2:21「俺TUEEEなど虚空の彼方」

 直径およそ50メートルに及ぶ円柱状の広間。

 その南側の一角に、金属音にも似た魔力のはじける音が何度も何度も、大きく響きわたる。

 男が仕掛けてくる高速の刃を光の杖で弾いては、その隙にできる詠唱の短い簡単な魔法をぶつける。簡単……と言っても、それでも上級のそれなりに強い魔法のはずなのだが。思うがままに変形するらしい男の刃は、片方で攻撃で生じた隙を防ぐようにもう片方が盾になり、思うようにダメージを与えることができない。

 エィネも合間を見て水魔法で援護射撃を行ったり、よけきれずに刃をかすめた傷を癒してくれたりしてくれているのだが、男がそれ以上の隙を見せる様子はない。


 今の俺は疑似的におじいさんの……かつての大賢者の知識を得て、本当に大魔法と言えるようなもの以外は術式の詠唱を短縮することができる。頭の中で魔法の出力イメージをはっきりと思い描き、それを簡略化した詠唱で具現化する。

 簡略化とは、例えば頭文字を組み合わせたり、術式の一部だけを切り抜いたり。その魔法独自の意味するものを崩さない範囲で一言に短縮するものだ。


「暴炎の乱華よ!」


 炎属性上級魔法【暴食:炎咎之華】

 その術式『暴食の炎よ 乱れ 乱れ 華の如く舞い踊り 全てを喰らえ』の短縮版。


 男の刃を受けている光の杖の先端から、紅く輝く炎の花弁が風にのって舞うかのようにいくつも飛び出してくる。

 やがて炎の花弁は俺と男を覆うようにドーム状を作り出し、無尽蔵に乱れ舞う花弁が男を蒸し焼きにしながら切り刻まんとする……地味ながらもかなりの殺傷能力がある魔法だが、これも男は片方の刃を己を隠すように変形させ、なかなか傷をつけることができない。しかも今ここは炎の中……現状でも軽く数百度には及ぶであろう炎のドームで、男は汗一つ書かずにけろりとしている。

 俺はこの力のおかげでそれらの影響を無効化しているが、こいつは一体……。


 しばらくして俺たちを覆う炎が散っていた時、立っている男には炎の刃による多少の切り傷とそれに伴う火傷のみ。


(このままじゃらちが明かない……せめて片手だけでも潰せないと)


 いくら戦いの知識を得たとしても、それは一時的に借り受けた記憶でしかない。

 男の機敏な動きに対して俺は半ば力でゴリ押し、なんとか実戦不足を補っている状態。それもあまり時間をかけすぎれば通用しなくなってくるだろう。

 それとは別にもっと大事な問題もあるのだが……。


「―――うぐッ!?」

「!!」

「小僧!?」


(ウワサをすれば……!!)


 心臓を貫くような鋭く激しい痛みが俺の体を襲ってきた。

 この隙を見逃すはずもない男が追い打ちをかけるように次の攻撃を仕掛けてくる。

 一瞬力が抜けた杖を上へ弾き、空いてる方手の刃が俺の懐へ―――。


「ッ!! 精霊!!!」

「―――!」


 刃が届く寸での所。

 ギリギリでなんとか反応できた俺の声で、精霊が刃を弾くバリアを生成した。

 正直こんなん反則だと俺でも思うんだけど……おじいさん曰く、精霊の主の力を使ってるんだから何でもありなんだそうだ。


 男はすぐさま刃を引っ込めるようにして後退する。

 そこへエィネの水魔法【水鉄砲】による援護が入るが、まだまだそのくらいの攻撃が当たる程消耗してはいないようだった。


(くっそ……あとどれくらい持つかな……早く決めないとまたぶっ倒れそうだ!)




 * * * * * * * * * *


 ――俺が神樹さまの結界から出てくる前。



 懐かしい感覚。その正体はあの時、樹霊の儀で垣間見えたおじいさんの記憶だった。

 遥か昔、おじいさんの旅路が今度は垣間見えるのではなく、知識として頭の中に流れこんでくる。

 

「―――がふッ!?」

「む」


 何かが出た感覚があった。俺は咄嗟にそれを抑えようと空いていた左手を口にもっていく。

 ……抑えた手を目で追ってみれば、そこには真っ赤な血で染まった俺の手のひらが。

 途端に怖くなり、俺はおじいさんと合わせていた右手も引っ込めて彼との距離をあけてしまう。一体何をしたのか、少しどころではない戸惑いを露わにした目を向けていると、想定外とばかりに汗を伝わせるおじいさんが口を開いた。


