勿論本当に飛んだわけではなく、障害物を利用してですよ」
俺の何気ないつぶやきにファルはご丁寧に答えてくれたが、やっぱりなんかこう……ものすごくむずがゆいというか、違和感があるというか……俺の知っている親父は体つきこそ以前からよかったものの、そんなSFばりの跳躍力も瞬発力も持ち合わせてはいないからか、いまいち想像がつかない。
できることならこの懐中時計に映る映像だって信じたくない。
「僕たちは第二部隊だったのですが、出発の指示の後にこっそり抜け出してきて、義父さんがあの後どうしたのかを確認するために、お二人を探してきたというわけです……義父さんのことですから、おおよそ想像はついていたのですが、念のために」
「へ……へー……」
おおよその想像はついてたんだ……!
理想?と現実の違いにギャップを感じずにはいられない。
何でもありなファンタジー世界なのは重々承知しているはずなのだが……それを自分の知っている人物、それも実の父親が成しているのかと思うと本当にむずがゆい。
同じ人物に対して、それも同じ屋根の下で暮らす人間との間にこれほどまで認識の差があろうとは……。
「そしてもう一つ……お二人に伝えたいことがあります」
「え……?」
俺がそんな下らないことに頭を悩ましている最中。
ファルは先ほどよりもえらく真剣な口ぶりで俺の目を見て言った。
「エルナさん、ロディ義母さん。お二人は今すぐ安全な場所へ避難するか……お屋敷に戻ってください」
「なっ」
「私からもお願いいたします。一度非常事態に陥った以上、お二人に危害が加わる確率は馬鹿になりません」
「ミー君……」
もちろんファルたちの言っていることはわかるし、当然のことだ。
しかしだ。
ミァさんにはいつの間にか母さんが伝えて……というか俺を囮に買収していたので実際同意に至るまでの経緯は知らないが、俺がファルに伝えた時は危険も承知の上で同意してくれたはずだった。
そう、しっかりと、迷惑をかけることも承知で――――。
グラース暦266年 緑(リョク)の月51日
「エルナさん、今なんと……?」
「討伐隊、俺と母さんもついて行くって言ったんだ。こっそり、遠くから見守ってるくらいだけど」
この日俺は朝食を終えた後、ファルを自分の部屋に呼んだ。
前日……屋敷に帰ってきた日の夜中、母さんと決めたことを早速ファルに伝えたんだ。
* * * * * * * * * *
「しょっ……正気ですか!? 一体どうしてそんなことを!」
「わっ! ちょ、ちょっと落ち着いて! 今話すから!!」
「……すみません」
「い、いや謝らなくても……謝るならこっちの方だし……まあいいや。えっとね――」
あの時の内容をそのまま……とはいかないが、なぜついて行こうとしているのか、面と向かって……正面から行かない理由を話した。
その話をファルは真剣に受け止め、数分ほど悩んでいるようなそぶりを見せた後、彼は俺の目を見て言った。
「エルナさん、それが何を意味するかは、しっかりわかってますか?」
「……うん」
迷惑な話だっただろう。
何事もなければ、それはこのことを知っている人間に限られる。しかしもし万が一のことがあれば……その迷惑は討伐の大きな足かせになる。
ファルの言いたいことは自明だ。
「それでも行かなきゃならないから行くんだ。迷惑をかけるかもしれないけれど……行かないで後悔するのは絶対に嫌だから」
「…………」
「――わかりました」
「ぇっ!?」
ファルの思わぬ言葉に口が滑り、とっさに両手をあてがう。
だって……流石にもっと反感買うと思うじゃん?
物わかり良すぎてびっくりしちゃったよお兄さん。
とかなんとか思っていた矢先……ファルは先ほどまでの真剣な表情は何処へ行ってしまったのかという笑顔を浮かべてこう言った。
「では、今から僕と一戦交えましょう。その結果を見て判断します。お互いの実力を知る丁度いい機会でもありますしね」
「ほぇ?」
「え……?」
「ええええええええええぇぇぇええぇぇぇえぇ!?」
* * * * * * * * * *
それから庭にでて、戦った。
割とがんばったんだけれど……結果はまあ、惨敗だった。
しかしファルはその後、しっかり同意してくれたのだ。
それはつまり、万一のことが起こっても最低限対処できるだけの力はあると、そう判断したからじゃないのか?
