2:20「オーバーリベンジ」★

「…………」


 こやつはなんじゃ!?

 ここで一体何をしておる!?

 どうやって里へ……神樹さまの中に立ち入った!?


 わしがご神木の間へたどり着いてすぐ……小僧が倒れ、刃を向けられておるのを目にした直後、神樹さまの結界が発動した。

 禍々しい気を放つ男は結界に弾かれるように後退し、小僧の命は助かったようじゃが……由々しき事態に変わりはない。

 男は結界を睨みつけたのち、すぐ後ろで立つわしへと振り向いた。


「君……これはどういうことなんだい?」

「ハッ……それはわしのセリフじゃろう。おんし、一体どのようにして、何故此処へ来た」

「君に知る必要はあるのかい?」

「これでも里の長なんでの……!」


 里の長だと告げた途端、男の目つきが変わりおった。

 男は刃を握りしめる手にぎゅっと力をこめるとともに、これまでの鋭くも空虚な表情がかすかに笑いを見せる。


「そうか……君が、いやあなたが長だったのか……通りで子供にしては貫禄があるはずだよ。失礼したね」

「フン。そんなことは慣れておるわい。わしにも時間がないんじゃ、質問に答えてもらおうかの」

「ああ、それならあなたには知る権利がある」


(何を偉そうに……!)


「我の眷属を各地の森に遣わせておいてね、迷いの霧が発生するのを待っていただけだよ。中々面白い体験をさせてもらった。が、趣味は悪いね。」

「なんじゃと……!?」


 自力で越えてきたということか!?

 あれは己の絶望を映し出し、真に強き心を持っていなければ抜け出すことは叶わないもの。それを易々と越えてきたと申すか!

 しかも最後に霧を起こしたのは小娘たちが里へ来たとき……つまり最低でも一週間はこの森で潜伏していたことになる。ああ、未然に気が付くことのできなかった己が……何も起こらんじゃろうと油断しておった己が恨めしい。


「もうひとつじゃ。里の者は……みなはどこへやりおった!!」

「知らないな」

「そんなわけなかろう!みな此処へきておったはずじゃろう!!」

「だとしても、次の質問は我の番だ」

「何!?」

(ふざけておるのか……!!)

「一回は一回だからね。あなたなら知ってるんじゃないかい?エルフ族に伝わる『秘薬』の在り処」

「―――!!!」


 秘薬じゃと!?

 こやつ、一体どこでその情報を!?


 エルフ族に代々伝わる秘薬――通称『賢者の雫』。

 万病に効くとされるその雫はとうの昔に製造法が紛失してしまい、現存しているものはひとつもないとされておる。今や一部……それも我々エルフの総本山の書物にしかその存在が語られぬ遺物。


