2:6 「樹霊の儀 1」
「し、死ぬって!?」
「さすがにそこまで言われると躊躇しちゃうのだけれどぉー……」
母さんはともかく……ともかくって言うのも変な話だが、俺は散々そんな目に会ってるんだからいい加減勘弁してもらいたいんですけど!?
冗談じゃない。
その意を俺は顔を険しくして、母さんは少し遠慮気味にして表した。
「あーすまんすまん、説明不足じゃな。もしかしたら、万が一……わしが何かヘマをしでかしたらの話じゃ。ま、ここ500年で失敗したことなぞ一回もないがの」
「なぁーんだー、それなら安心ね♪」
母さん!? それでいいのか!?
「……て、500年!?」
「ほーれ何しておる、行くぞー」
「え!? あっちょ、ちょっと待ってって!」
そうこうしているうちにも、俺のことなどお構いなしといわんばかりに母さんとエィネは小さな穴の中に入っていく。確かに時間がないのはわからなくもないけどもそこまで急かすか……しかしここでじっとしているわけにもいかない。俺も仕方なしとため息をこぼしながら、穴の中へと足を踏み入れた。
穴の中は入口よりは広かったがそれでも高さがおよそ1メートルあるかどうか、横幅も人ひとりがギリギリ入れるかどうかという狭さ……長居していたら閉所恐怖症にでもなりそうな、そんな通路が見た限りでも数十メートル続いていた。
そして狭いが故に進行が遅く、その数十メートルが果てしなく遠く感じる。あと母さんのなっがい髪をうっかり踏みそうになって困る。
「ちっと息苦しいかもしれんが我慢せい。これも一つの防衛手段なのでな」
「防衛……?」
「つけばわかるわい」
俺のつぶやきに一言そう答えると、エィネは速度を上げていち早く通路を抜けていった。
それからしばらくして俺と母さんも通路を抜け広間のような場所に出るが、ずっと屈みながら進んでいたせいか二人そろってしりもちをついてしまう。
「ぷっはぁー意外ときっつ…………!!!」
「すごーい……きれぇーねぇー……」
しりもちをついたついでに上を見上げると、そこには外の比ではない量の蛍火たち。それも一つ一つの輝きがとてもまぶしい程輝いて……しかし目を細めるどころか思わず見開いてしまうような――神秘的な光の空間。
その中心には一本のクスノキのような木がぽつんと生えている。
空間は縦に長く伸びていることから、恐らくはあの大きな樹の中ということになるのだろうか。
上の方は微かに木漏れ日の様なものも見受けられるし、間違いないと思うのだが。
「この樹は精霊の樹と呼ばれておってな。我々エルフの民を見守り、精霊の加護を与えて下さるありがたい御神木じゃ。みなは
「……神樹さま……」
「うむ。里を守る迷いの森の霧も神樹さまのご加護の一つじゃ。わしらの魔法も、神樹さまが与えてくださる精霊の加護なしには語れん」
エィネはそう言うと、この広間の中心に生えている御神木の元へ行き、その幹に片手を添える。するとエィネの体が淡い光に包まれ、彼女の周りに続々と蛍火が集まってきた。
しばらくその状態が続くと、蛍火たちがエィネに吸収されると同時に光が消える。
そこまでが終わってからエィネは再び俺たちへ振り向き、口を開いた。
「おんしらには今から、今のわしと同じようにこの木に触れてもらう。神樹さまと契約を交わし、精霊の加護を賜るんじゃ。エルフの魔法は人間やほかの種族が使う魔法とはそもそもにして原理が違うでの」
「契約……?」
「うむ。さっきも言うたがわしらエルフは精霊の加護を受け、その力を借りる。魔法とて例外ではないでの―――他の種族の者が使う魔法とは、己のうちにある精神力と潜在的な魔力に依存する。おんしらが今使えるのはこっちじゃな。対するエルフの魔法とは、場に存在する精霊たちから力を貸し受け、これを己の魔力と『術式』を用いて変換するんじゃ」
「ふーむ……」
「つまりー、その精霊さんの力を借りるかどうかってことかしらー?」
「ま、単的に言ってしまえばその通りじゃな。他にも大きく違うのが、エルフの魔法は回数上限が存在しないということじゃ」
「……と、いいますと?」
「他の種族はすべて自己完結が故、精神力を使い切ってしまえば昨日までのおんしのようにぶっ倒れてしまう。しかしエルフは常に精霊たちから力を補給しながら扱うことができるんじゃ。つまりは永久機関たりうると言うこと……最も、精霊がいない場所ではどうしようもないがの」
「へー……って、それめちゃくちゃ強くね?」
精霊がいない場所というのがどういう場所なのかよくわからないが、逆に言えば精霊がいれば絶対にMP切れを起こさない。強い魔法も打ち放題ってことだろ? それってぶっ壊れなんじゃ……!?
