2:14「考え、抗い、回帰して」

「ひ……やく……?」

「そ。ここにあるって聞いたんだけど、君知らない?」


 秘薬ってなんだよ……またなんだかファンタジーっぽい単語がでてきやがった。

 よくあるエルフに伝わるなんだかってやつだろう? 定番設定こんなところで出てこなくていいって……これ、明らかに皆知らないって言って犠牲になったパターンじゃないか!


 つまり遠くない未来に俺もこの中の仲間入りをしてしまう可能性が非常に高いわけだが……果たしてどうする。

 抵抗するにしても、戦いで使える魔法はついさっき覚えたばかりの【|猛火弾(フレア・バレット)】ただ一つ。どう考えてもそんな小手先が通用するような相手には見えない。

 ここはウソでも知っていると言うべきか……?


「知って……」





 ――――――ざわッ





「―――――っっ!!!!!」


 危なかった。

 今「知っている」と言ったら間違いなくただでは済まなかっただろう。

 俺が口を開いた瞬間、男の目には明らかな殺気が宿っていた。

 その圧倒的な気迫……オーラを見て、俺の体は口を咄嗟に閉じるとともに仰け反りかけてしまった。


「おや? どうしたんだい? 知っているのかい?」

「っ――し……」

「し?」

「……知ってたら、どうするんだ」


(……――――??????)


 何言ってるの俺!?!?

 今俺は一体何を口走ってしまったの!?


 気が付けばその言葉を口にしていた。

 イヤ本当、勘弁してください!

 質問に質問で返すとか、この場に限っては絶対やっちゃいけないやつだから!!

 マジでなんで!?

 本気でわかんないんだけど!?

 この口は何でこんなアホしでかしちゃってるんですか!?


 抑えていた震えと冷や汗が、自身の思わぬ言動に対する焦りとなって漏れだしていく。


 ああそうだ、これは全部精霊のせいにしておこう。

 男の目的が知りたいから勝手に俺の口を動かしたんだ、うん、きっとそうに違いない。

 震える体をまたなんとかして抑えようと、あまり余裕のない俺の頭はそんなことを考え始める。

 広間に漂う精霊たちから「なんてやつだ」「言いがかり反対!」などと聞こえてくる気がするが、これはきっと気のせいだ。


「もちろん場所を教えてもらうさ。大事な人の病気を治すために必要なんだ」

「大事な人……?」


 思わず反応してしまったが……普通に答えてくれたことに心底驚いた。

 ここはもっと……下手したら死んでいてもおかしくない展開になると思っていたのだが。

 しかしこれはこれで、男がとった行動のせいでより一層謎が深まってしまった。

 大事な人のためにエルフの秘薬が必要ということだが……そんなことを思うヤツが今の状況を作るだろうか? もちろん男がウソをついている可能性もある……そもそもこいつは何者なんだ? どうやってここに来た? 部外者が立ち入ることなど容易ではないはずだ。

 なんにせよさっきから感じ続けてる悪い予感は全くぬぐえない。


 イチかバチか……聞いてみようか。


「あんた、どうやってここに来たんだ? ここは――」

「おっと、次は君が答える番だろう?」

「なっ……!?」

「一回は一回だよ。今のは我が先に答えたまで……で、君は秘薬の場所を知っているのかい?」


(ッ――そう来たか……!!)


 答えるべきか……しかし本当のことを言ったところでどうなるのかわからない。

 答えなかったら答えなかったでどうなるのかわからない……全く誘拐された時と言い迷いの森と言い今と言い……本当クソくらえだ!


