Chapter2.5 〝エルナちゃんの1日メイド生活〟

2:30「エルナちゃんの1日メイド生活 1」★

 こんなことをしている場合ではない。

 素直に、本気でそう思う。

 別に今じゃなくてもいいじゃないか……いつだってできるだろう、この罰ゲームは。


「とてもよくお似合いです。お嬢様」

「やっぱりわたしの目に狂いはなかったわぁ!♪」

「ソレハドーモ、アリガトウゴザイマスー」


 状況説明をしておこう。

 今日はリョクの月52日。

 朝食を済ませた後、俺は母さんに呼ばれて屋敷の衣装部屋へと赴いた。その時すでに嫌な予感はしていたのだが、まあ何とかなると思っていたのだ。今は56日の大討伐隊へ向けた準備でそれどころではないのだから。

 ……しかしそれは完全に迂闊だった。

 母さんはミァさんに例の……俺と母さんがひっそりついて行くことを話し、それを親父に黙っている条件としてなぜかこの、俺がメイド服を着るという母さんとの勝負に負けた罰ゲームを持ってきたのだ。

 本当に、声を大にして言いたい……。


「どーしてこーなった!!!」

「そんなこと言われても―、ねーミー君?」

「はい。完全に私の好奇心ですね」

「その好奇心のせいで俺は越えてはいけない何かを踏み越えそうだよ!?」

「ご安心くださいお嬢様。お嬢様は私と違い、お心は男性でもお体は惑うことなく女性でございます。何もおかしいことなどありません」

「……ミァさんにそう言われると何も言い返せない自分が悔しい」


 女装男子に堂々と「おかしいことなどありません」と言われてしまうと流石に説得力が違いすぎる。

 母さんや親父に言われたらまず間違いなく反論していただろうに。


「……恵月、なんだそんなカッコして」

「おッ親父―――!!??」

「あらきょー君」


 噂をすればなんとやら……じゃねえ!!

 最悪だ! 最悪のタイミングできやがった!!!


「キョウスケ様、お仕事はよろしいので?」

「ん、ああ資料室に用があってな。そしたらなんだかこっから話声が聞こえてきてよ……で何やってんだお前ら」

「それがかくかくしかじかでねぇ~」


 母さんが例の計画のコトを除く……ルーイエの里であった最後の課題での約束だけを親父に話して聞かせる。

 それを聞いた親父はまるで悪魔のような笑顔を見せ、俺に歩み寄ってきた。


「なるほどなァ……母さんとの勝負に負けて、その罰ゲームってワケかぁ……」

「そ、そうだよ。俺が好きでこんな格好するわけないだろ! ……わかったらそんな顔で見るな!! すっげえ気持ち悪いぞ!?」

「気持ち悪いとは心外だなァ。お父さんは娘の美貌に見とれてただけだぞーエルナー」

「その名前で呼ぶなッッ!!!」


 一か月ぶりに親父に向かって拳を繰り出した。

 その名前を初めて名乗ってから今まで、何故だかわからないがどうしても親父にそう呼ばれるのだけは耐えられない。

 反射的に飛び出した拳はいつも通り、あっけなく親父の手の内に収まると、親父の顔がさっきよりも悪人面になったような気がして……全身に鳥肌がたった。


「おやおやいいのかぁ、メイドが主人に向かってそんなことしてぇ」

「はっ はぁ!?」

「悪いコにはお仕置きしないとなあ」

「いや親父、何言って―――ひゃっ!?」


 親父がつかんでいる拳をグイっと引き込み、空いている左手を俺の顎に当て、顔を合わせる。

 そしてその体制で……母さんとミァさんが見ているこの状況下で、まるで女を口説くかのような無駄にいい声をして……親父は俺にこう言い放った。


「エルナ。この屋敷の主として、お前は今日一日……メイドとして生活することを命じる」










「……は?」

「あ、ミァがメイド長な」

「…………はあああああああ!!!????」

「はい。承知致しました」

「いやいや承知しないで!!!!?????」

「がんばれエルちゃーん」

「頑張らない!!!!!!!」


 何!?

 一体なんなの!?

 神様は俺に何か恨みでもあるんでしょうか!?


「んじゃ、そーゆーワケだから頼んだぞミァ」

「はい。キョウスケ様」

「ちょっ! 親父どこいくのさ!!」

「言っただろー、資料室に用があるんだよ。ほいじゃ今日一日頑張れよーエルナー」

「だからその名前で呼ぶなってい――ああ!!待てよ親父ィ!!!」


 俺の悲痛の叫びもむなしく、親父は背中をむけ手を振りながら去っていく。

 大きなため息とともに引き留めるのをあきらめ、俺はミァさんへと視線を移す……と、今度は彼の俺に対する目が明らかに先ほどまでとは異なっていた。

 何と言ったらいいか……少なくとも目上の人間に対するソレではない。


「え、えっと……ミァさん? まさかとは思うけど、親父の言ってること真に受けてるんじゃ……」

「主の命令は絶対ですので。お嬢様……いえ、エルナさん・・・・・

「え……ええっとぉ……」

「あらあら、スイッチ入っちゃったみたいねぇ」


 鼻息の荒くなったミァさんがじっと俺を見つめてくる。

 じろじろと、舐めまわすように俺の全身を見渡すと、胸元辺りに視線を置いた先に――。


 ぎゅっ


「んっ」

「リボンが2ミリ、右斜めにずれております」

「え……」

「それから全体的に少しサイズが合っていないようですね、すぐに直しますのでこの後私の部屋へご一緒願います」

「ミ、ミァさん……? 1日だけだよ? 何もそこまでしなくても」

「いえ、屋敷の従者たるもの、身だしなみはしっかりしていなくては話になりません。早速行きましょう」

「あのっ ちょっ!」


 ものすっごいノリノリに見えるのは気のせいでしょうか!?