「ぬう、これはちいっとばかしアテがはずれたわい……。おぬしの魔力が拒絶反応をおこしてしもうた」

「……拒絶、ですか?」

「うむ。が、その前に」


 おじいさんがそう言うと、俺へ人差し指を向ける。

 自分ではよくわからなかったが、たった今吐き出した血を消したようだ。ホントなんでもアリだな精神世界。


「どういうことですか!! 早くしないとエィネが!」

「まーまー気持ちはわかるが落ち着かんかい。少しばかり渡せる量が減っただけじゃ、そのまま行っても勝てないことはない……が、ちと苦戦はするかもしれん」

「そ、そんな……」


 せっかく俺TUEEEできると思って少しばかり期待してたのに!!


「おぬしの魔力がちと特殊での、わしの魔力とは相性があまり良くなかったようなんじゃ。十分戦えはするじゃろうが……あまり長引かせようとすれば死にはせんがぶっ倒れるじゃろうな」

「ぶったお―――!?」


 つまるところ……里に来たときみたいなことが起きかねないと!

 なんというか、本当に自分の不運さを呪いたくなる。

 ……とかなんとか言ってたらホントに呪えたりしてな。


「ま、契約には支障は及ばんでの、無理はしすぎないように……と言ったところじゃ。ほれ、一気に渡した分整理が大変じゃろう。どこまでできるか教えるでの、すまんがもう一度手を出してもらえるかの」


 手を出してもらえるかという言葉に対して、反射的に「えっ」と拒絶的な言葉が漏れてしまう。あんなことがあった直後だからおじいさんは何も言わずに待ってくれたが、俺は少しばかり躊躇をしながら再びおじいさんと手を重ねた。



 【大賢者】精霊使役、全能力補正+150%、自然治癒能力+50%

 【炎の極意】炎属性攻撃完全無効化、干渉使役、魔力還元

 【風の極意】風属性攻撃完全無効化、干渉使役、魔力還元

 【叡智】魔法攻撃威力補正+50%

 【理のしるべ】特殊効果、属性発動率+100%

 【神域】????????

 【大罪】傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰属性を使役可能



 真っ先にこれだけの情報が浮かんできた。しかしこれでもおそらくほんの一部。

 なんかよくわからんものまでついてきているが、正直言ってこれだけでも十分な気がしてならない。それでも顔をしかめるくらいなのだから、おじいさんは一体どれだけの力を隠しているのか……。


「魔法の方は適時使って行けば問題ないじゃろう。その時その時に思い当たった術式を口に出せば大丈夫じゃ。……と、もう時間がなさそうじゃな。エィネが力を解放しようとしておるが、今の疲弊したあやつでは厳しいじゃろう。おぬしが先鋒となってやつを砕くのじゃ。頼んだぞ」





 * * * * * * * * * *




(思ってたよりも早かった……まだピンピンしてるし、このままじゃ……)


 弾かれ、魔力の粒となって消えていった杖の代わりに右手へ同じ杖を生成する。

 エィネも既に息を切らしてきており、髪の長さこそ長いままではあるが、ライムグリーンが再び生え際から銀色に染まりつつある。彼女もそう長くはもたないだろう。


 さて、どうするかと、頭を回そうとした矢先、男が次の行動にでる。

 禍々しい刃が俺の元へと一直線に飛んでくる―――そう、刃だけが。

 当然のように杖でそれを受けるが、次の瞬間に男が一体どこへいるのか……刃に気を取られていた俺は反応が遅れてしまった。


「!!! エィネ――――ッ!!!!」


 そりゃそうだ、恐らく男が真っ先に俺の方へと攻撃を仕掛けたのは、単純に『俺の方が弱い』と判断したから。もちろんそれは間違っていない……が、今の俺は神樹さまの力を得て力でごり押しできるくらいには強化されている。

 疲弊しているエィネを先に……それこそ一瞬でやってしまう方が後々やりやすくなるだろう。


 刃を弾いた俺は、彼女を助けようと走り出す。

 本当は簡単な魔法でも一発飛ばしてやれば多少の時間稼ぎになるのだが、焦った頭はそれどころではなくただただ足を動かせと命令する。

 そうこうしているうちにも男はエィネの元へ飛び行き、左手に構えた刃をしたから振り上げていく。


「エィネエエエェェーーーー!!!!」



 が。



「…………!!!??」

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