 今までと違うことと言えば……多少なりとも考える余裕があるくらいか。

 お世辞にも順風満帆とは言えない状態だが……少しでも抗える術があるというのは大いに心の支えになるらしい。


「…………」


 俺がそうして冷や汗を流しているうちにも、目の前にたたずむ男はじっと回答を待っている。

 まだかまだかと、今にもしびれを切らしそうな鋭い視線を俺に送り続ける。

 そうして一分ほど……永遠にも感じる六十秒を経たのちに、ついに男が動きを見せた。


 男がそっと右手を動かし始めると同時に、俺は思わずぎゅっと目を瞑ってしまう。

 殴られるのか、胸倉をつかまれるのか……はたまた何か魔法でも浴びせられるのか。

 顔を逸らしながらこれから起こるであろう未来を想像する。

 ―――が。




「……?」



 何も起こらない。

 恐る恐る目を開けて男のいる方を見て見ると、彼は何事もなかったかのようにはじめの位置――ご神木の根元に腰掛けていた。

 俺が不思議――というのも変な話だが、何が起こっているのかというような戸惑いの態度を見せていると、それを見た男が口を開いた。


「答えを聞くまで我は何もしない。 いつまででも待っているよ―――例えこの里が燃えようとも……この場所は安全なんだろう?」

「ッッッ―――!!!」


 里が燃えることを知ってる!?

 避難してきた里の人から聞いたのか……まさかこいつがおこしたとでも!?


 男の言葉を聞いてからドクドクと心臓がうるさく鳴り始める。


 「知っている」のか「知らない」のか……どちらに転んでもロクな未来は想像できない。

 ウソをついて多少なりとも消火の時間を稼ぐか、本当のことを言って倒れている里人たちの仲間入りをするか……。


(なんだよその選択肢……―――いや、でも……)


 男はいつまでも待つと言った。

 あの殺気のこもった目を見る限りとても信用できそうにはないが……消火の時間を稼ぐだけなら答えなくてもいいのでは?

 男の言葉からしてエィネたちが外にいることは知らないのだろう。

 だったらわざわざ言われるがままにする必要もない。

 かといってどうするかといえば……どうするか。

 俺は魔導書を握る右手の力を強め、古ぼけた赤い表紙に目を向ける。


(この魔導書……適当に持ってきたけど汚れててタイトルすら見えない。なんかすごい物だったりしないかな……)


 すごい魔法だったら……まあ、仮にそうだとしても俺のレベルじゃ速読は無理だろうし、そもそも敵さんが読書を待ってくれるとはさすがに思えない。

 抵抗は頭から捨てた方がいいのだろうか。

 このままじっとしていて、エィネたちが来るのを待っていようか……?

 それまで俺はこの状況に耐えられるのか?


(……そういえば母さんは!?)


 もう俺がここに来てからだいぶ時間が経っているように思う。

 それなのに後ろの通路から母さんが出てくる気配は一ミリたりともない。

 ……心配だ。

 母さんのことだから何とかしそうな気はするが、状況が状況だけに心配せずにはいられない。


(一度引き返さないと……じっとしてるわけにもいかなくなったな……覚悟を決めるしかない……か)


 顔が引きつり、汗の量が増える。

 どちらにしろこのままじゃ俺の精神がいつまでもつかわからない。


(さっきはごめんよ精霊さん……なんでも言うこと聞くから今は力をかしてくれ!!)


 だったら覚悟を決めて、精一杯抗わせてもらおうじゃないか……できるだけ精霊たちの力を借りて。

 「なんでもするって言った!」「やったー」「ヒッヒッヒ」そんな精霊たちの会話が聞こえてくる……気がする。

 何となくそんな気がするだけなのだが……まあ、どっちも覚悟しようじゃないか。

 いいさ、やってやる。

 拳でも蹴りでも刃物でも……魔法でもなんでもかかってきやがれ!

 どうせ気になることも他にあるんだ。

 じっとしてても仕方がないだろ……男を見せろ、俺!!


「知らない! ……秘薬なんて言葉を聞いたのも今が初めてだ」

「そうか」


 俺の決死の叫びにただ一言、冷たく返事をした男が再び立ち上がる。

 男はそのまま黙って俺の目の前まで近づいてくると、俺が瞬きをしたその瞬間―――。


「ヴッ―――!!」


 紫色の魔力を帯びた人差し指が、俺の鳩尾に向かって勢いよく飛びこんできた。

 そしてその直後に急激な痺れが全身に襲いかかってくる。

 鳩尾を中心にものすごい速さで麻痺が回り、あっという間に体の力が抜けていく。


 右手に持っていた魔導書を手放すと同時に膝をつくと、俺は長い髪をこの広間になびかせながら……崩れるようにして倒れこんだ。

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