 俺の腕はミァさんのガッチリつかまれ、彼の部屋へ向かっって引っ張られていく。

 試しに振りほどこうとしてみたが、彼も華奢な見た目に反してやはり男……より強く、痛いくらいにつかみ返され全くビクともしなかった。

 ……俺の力が弱すぎるだけなのではというツッコミはしないでほしい。


「あらあら、楽しそうねー♪」


 俺がミァさんに引っ張られていく中、母さんはそんなのんきなことをつぶやきながら、俺たちの後をついて行った。



 * * * * * * * * * *



「ではおじょ……エルナさん、脱いでください」

「はえっ!?」


 ミァさんの部屋について一番に彼の口からでた言葉。

 俺は驚きとともに思わずワントーン高い変な声を出してしまったが、ミァさんは不思議そうに首をかしげて次の言葉を発する。


「脱いでいただかないと直せませんので」

「いや、まあ……そうだけどもお……ここで?」

「はい。何か問題でも?」

「いやあるだろぉ!?」


 仮にも女が男の部屋で、男の目の前で服を脱げと申すか!?

 いや別に俺はいいんだよ!?

 俺は元々男だし? 男の前で裸になるくらいどうってことはないよ?

 だけどなんかほら、あるじゃん? ねえ?


「ご安心ください。エルナさんの裸体にはこれっぽっちも、毛ほどの興味もございませんので」

「そ、そう言われるとそれはそれで結構傷つくんだけど…… ああもう!」


 わかったよ!

 脱げばいいんだろ脱げば!


 俺は意を決してコルセット部分の紐とエプロン部分と胸元のリボンに手をかけ、ぎこちない手つきでそれらを外していく。

 そうして一息ついたあと、いよいよブラウスのボタンにさしかかろうと……。


「? どうしました? 早く脱いでください」

「い、いやなんでもない……い、一応向こう向いて脱ぐ、から……」

「気にせずとも襲ったりしませんのに」


 気にせずって……無理だから!!

 興味ないって言っておきながらミァさん、あなたすっごい凝視してきてるんですもの!!!

 見られてる方はすっごい気になるのよ!? わかってるからね!? あなた思いっきり俺の胸凝視してたからね!?


 背中に刺さる視線を感じつつボタンを外していき、振り向かないようにエプロンとコルセットの上にブラウスを乗せる。そしてスカートのチャックを開き……とうとう下着姿になった俺は、なんとなく前に……胸を覆い隠すように腕を組んだ。


(なんだろ……こうしてると変に意識しちゃって逆に恥ずかしい……気がする)


 別にどうってことはない。

 そう思っていただけに、今自分が抱いている羞恥心に戸惑いを覚えざる負えなかった。

 しかし少し気になって首だけ後ろへ回してみると、ミァさんは既にさいほう針を片手に作業を開始しており、散々俺の胸に向いていた視線は手元にあるメイド服一式に集中している。

 そしてその目にもとまらぬ手さばきによって見る見るうちにメイド服に手直しが施され、見とれている間……ほんの数分の間にすべての直しを終えてしまった。


「終わりました。恐らくあっているとは思いますが着て見て下さい」

「あ……う、うん」


 気は乗らないが。

 本当だったら逃げ出してしまいたいところだが、生憎まだマシな着替え(母さんのお古)は自室まで戻らないとない。差し出されたそれを着るしかないというのが本当に悔しいところだ。


 そんな不満を心の中で垂れ流しながら、脱いだ時とは逆の順番で屈辱でしかないその衣装を再び身にまとっていく。

 できることならこのまま気を失ってしまいたい……手を動かしながらそんなことを思い始めていた時、ミァさんは懐から手帳の様なものを取り出した。


「今日のスケジュールですが、この後は発声練習にお屋敷の掃除。その後に買い出しを済ませた後、夕食の準備、片づけと皆様の入浴が済み次第私たちも入浴を済ませ、明日の準備を終えたら就寝となります」

「え、あ……え?」

「では早速発声練習から始めましょう」

「あのっ」

「私に続いてください」

「ミァさん?」


「お帰りなさいませ ご主人キョウスケ様」


「……マジッスカ」


 活き活きと、後に続けと言ってくるミァさんを前に、俺は現実とこれから待ち受けているであろう出来事への不安を募らせる。


 こうして、俺のメイドとしての長い長い一日が幕を開けたのだった。

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