俺は異議を唱えんとファルの目を睨み返す。
そして口を開けようと―――。
「ファル君、ミー君、ごめんなさい。それはできないの」
「っ……母さん」
先に言葉を発したのは母さんの方だった。
「言いたいことはわかってるつもりよ。それでもここまで来たの。今更引き返すことはできないわ」
確かな……それでいて絶対譲れないという意思の宿った目をファルとミァさんに向ける。
「俺も同じだよ。今更引くなんてありえないし、何よりこんな程度で怖気付いてたら話にならないだろ」
母さんに付け足すようにして、俺も自分の意思を二人に伝えた。
こんなことを言いつつも、怖いかどうかと聞かれれば相変わらず怖い。
でもそれとこれとは話が別。何よりも後になって後悔しない選択をと、そう思っているだけだ。
俺たちの意見を聞いたファルとミァさんが、真剣な顔のまま二人で顔を合わせる。
そして何か確認でもするかのようにミァさんが頷くと、ファルは俺たちの方へ向きなおると……。
「安心しました」
「……???????」
まるで俺に一戦交えようと言った時と同じような……清々しいほどに綺麗な笑顔を見せてそう言ったのだ。
これに続くようにミァさんが頭を下げ、まるで取り返しのつかないことでも至難じゃないかというくらい暗い顔をして口を開いた。
「申し訳ありません……無礼と知りながらも、少々お二人の意思を確認させていただきました。何があろうとも、私が責任をもってお二人をお守り致します……!」
「私たちが、ですよ。僕だって、協力すると決めた以上は、エルナさんたちの身の安全は保障します」
「っ……そういう……」
「それもダメよ」
「――――!!!」
そう言うことかと俺が呟いた矢先。
母さんが説教でもするかのような威圧的な声を上げる。
一体どういうことなのかと顔をあげるミァさんに、母さんは彼の肩をそっとつかみながら続けた。
「わたしはね、家族を失うのはもう嫌なの。それはミー君、ファル君、あなたたちも含めてのことよ。わたしたちは自分の身は自分で守る。そのためにこの一か月、えいちゃんにお世話になったんだもの……だから何があろうともなんて言わないで」
「奥様……」
「お願い」
「……はい。失礼いたしました」
「ファル君も、命にかかわりそうになったら絶対に深追いしちゃダメよ?」
「はい。わかっています」
一件落着……で、いいのか?
「エルちゃんも!」
「へっ?」
「エルちゃんも約束して。もし危なくなったら――」
「わかったわかった! 約束する!」
「本当に?」
「ホントに!!」
「絶対!?」
「絶対!!!」
「ケガしたらちゃんと言うのよ!?」
「わかったって!!!」
なんで俺の時だけそんな念入りなの!?
実の息子だからってのはわかるけどさ! なんか偏ってない!?
義理の息子のファルも苦笑いだよ!?
「そ、それはそうとして、親父先に行ってるんだよね!? だったら早く追っかけないとじゃないの!?」
「……!!! そうよ! きょー君!!」
「「……は、はははは……」」
なんで今思い出したような顔するんですかね。
母さん、親父が心配で来たんじゃなかったの?
本当に、変なところで抜けてるその頭はどうにかならないものか……今回に限っちゃメインですよそれ。
乾いた苦笑いの後、ファルが懐から丸められた紙らしきものを取り出し、俺に手渡す。
開いてみるとそれはどうやらコロセウム内部の地図のようだった。出入口はもちろんのこと、各部屋の役割や非常口など案外しっかりと書き込まれている。
「念のためとっておいたものが役に立ちそうです。何かあれば、それを利用してください」
「うん、ありがとう。使わせてもらうよ」
「いえいえ、これくらいはどうってことありませんよ。では、急ぎ僕たちも向かいましょうか」
俺は受け取った地図をポーチにしまい、「うん」と顔を頷かせる。
波乱の幕開けとなったフォニルガルドラグーン討伐クエスト。
いきなりの非常事態に内心不安を募らせながらも、俺たちはコロセウムへ向けて走り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます