2:19「お手を拝借」
「ん……」
冷たい。
頬がその感触を受け、すぐ後に胸、胴、両腕に腰……そして足へと。
どうやら俺はうつ伏せになって寝ていたらしい。
目を開けてみれば、そこは宇宙の様な……所々に精霊たちの光が舞う黒い空間。あのご神木がそびえる広場ではなく……あの時、『樹霊の儀』を行ったその場所とそっくりな空間に寝転がっていた。
「これは……俺、生きてる……のか?」
ご神木にもたれかかった後、脱力感に襲われてから……どうなったのだろうか。
己の生死すらわからない中ひとまず立ち上がった俺は、自分の体の状況を確認しようと目を向ける。
あの男につけられた傷は跡形もなく、切り刻まれボロボロになった衣装も新品同然に元通りになっていた。
体はともかく服が戻っているのはどういた具合なのか。
「おーい! おじいさーん、いますかー!?」
物は試しだ。
俺は大きな声で、この空間の主であろうその人を呼んでみる。
これに返事があり、あのローブの老人が姿を現したのならば……ご神木にもたれかかったときに感じた脱力感にも納得がいく。
あくまで予測にすぎないが、恐らくは魔力がご神木に流れていったのだろう。
――とんとん。
「んっ!」
何者かが俺の肩を叩く。
おそらくはおじいさんだろう。
俺は自分の中の仮説が正しかったと安堵のため息を漏らし、後ろを振り向いた―――その時。
―――つんっ。
「…………」
「ふぁっふぁっふぁ。ひっかかったーっての」
俺の柔らかい頬の肉が、骨々とした老人の指によってへこまされていた。
……ガキか、このじじい。
「あの……今の状況わかってます?」
「わしがおぬしのほっぺたをつんつんしておる」
「いやそうじゃなくて……」
ああ、少しイラっと来た。
殴っていいかな?
「冗談じゃよ、全く危なっかしいったらありゃせんわ」
「じゃ、じゃあ!!」
こんなことしてるばあいじゃないでしょ!!!
そう言おうとした矢先、おじいさんは指を引っ込め、俺の正面まで回ってきてから話をつづけた。
「本当に、危なかったわい……あの時、おぬしが突っ込んでくれなければ……。わしのご神木へと触れてくれなければ、民を守り切ることができなかったじゃろう」
「? ど、どういう……」
「これを見てみなさい」
俺の疑問に答えようとしたおじいさんは、そっと腰に当てていた左手を前に出す。そして器のように手を上向きに軽くひろげて見せると、その上に円状の空間?が浮かび上がった。
おじいさんはこれを見ろと、どうやらそう言っているようなので、少し顔を近づけて不思議な円の中を覗き見てみる。
「! ……これ」
「うむ。この中に映し出されているのはわしの内部、ご神木のある広間じゃよ。わしは今おぬしの魔力と身体を介して里の者たちを匿い、表面を結界で覆っておる。あやつ程度の者には破れんはずじゃ」
「じゃ、じゃあ里の皆は!」
「問題ないぞ。みなの回復のため力が分散しておっての、おぬしを拝借しなければ結界まで間に合わなかったわい。まあ、そのための触媒にしてしもうたせいでおぬしの体だけは匿うことが出来なかったのじゃが……結界さえあれば大丈夫じゃ、勝手に申し訳ないが緊急だったんじゃ、どうか許しておくれ」
「はあ……まあ、無事ならいいですよ」
「ありがとう、感謝するわい」
ご神木をドーム状に覆う結界の中。確かに見てみると里の人たちの姿がなく、俺の体は幹にもたれかかったままになっていた。
少しわかりにくいが……要は俺の体の中にみんなをかくまっている……ということでいいのだろうか?
「……でじゃ、おぬしをここに呼んだのはほかでもない、この後が重要なんじゃ」
おじいさんの声がワントーン落ちる。
そして腰にあるもう片手を左手と同じようにして二つ目の円を作り出すと、今度はそれを見るようにとしむけてきた。
そこに映し出されていたのは、里を包囲し、燃やし尽くさんとする炎の群れ。
そしてその最先端で戦う二人と一頭の姿。
「母さんに……アルトガさん? これは……」
「二人はいま、男の命で森を燃やしておった熊と戦っておる。二人とも……とくにアルトガのやつはかなり消耗しておるが……」
「エィネは!? 一緒にいたハズじゃ……」
「エィネはこっちじゃよ」
おじいさんはそう言って左手をくいっと上げる。
見ると結界の外……はじき出されたあの男とエィネが相対していた。
「なんで……」
「おぬしが気を失う直前、消火の増援を呼ぼうとやって来たんじゃよ。状況はお主が知る通りじゃがな」
「……助けないと」
俺の喉からそんなつぶやきが吐き出される。
おじいさんはその言葉を聞くや否や何も言わずに頷く。そして両手を腰の後ろに戻し、じっと俺の目を見て言った。
「うむ。その気概やよし……じゃが、このまま戻っても返り討ちにあうのも分かっておろう」
「う……」
「安心せい、そのためにおぬしを『媒体』にしたんじゃ」
どういうことだってばよ。
思わず首をかしげる俺に、おじいさんは少し表情を緩める。
あの時、唯一動けた俺がご神木の幹に直接触れたことで、おじいさん……神樹さまは俺の魔力を半ば強制的に吸収し、里人たちはどういうわけか俺の体を依り代に匿われ、その体はおじいさんが発動した結界で守られている……わけなのだが。
「一体それとこれとどんな関係が?」
「よくぞ聞いてくれた。ま、聞かれなくても勝手に説明するがの」
「……時間無いんだから早くしてください」
「ふぁっふぁっふぁ、すまんすまん。簡潔に言うてしまうとの、わしの力をおぬしに貸し与えてやろうというわけじゃ」
「力を……?」
「うむ。わしはこれでも大昔はそれなりに名の知れた賢者じゃった。その力があれば、あんな小僧なぞ赤子同然よ」
おじいさんが自慢そうに言って見せる。
儀式のときに彼の半生を垣間見たがゆえ、疑うことは無かったが……そんなことができるなら最初からしてほしかった。
まあ、何かできなかった理由はあるんだろうけど。
触媒が云々とかいうのも、これから説明してくれるんだろうか……何にせよ時間がない、できれば手短にお願いしたいところだ。
「本当はすぐにでも貸してやりたかったがの。わしの力を一時的に貸し与えるには三つの条件が必要じゃったのじゃ」
「条件、ですか」
「うむ。一つ目はわしと親密な関係にあること、二つ目はご神木に触れていること、そして三つ目は里の危機にあることじゃ。三つ目は言わずもがなであるが、上二つがどうしてもそろわなくてのう。親密と言うてもおぬしはまだ契約をしてから日が浅い……たとえ『視た者』とはいえ、それだけではどうしても足りんかった。そのためにおぬしの体へとみなを寄せたのじゃ。里の者たちとなら十分に親密であると言えるであろう? その部分だけは、肩代わりしてもらう必要があったんじゃよ」
そこまで言い終わると、今度は俺の前に手の平をみせるようにして差し出してくる。
「親密度とはすなわち共に過ごした時間。里の者たちは何百年……多いものでは何千年もわしと共に過ごしてきた。みなの力が合わされば、わしの力も十分に扱うことができよう。――――エルナよ、手を」
「あ……はい」
おじいさんが差し出してきた手に重ねるようにして、俺も自分の手を持っていく。
不思議な感覚だった。
力が溢れるというよりは、懐かしいものを思い出すような……どこか暖かくて、落ち着いて……時に冷たく、悲しい……それでも最後は全てを優しく包み込むような。
……そうだ、この感じ。
これはあの時の―――――。
「―――がふッ!?」
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