2:15「愛する我が子を守るため」
「エルちゃんはやーい」
本当、あの子は心配性なんだから。
確かに里のみんなは見かけなかったけれど、わたしたちが焦っても仕方ないのよ。
この里に来てから一週間。
まだまだ知らないことがいっぱいあるし、わたしたちが不足の事態にできることはたかが知れているのだから。
「…って言っても、聞かないかしらねぇ」
人一倍……とまでは言わないけれど、それなりに正義感の強い子には育ってくれたと思う。
他人が……特に自分との関わりがある人に何か困ったことが起こると思ったら、居ても立っても居られない。
楽出来る時はするけれど、自分だけが楽をするのは許さない……そんな子に。
だからこそ、母親であるわたしはあの子のそばでしっかり立っていられるように振舞っていないといけないし、いざとなったら壁となり、守ってあげないといけない。
でないとあの子は、簡単に壊れてしまうから。
「いかなきゃ」
わたしは背後に微風を纏わせながら、エルちゃんに追いつこうと、先程よりも歩幅を大きくして足を踏み出す。
そしてもう片方の足を同じように踏み出し、バランスを崩さないように壁についていた手を前後に動かした―――その時。
ガシッ!!!
「っ!?」
不意に後ろの手が何者かにつかまれる感覚に襲われた。
振り返ってみると、そこには深刻そうな表情でわたしの手をつかんでいる
「小娘だけか……まあ、今はそれどころではない。ちょっとよいか!?」
「な……なぁに? エルちゃんなら先に奥にいっちゃったわよー?」
「そうか! ……ならよい」
えいちゃんがそう言いながら胸をなでおろすようにすると、彼女はそのまま真剣な顔に戻って手をつかむ力を強くする。
「小娘……いや、メロディアよ。避難しろと言うたが撤回じゃ、おんしにやってもらいたいことがある。ついてくとくれ」
「え? で、でもわたし……」
「小僧が心配なのはわかるが先に行ったなら大丈夫じゃ。里の者もみな既に向かっておるし神樹さまが守ってくれる。……それにの」
「……なぁに?」
えいちゃんが微かにどこか恥じらうような、何か口を動かすのとためらうような表情を見せる。
でもすぐにその表情は消えて、今度は不安の中にも自信のこもった、頼もしい人の顔になってわたしに言った。
「小僧は……やつはもうおんしが思っておるほどヤワなやつではないぞ。子の成長は親が思っておるよりよっぽど早いものじゃ……大丈夫じゃよ、一人でも」
「えいちゃん……?」
「話を戻すぞ。このままでは里が燃えると先に言ったな、火の回りが異様に早いのじゃ。わしらだけでは間に合わないがゆえ、おんしにも消火を手伝ってもらいたい。よいか!?」
えいちゃんの言葉に、わたしは少しだけ顔をうつむかせる。
大丈夫と言われても、やっぱり一人にするのは心配だから……以前あったことを考えるとなおさらに。
あの時……誘拐事件の最中にエルちゃんを置いて倒れてしまった時。
本当は意識があった。
ただ意識があるだけで、身体は少しも動かせなかったけれど。
今思うと、お薬かなにかで魔力の消費を制限されていたんじゃないかと思う。急に体の自由が利かなくなって、魔力が尽きたのだと身体が錯覚するような……たぶん、そんな感じじゃないかしら。
扉の隙間からかすかに見える光景と、怯えを隠せないでいたエルちゃんの声をただ聞いているのは胸が張り裂けそうな思いだった。
わたしが動ければ、エルちゃんを守ってあげられていれば。
事件の記憶が消えてしまったエルちゃんの明るい顔を見て、何度泣き崩れてしまいそうになったのかは数えきれない。
あの時は側にいながら何もできなかったから。だからこそ、もう絶対にあんなことにはならないように側にいて守ってあげたい。
例えそれが過保護になってしまうとしても、あの子のためにならないとしても……死んでしまうよりはずっといいと信じてるから。
(でも……)