「そんなもの、もうこの世に存在せん代物じゃ。何のために使おうとしとったか知らんが、おとなしく里から手を引かんか!」

「なんだって? そんなはずはないだろう!」

「……なんじゃと?」


 男が叫びをあげ、禍々しい光を放つ刃をわしの顔へ向ける。


「四百年前……その薬で一つの村を救ったそうじゃないか。たった四百年前の話だ、ないということはないだろう!」

「おんし……一体何を焦っておる……?」

「答えろと言っている」

「……そう言われても、ないものはないとしか言えんのじゃがの……!!」


 たしかにその話は知っておる。が、四百年前じゃ。

 それが最後の雫じゃったと記憶しておる。それ以降賢者の雫は我々エルフの民の記憶からもゆっくりと姿を消していき、今や知るものは一部の大人と里の長クラスの数名のみ。

 こやつの言い草……もしやとは思っておったがやはり……。


「おんし、人ではないな。火グマを仕向けたのもおんしの仕業か」

「そうだよ。あれは我が召喚した獣さ」

「!! 貴様―――!!」


 軽々しく、そして悪びれることもなく、男は里を燃やしていることを肯定した。

 本当に、彼の表情には悪い事をしているという意思が全く感じられない。

 わしはその言葉に強い怒りを覚え、男に一矢報いてやろうと両手に魔力を込める。

 召喚した……ということは、こやつさえ倒してしまえば火グマは元の居場所へ帰るはずじゃ。

 幸いなことに、ここには避難してきた精霊たちがおる分、いつもよりも力が強く感じられる。多少の無理をしてもなんとかなるじゃろう。


「おんしの目的のモノはないんじゃ。火グマを止める気はないかの」


 最後にダメもとで質問を投げかけてみる。

 期待はしておらん。

 こやつに悪の心がないのだから。

 己の目的のためならば、たとえ外道に堕ちようともすべてを正当化するじゃろう。そんな危険なやつを野放しにしておくわけにはいかん。


「この里には燃えてもらうと決めたんだ。残念だけど、諦めてくれないかな」

「……そうか。ならしかたないのう」


 やはり無駄。

 わかっておってもふつふつと怒りが沸き上がってきおる。

 一々感に障るこの男、わしの返事に諦めたとみて少し表情が優しく変わっておるのがまた……。

 こうなれば強行突破、もう話をしている時間なんぞない。


(こやつを打ち、一刻も早く火を鎮める!!)


「凰(おう)ノ印―――解!!!」

「――――!?」


 両手を顔の前で合わせ、男が構えている刃を白刃取りにする。

 そして同時に口に出した術式とともに魔力を開放すると、わしの小さな体に変化が現れる。

 銀色に染まっている髪が元々生まれ持った髪色へ――明るいライムグリーン色に変わり、肩までの長さだったそれは床に届こうかというところまでぐんぐん伸びていく。


「な、何を」

「何をじゃないわい。里を守るのが長の役目、堂々と燃やすと言っておいてただで済むとは思うまいな」


 わしはそう言いながら手の内にある禍々しい刃へ魔力を流し込む。すると紫色であったそれがわしの持つ部分から青白い光に包まれていき、刃物のそれであった形が棒状に変化していった。

 危険を察知した男はそれを手放して一歩後ろへ引くと、わしはなおも変化をつづける光の棒を地面へ立てるように持ちかえる。最後には変化を終えた光がだんだんと棒の先端――上の方へと集まり、綺麗な宝玉となって、その全容が姿を現す。


 波打つ海のような、美しい曲線を描く白木の棒に、その先端にはめ込まれた青白く綺麗な宝玉。

 紫色の刃は、わしの魔力の質を現した魔法の杖へと変化を遂げた。


 そして時を同じくして、男の背後――神樹さまを守る結界にも変化が現れる。


「!!! おんし、その姿は」

「――――!!??」


 その声を聞いて、わしの方を向いていた男は思わず結界の方へと振り向いた。

 結界が見せた揺らぎ。

 波打つような動きを見せたのちに、小僧が結界の中から出てきおった。それもとてつもない……溢れ出るほどの力を携えて。


「君は……ッッッ!!」




 * * * * * * * * * *




 男の顔がゆがんでいた。

 何度も立ち上がる俺に対して怒りを感じているのだろうか。それとも、一瞬でと言ったにもかかわらず未だ立たせている自分に……か?

 どちらにせよ、俺のやることは変わらないが。


 俺は魔力でできた光のローブコートをはためかせ、十メートルほど先にいる男の方へと一歩ずつ歩いていく。

 カツン。カツン。と、同じく魔力の光で造られた杖を携えて。



「小僧……」

「エィネ、無理してるところ悪いけど援護をお願い。俺がやる」

「……わかった」


 男を挟んで向こう側に立つエィネに向けて短くそれだけを伝えると、俺は男の目を見る。

 すると男は何を言っているのか分からないとばかりにぽかんとしたのちに、歪ませている表情筋を再び大きく歪ませた。


「ハッ……ははははは!! これは面白い冗談だ。君が我を叩くと!? もう先までの様な不意打ちは喰らわないよ!!! それとも何かな!? 何か秘策でもあるって言うのかい!」

「見てわかろうぜ、それくらいさ」

「っ……。」


 単純で、大げさな煽り。

 俺の冷めた返答に、男は高笑いから再び不機嫌顔になる。そして同時に両手を横で構えると、先ほどまでと同じ紫色の禍々しいオーラを放つ刃が彼の両手に一振りずつ生成された。


「いいよ。そこまで死にたいんだったら今度こそ殺してあげよう……我には負けられない理由があるんだ」


 男の理由……愛する人のために、だったっけか。

 大層なもんだ。一途なのはいい。

 ただしだからと言って、他人にこんなにも大きな迷惑をかけるだなんて、到底許せるものではない。

 負けられない……それは俺たちだって同じだ。


「里の為にも、すぐに終わらせる」

「うむ。―――やるぞ、小僧!」

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