2:31「エルナちゃんの1日メイド生活 2」
「ぉ、お帰りなさいませ…………さま……」
「何言ってるかわかりません。やり直し」
「お帰りなさいませぇ! きょ、きょーすけまぁ!!!」
「乱暴すぎます。もっと丁寧に、誠意と敬意を込めてください。自分が従者(メイド)であることを忘れては元も子もありません」
「うぅ……もぉやだぁ……」
やらんとしてることは理解できる。
理解はできるし、ミァさんが言っていることもごもっともである。
でもだからと言って……だからと言って……
(何で親父を様呼びしなきゃならないんだよぉ……)
「キョウスケ様がご主人様と呼ぶなと仰っているのですから仕方ありません」
「ま、また人の心を読むようなタイミングで……」
「育ち柄、多少ではありますが読心術を心得ておりますので」
「ぐぬ……」
心得ておりますのでじゃないよ!
余計なおわせじゃ!!
恐らく林檎のように真っ赤になっておるであろう顔をさらにぷっくりと膨らませ、心の中で叫びをあげる。
早くこの悪夢のような1日が終わってほしい。
既に疲労困憊なため息が俺の口から吐き出されたところで、見かねたのかミァさんは部屋の隅に置かれたロッカーへと手を伸ばしはじめた。
「仕方ありませんね。まあ、今日はキョウスケ様はお屋敷に居られますし、来客の予定もありませんから、清掃を済ませてしまいましょう」
「……ぅぅ」
「返事を」
「はい……」
なら最初からやらせるなよ!!
……と言いたいところをぐっとこらえ、俺はミァさんに渡された箒と、雑巾のかかったバケツを受け取る。
「では三階の倉庫から順番に、入り口に向かって行くように進めていきましょう」
「は、はい」
* * * * * * * * * *
二時間後。
「……広い」
「どうかしましたか?」
「なんでもないです!!」
本当、この屋敷に来てからずーーーっと思ってたけど……なんでこんな無駄に広いの。
あれから二時間、ようやく三階にある倉庫、空き部屋二つ、資料室、トイレ、どう見ても使った形跡のない第二調理室とそれをつなぐ廊下、階段の掃除を終え、たった今二階へと降りてきたところだ。
二階は俺たちの部屋に客室、他は空き部屋と衣装部屋くらいではあるが……本当、なんでこんな無駄に広いの。
「まだ三分の一も終っていませんよ。早く……できればあと一時間で全て片付けてしまいましょう」
「無理です!?」
「その気になれば出来ないことはないと思いますよ。私は3時間で外まですべてやっていますので」
「大ベテランのあなたと一緒にしないでいただけませんか!?」
「それと先程から気になっていたのですが口が悪いですね」
「……ふぇ?」
「今日一日、私はエルナさんの上司です。あまりナメた態度を続けていると針くし刺しの刑に処しますよ」
「針っ――」
「返事は」
「はいっ!?」
「『?』はいりません」
「はい!!!」
何!?
何恐ろしいこと言ってるのこの人!?
針? 針が何だって!?
実際にそんなことをしたら親父や母さんに殺されかねないのでまずありえないとは思うが、この一日メイド長……本当、あれから明らかにら活き活きとした顔をしている。
ここでため息でもこぼそうもんなら何をされるか……そう思いぐっとこらえながら、俺は改めて端から掃除を再開する。
……というかミァさん、あなたさっきからそこで見てるだけなんですけど……一時間で終わらせるなら手伝っていただけません!?
なんで俺一人でやってるの!?
「……あれ、新しいメイドさんですか? 義父さんからは何も聞いていなかったのですが」
「ひっ!?」
そんな矢先に、今ものすごく聞きたくない声が後ろから聞こえてしまった。
「え、えっと……」
「ん? あれ、え……エルナさん?」
「こ、こんにちはー……ファル……」
「ご機嫌麗しゅうございます」
「えっとミァさん。事情を聞いてもいいかな……?」
ああ、最悪だ。
ある意味親父と八当たるよりもずっと……。
偶然通りかかったファルにミァさんが事の事情を説明している中、俺は胃がキリキリと痛む気がして何かをするどころではなかった。
何と言うかもう朝からずっと散々な気分ではあるが……今の俺にはどうしようもないのが本当にどうしようもない。
「なるほど……朝食のあとにそんなことがあったとは。つまり僕以外の人間は知っていたわけですね」
「はい。恐れながら」
「そうですか……」
あれ、ファル……なんかすごい残念そうな顔してる?