今あの子の側に行けば、ルーイエの里が燃えてなくなる。
えいちゃんはああ言ったけれど、エルちゃんのあの顔を見た後だとどうしてもいやな予感が拭えない。
本当は今すぐ追いついて、あの子の心の支えになってあげたい。
でもそうしたら、お世話になっている里の人々の住むところがなくなってしまう。
そうなってしまったら、きっとわたしだけでなくエルちゃんも後悔すると思う。
「…………」
選択肢はない。
それでもやっぱり、他の何よりも……。
「……わかったわ。急ぎましょう!」
どんなことになっても、側にいてあげたい。
でもそれで非難を浴びるのはわたしだけにとどまらない。
その行動がエルちゃんを悲しませることになるのなら……。
わたしはうつむかせた顔を上げ、えいちゃんの後をこの通路の入り口に向かって急いで行く。
エルちゃんの側にいてあげたい。
だからすぐに終わらせて、一分一秒でも早く駆けつけましょう。
里の長であるえいちゃんが大丈夫だと言ったのだから、それを信じて、まずは自分のやるべきことをやりましょう。
みんなが笑顔でいられるように。
そしてなによりも……愛する我が子が、悲しまないように。
愛する我が子を、守るために。
わたしは通路を抜け、火の色に染まりかけている空を見上げた。
* * * * * * * * * *
「秘薬は……ただの噂話だったのかな」
鮮明な意識の中、頭の上から男の声が聞こえる。
俺はさっきこいつに鳩尾に一発入れられて……それから、なんか体が動かなくなって。
ああ、意識したら痛くなってきた。
ただの突きじゃなさそうだし……魔法か何かかけられちゃったのかな。
意を決して出した答えの結果、結局は最初の予想通り……俺は芝生の上におねんねする羽目になっている。
精霊さん……できれば助けてもらいたいんだけどー……。
「いや……まだ一つ目の里だ、結論を出すには早いか。ここにはなかったと思っておこう……となれば」
倒れている俺たちに構うことなく、男は独り言をぶつぶつと続けている。
俺が気を失っていると思っているのだろうか。
他の里人だちはどうなんだ……?
くそう、母さんも気になるって言うのに……。
「この里はどうしようか。火を止めるようにあいつに命令してもいいが……もう大分まわっているだろうしな」
(……!!!)
今こいつ、何と言った!?
火を止める?
あいつ?
こいつの他にも共犯者がいるってことか!?
……いよいよ本当に危険な香りがしてきた。
「いいや、見せしめに燃えてもらおう。どうせ死人はでないんだ、あとからどうとでもなる」
なッ―――!!??
「おや?」
男が驚きという顔を俺に向けている。
無理もない。
ついさっき倒したと思っていたヤツが急に立ち上がったのだから、それは驚いて当然というものだ。
事実、俺だって驚いている。
急に体の自由が戻り、居ても立っても居られなくなった俺の体は、気がつけば再び男の前に立ちはだかっていた。
精霊たちが里の危機を感じて力をかしてくれたというのなら……正直遅すぎる。
「君、まだ動けたんだ。確かに麻痺毒を射れたはずなんだけど」
「っ……」
知るかよそんなこと。
体が勝手に動いたんだ、こればっかりは仕方がない。
俺は身体を踏ん張らせるように足を開き、芝生の上に落ちた魔導書を右手に拾う。
そしてその魔導書の真ん中より後半……おそらくその中でも強い術式が記されているであろうページを開き、男の鋭い目を見る。
こんな時こそ心を強く。
そしてついさっき、男を見せろと自分に言い聞かせたからには。
勝てる確率なんて何パーあるか知らないが……考えてても仕方がない。
非常事態に今立てるのは俺一人だ。
後悔したくなきゃ前に進め―――男に二言はない!
「里は燃やさせない! 俺がここで……お前を止める!」
「…………」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます