2:5 「エルフの里 ルーイエ」
青い空 白い雲
草木の奏でる自然の唄に美味しい空気。
木造のテラスに出て目いっぱいの伸びをしながらそれらを堪能する。
「あー……なんか落ち着くなぁ……安心するっていうか、懐かしい? まるで故郷に帰ってきたような……すっごい不思議な感じ」
ビルに囲まれ、電子機器に囲まれ、情報に囲まれ――そんな中で育ってきたはずなのに。本当に幼いころからずーっとこの森の中で生きてきたような……そんな気持ちにさせられる。
エルフの血がそうさせるのか、人がこういうものなのかは分からないけれど、悪い気は全然しなかった。
「……ここが里の何処かもわかんないのになぁ」
起きたらそこにテラスがあった。
寝っぱなしだったから気分転換にと思って出てみたものの、これからどうすればいいんだろう?
里の長の……エィネだっけ? 彼女が来るのを待ってればいいんだろうか。
「ふむ。すっかり元気になったようじゃの」
「おわぁ!?」
噂をすれば何とやら。
振り向けばそこにはちっこい銀髪があった。
……一応個室だったよね? ノックくらいして!?
「お、おかげさまで……いつからそこに?」
「さっきじゃよ。様子を見に来たらテラスにおんしが見えたでの。肩の脱臼も腕と頬の傷も、ちゃんと治っておるようで安心したわい」
「え、あっ……そう言われてみれば」
右肩をぐるぐると回してみても全然痛くない。
小刀が刺さった腕もきれいさっぱり、白く綺麗な肌に戻っており頬も同様……それはもう、何もなかったかのように元通りになっていた。
思えば誘拐事件の後。
あの時は記憶を失っていたので気が付かなかったが、ヒゲオヤジに付けられた傷も馬車で目が覚めた時にはきれいに治っていたのだ。
「なんで……?」
「エルフの体は正直言って貧弱じゃ。じゃがその代わりにできることもある。治癒能力の高さもその一つでな、本来はその程度一日かからず完治するんじゃが、おんしは昨日目が覚めるまで、生命を維持するので精一杯じゃったんじゃ。体力が戻ればその通りじゃよ」
「へ……へぇ……なるほど」
傷の治りが早いのはまあ助かると言えば助かる。
とはいえ、そのせいで乱暴な扱いをされたらたまったもんじゃないんだけど……大丈夫かな。
腕の傷跡を眺めながらそんな不安を頭によぎらせる。
できればお手柔らかに願いたいところだ……容赦しないって言ってたけど。
「ほれ、なにしておる! 起きたんならすぐに着替えんさい!! すぐに取り掛かるからの!!」
「へ!? え、あ! はっはい! ……てこれは?」
声を上げるエィネが俺に押し付けててきたもの。
その折り重なった緑と白の布をされるがままに受け取りながらも問いかけてみる。
「それはこのルーイエの里の民族衣装じゃ。そいつに着替えたら外の広場まで来るんじゃぞ。よいな?」
「あー、はぁ……」
「よいな!?」
「はっ はい!!!!」
俺の慌てた返事に対し、エィネはぶつぶつと不満そうにしながら今俺のいる部屋?を後にする。
なんだか「これだから最近の若いのは」とか言ってたような気がするが、その見た目で言われても説得力ゼロだ。
「はぁ……とりあえず着替えよ」
* * * * * * * * * *
白を基調にして袖にパフとフレアのかかった服、濃い緑色をした襟とスカートに赤いスカーフ。
いかにも森に住んでそうな感じの衣装だ。
今までとは少し違う感じがして新鮮ではあるんだけど……正直田舎臭い。
そんな恰好でも、この体のせいか鏡を見てみると違和感がないのがまたなんとも言えない。
「よし……行くか」
意識を切り替えようと、俺は両の頬をひと叩きしてドアノブに手をかけた。
開けるとすぐ目の前には里の広場らしき場所が広がっており、それを囲むように配置された緑色の屋根の数々が出迎えてくれる。
そしてそれらをすべてを見守り、育んでいるかのような―――大きな樹。
神秘的―――まさにその一言に尽きる。
テラスから見た森の風景もいいものだったが、それとは完全に別格……神聖とさえも思えるその光景に、俺はしばらく見とれてしまっていた。
この世界に来て初めて「
「…………すっげぇ……」
「――――ぃ!」
「……?」
「―――おい!!!」
(ン……誰かの声?)
「おい! こっちじゃ! はよせんか!!」
「エルちゃーん、はやくー」
「……! あっ!」
声は眼下に広がる広場……その中心から聞こえてきていた。
エィネと母さんが俺の方を向いて手を振っている。
「ご、ごめん! 今行く!!!」
景色に見とれるあまり、エィネに言われたことをすっかり忘れてしまっていた。
俺は慌てて医務室と書かれた部屋の渡り廊下を駆け抜け、彼女たちの待つ広場へと向かう。
それほどに素晴らしい景色だったんだ、どうか許して頂きたいものなのである。
「まったく。里が美しいのは認めるがそこまでかの」
「綺麗よねぇー、わたしも最初はみとれちゃったのよー」
「ぬ? そうじゃったかの。ま、いいわい。早速じゃがおんしらには――」
「あーちょっと、その前にいい?」
「……なんじゃ」
不満を満面に押し出してくるエィネを前に、俺はスカートのポケットにしまったブツを取り出そうとする。
屋敷を出る前……今から数えて六日前に親父に渡された親書だ。
「ん? なんじゃ、もしかしてキョウスケからか?」
「えっ ああうん……そう」
「ふむ」
エィネは俺の手から親書を取り上げると、早速封を切ってみせた。
中に入っていたのは二つ折りのカード。エィネが何か認証をするかのように開いたカードの上へ手をかざすと、そのカードの中心から青白い光の柱が立ち、ひとりでにふわふわと浮き始める。
「それは……?」
「む? なんじゃ、見るのは初めてか? これは魔導書簡。一言で言えば音の手紙じゃな」
「あら! 見て見てエルちゃん! 光の中からきょー君がでてきたわぁー」
「ほえー……ホントだ」
カードから出ている光の柱が徐々に薄れていくと共に、それが人型――親父を象ったものに姿を変える。
するとその光の親父はまるで普通に話し始めるかのように身振り手振りをしながら口を開き始めた。
『ゴホン……。えーっと、まずは二人を受け入れてくれたこと、感謝する。……でーだな、今長のお前に頼むのも何なんだが、二人の――――』
「……!!!」
ぱたんっ!
「えっ?」
「あらあら?」
二人の――。
その先を聞く前に、エィネが慌ててカードを閉じてしまった。
エィネは俯いたまましばらくブツブツと何かをつぶやいており、先が気になるのもそうだが彼女が急に見せた焦りの方が気になってしまう。
「全く、そういうことは今言うことじゃ無かろうに……あんぽんたんめ」
「ど、どうかした? 一体何が……」
「だいじょーぶぅ?」
「だッ! 大丈夫じゃ、問題ない! ……それよりも今はとっとと始めるぞ! ついてまいれ」
「「――――?」」
俺は母さんを顔を合わせ、不思議に思いながらもエィネの後をついて行く。
蛍の様な淡い光が散見されるエルフの里ルーイエ。
エィネが向かっているのは、その中でもひときわ神秘的な、そして神聖な存在感を放ち続けている大きな樹。
大樹に近づいていくほどに蛍火も多くみられるようになり、まるで俺たちを歓迎してくれているような、そんな気がする。
エィネはその大樹の根元―――何やら根と根の間に開いている小さな、人ひとり入れるかも怪しい穴の前で立ち止まり、俺たちの方を振り向いた。
「よいか。おんしたちにはまず、我々エルフ族の魔力の使い方というものを覚えてもらう。そのためにこの穴の先へと行くことになるのじゃが―――」
「……じゃが?」
「もしかしたら死ぬかもしれんでの。気を引き締めていくことじゃ」
「「…………えっ?」」
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