「うむ。それもエルフが今日まで生き残ることができている理由の一つ。ま、一歩里の外に出れば精霊の加護はどうしても薄まってしまうでの。王都なんかじゃエルフを見かけんじゃろ? あそこは精霊の数が少ないが故、皆行きたがらないのじゃよ」
「な、なるほど……ってちょっと待て!? それじゃ意味ないじゃん!?」
「ぬ? なんじゃ?」
「親父から聞いてないの!? 俺らは帰ったら王都へドラゴン退治に駆り出されるかもしれないって!!」
そうだ。
もちろん大討伐隊の件以外でも自衛のために覚えておいて悪いことではない。
しかしエィネの言葉を鵜呑みにするのなら、ここでしたことは件では全然役に立たないかもしれないってことだろう!?
これよりも優先すべきことがあるんじゃないのか!?
「なんじゃそんなことか。もちろん聞いとるぞ、おんしらがこの世界に来た経緯もな。『小僧』」
「なっ!! ……だったら!」
「安心せい、無駄にはならん。王都は精霊が少ないと言っても、それはこの里に比べればの話じゃ。おんしら二人分だったら十分足りるわい。最も、それも長期戦に耐えられるほどではないがの……神樹さまのもとで育ったら、よほどのことがない限り外へ出ようとは思わんよ。それほどにここは安全なんじゃ」
「な、ならいいけど……」
「じゃあ、あの木にさわればいいのねー?」
「ぬ。うむ、最初は小娘、おんしから行くか」
「はーい♪」
母さんが元気そうに手を上げて返事をすると、そのままるんるんと木のもとへ行き、幹にその両手を添える。
「そうしたら、木に向かって魔力を流し込むんじゃ」
「はーい……こうかしら?」
「小僧、ちっと下がっておった方がよいぞ」
「あ、はあ……へ!?」
エィネが俺にそうささやきかけると同時に、母さんからエィネの比ではないほどのまばゆい光が放たれた。その光に吸い寄せられるかのように、四方八方から蛍火が母さんの元へとやってきては、彼女の周りをぐるぐると舞う。
そして――。
「は?……あれって、どういう……!?」
俺はその光景から一時たりとも目を離すことができなかった。
母さんを包む光が大きく広がり続けていると思ったら、まるで生きているかのように、その髪の毛がものすごい速度で伸び続けているのだ。
元々膝に届こうかというほどの長い髪をしていた母さんの髪が、さらに長く、床についてもなお―――この直径50メートルはあろうかという空間を飲みつくさんとばかりに伸び続けていく。
この光景は神秘的であり、しかしそれ以上に――無気味と言わざる負えなかった。
「な! なにこれ!? エィネ!!??」
「この『
「それとこれと何の関係があるってんだよぉ!?」
「……ぬ? 言うとらんかったかの? エルフの髪は精霊の受容体になっておっての、髪の長さがその者の魔力……潜在能力と直結しておるんじゃよ。最も、髪の長さは生まれてから変わることは無いが故、昔……わしが長を継ぐ前はそれを発端としたいじめが起こったりもして大変じゃったがの」
「言ってないです!! 超初耳です!!!」
なんてこった……!
つまりは俺……髪切れないじゃん……!!??
この鬱陶しい髪の毛を一生ぶら下げて生きないといけないの!?
散々髪切りたいって思ってたのに、ここにきてその願望を打ち砕かれるとは……。
そりゃあ禿げるよりはずっといいよ? いいけどさ……。
「あんまりだろぉ……」
あまりのショックに母さんの伸び続ける髪の毛などもう視界には入らない。
それ以上にどうしようもない、絶望にも似た感情が俺に襲い掛かってきたのだった……。
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