君そういうキャラだっけ?
もっとこう、いたわってくれるような人だと思ってたんですけど……?
予想外の態度に困惑している中、ファルがミァさんから俺に視線を変え、何やら少しばかり不審者まがいの気配を漂わせながら迫り寄って来る。
「エルナさん」
「は、はい……」
「エルナさんは今日一日……メイドさん、なんですよね」
「まあ……不本意ではあるけどそういうことに……」
「じゃ、じゃあ……」
おい、なんだよ。
なんかすっごい鼻息荒くなってきてる気がするんですけどこの一見常識人!?
ヤバイ。
このままコイツの言うセリフを聞いてはいけない気がする……!!
「その……」
今すぐ耳をふさいで何もかもをミァさんに押し付けて逃げ去ってしまいたい!!!
……が、今の俺にそんなことは許されないのだ。
ちらりとミァさんに視線を送ってみるが、笑顔で顔を横に振られてしまった。
元男の俺には嫌でもわかってしまうというのに……何を言うかまではわからずとも、これはそう……犯罪者一歩手前のオタクの顔だ。
「『にゃん♡にゃん♡』って……やってもらえないですか!」
「にゃ……?」
な、なんて……?
今なんとおっしゃいましたか?
頭が理解を拒むのと同時に、どうしようもなく背筋が凍り付いた。
そして虫唾が走った。
「日本のメイドさんはそうすると聞いたので、その……」
おい!!!!
誰だそんな間違った知識を教え込んだアッッッッフォオは!!!!
いや、一人しかいないよな!?
あのクソ親父ほんとロクなことしやがらねえ!!!
「ミァさんは日本の方ではありませんし、男性なので中々頼みづらく……」
あの!!
俺も中身男性なの忘れてませんかこの人!?
切実なのはわかるよ?
鼻息荒いけどすっごい切実な頼みなのは伝わってくるけども!!!
「だ、ダメですか……?」
「えっ? い、いやそのー……」
……ダメと言えない自分を殴り飛ばしたい。いっそ殺してしまえたらどんなに楽なことか。
しかし残念ながら今の俺には拒否権がないので従うしかないのだ。
こうしていてもただただ苦痛の時間が長引いていくばかり。
俺は唾を呑むと同時に覚悟を決めると、両手に持った箒を一旦廊下の隅に立てておき、俺のことをじっと、相変わらず荒い鼻息を立ててワクワクと見つめているファルの前に立つ。
両手を猫の手のようにやさしく握り、顔の横までもっていく。
……そして
「にゃ……」
「にゃん♡……にゃん♡」
「―――――っっ!!!!」
「…………あぁぁぁぁ……」
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!!!!!
直後、あまりの恥ずかしさにその場で突っ伏してしまった俺の顔は、先ほど……発声練習をしていた時よりもよっぽど真っ赤に燃え上がっていたことだろう。
それからしばらく、誰に何を言われることもなく心が落ち着いてくるまでそうして数分。
――顔をあげてみると、顔を赤くしたまま突っ立っているファルとミァさんの姿があった。
「……ドユコト、コレ……」
何、俺の『にゃんにゃん』に石化作用でもありましたか?
顔を見る限り、静止するほど『ひどかった』ワケではないことはうかがえる。これはそう、静止するほど『可愛かった』ほうのやつだ……冗談じゃないが。
「……っ?」
冗談じゃない……が、同時に悪くない高揚感が生まれている気がして、頭が余計に混乱しかけてしまう。
屈辱でしかない……そのはずなのに、どうしてこんな気持ちに―――。
パチパチパチパチパチ。
「!?」
……と、俺が自分の気持ちに戸惑っているところに、今度はどこからか拍手らしき音が聞こえてくる。
一旦高揚感を置いておいてきょろきょろとその主を探し首を回していると、それは階段の上……三階へ続く折り返しの所から聞こえていることが分かった。
そしてその主が分かった瞬間に、この謎の高揚感は一瞬にして羞恥心へと変換される。
「エルちゃんすごい……すごく可愛い……あぁ……はぁ……♡」
あぁ……もうやだ、死にたい。
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