2:7 「樹霊の儀 2」
広間一面が眩い光の波にのまれて間もなく、その上で浮遊する蛍たちは収束するように光の中……母さんの髪の波へと吸い込まれていく。
「はぁ……」
「何を落ちこどるか知らんがほれ、もうすぐおんしの番じゃぞ」
「うん……はぁ……」
母さんの潜在能力がすごいのは分かりきっていたことだからまあいいとして、俺も同じようになったりするのだろうか。
母さん程ではないにしても、そう考えるだけで気が引けるというものである。
……なにせ俺の魔力値も振り切れていたのだ、不安しかないだろう。
「……そういえば、エィネがさっきやった時は何もなかったな。髪も短いし……」
「そりゃわしは大昔に契約を済ましておるからの。先のはちょいと神樹さまに挨拶をしたにすぎん。髪が短いのは生まれつきじゃ。言ったろう? 長さが変わることはないとな。大変じゃったぞ? ま、この通り今は長なんぞ努めておるが……なんなら本気を見せてやろうか?」
「結構です……てかさ、そのナリしていくつなの……?」
「……なんじゃおんし、喧嘩売っとるのか?」
「なっなんでもないです!!」
……やっぱり年聞くのはだめなんだ。
でも気になるじゃん?
見た目完全に小学生だしさ!?
「心配せんでも想像つくじゃろう。わしが長を継いだのが500年前じゃぞ? ほれ、もっと敬わんかい」
「ご、ごめんって……おっ?」
そうこうしているうちに、視界の多くをふさいでいた髪の波がふっと消え、元の神秘的な広場が姿を露わにした。
御神木の周りを覆っていた光のバリアのようなものが解かれると同時に、そこにいる母さんも目を開ける。
母さんの雰囲気が少し変わったのが遠めでも分かった。
その母さんは両手を幹から話すと御神木に一礼をし、俺たちの元へと駆けてくる。
「終わったようじゃの。どうじゃった?」
「そーねぇ、なんだか力がみなぎって来る感じがするわぁー♪」
いや、前言撤回。いつもの母さんだ。
「そうかそうか。無事に終わったようでなによりじゃ。」
「エルちゃんも早くいってらっしゃーい」
「う、うん……」
気が乗らない。
でもまあ致し方なしだ。
俺は深呼吸のあとに頬を叩き、意識を切り替えた。
重い足をどうにか持ち上げ、 先のことはなるべく考えないように、目の前にあるものだけに意識を集中させながら広間の中心に向かって行く。
―――そして。
(えっと、幹に手をあてて……魔力を流し込む。だっけ)
エィネが母さんに言っていたことを思い出しながら、俺は右手を御神木に当て……静かに目を閉じた。
* * * * * * * * * *
「っ……あれ?」
急な違和感を感じ、思わず目を開てしまった。
するとそこは先ほどまでいた広間ではなく、まるで宇宙のような……真っ暗な中にちらちらと光の見える空間にぽつんと立っていた。
「ここは……」
『よくぞ参った。メロディア・レディレークの娘……いや、息子か』
「!! え!? 何、どこから!?」
空間の中に鳴り響く老人のような声。
俺の中身を瞬時に男だと見抜き、母さんのことも知っているようだったそのエコーがかった声は、俺の質問……というか戸惑いの声にこたえるように再び鳴り響く。
『わしは精霊の樹……神樹さまと呼ばれている者。今はおぬしの魔力を通じて話しかけておる』
「あー……そーゆー感じの……えっと」
『わかっておる。契約をしに来たのであろう……全く、親子そろって化け物じみた魔力をしおって』
「そ……そんなにですか? ―――んっ」
突如正面が明るく光り、俺は目を細める。
「……あなたは……?」
「こっちの方がやりやすかろうと思っての」
光が消えたかと思ったら、そこから何やらローブ姿の老人が姿を現した。
声からして神樹さまその人なのだろうけれども……神というよりはあやしい魔法使いという印象を受けてしまう。
「ふむ……不満か? 」
「い、いえ全然……慣れれば大丈夫です」
「む、そうか? では話を進めよう」
老人は腰に当てている手を俺の前に差し出すようにして見せる。
「さ、手を」
俺の肌と同じくらい白く、あの立派な大樹や御神木からは想像もできないような……骨ばった手。
俺は少しばかり躊躇しながらも老人の手に、自分の手を重ねる。
すると俺の手からは青白い光、老人の手からは金色の光が微かに輪郭を染め上げ、そのまま互いの手から体全体に伝わっていくように……俺の体には金色の光が、老人の体には青白い光が覆った。
「わ!? へっ!? な、何ですかコレ!!??」
「焦るでない焦るでない。こうして互いの魔力を通わせ、契約の契りとするのじゃ」
「いや……なんかムズムズして……ん……―――んん!?」
「―――おぬしにも『視えた』ようじゃの」
一瞬。
ほんの瞬きする瞬間に、まるで世界を一周したような……そんな大冒険をしてきたかのような不思議な感覚に襲われた。
鬱蒼とした森の中。そこにぽつんとある小さな集落。
じめじめとした洞くつ。奥にある小さなお社。
広大な平原に澄んだ青い空。
危険な山道を登り、頂から見下ろした大きな街並み。
夜を照らす小さな焚火の炎。
他にも灼熱の砂漠や、吹雪の吹き荒れる地……果てには海底や雲の上まで。
そしてそのすべてに存在する―――ひとりの男。
なんとなくだがわかる。
これら全てが……今、目の前にいる老人が大昔に経験した――『旅の記憶』。
とても楽しくて、しかし時に悲しく、儚くもある、彼の人生の全てだった。
「……!」
(俺、泣いて……なんで……?)
本当に一瞬、頭の中をその光景が過ぎ去っていっただけなのに、気が付けば頬には涙が伝っていた。
老人は優しく微笑みながら俺の頬をぬぐい、暗い空間の天を仰ぐ。
「おぬしの母も、同じものを視て、同じように泣いてくれたよ。……久方ぶりに二人もじゃ。エィネが視て以来じゃから……もう七百年近く経つのかのう」
「ななひゃっ……!? ……じゃなくて、何なんですか今の。おじい……神樹さまの記憶ですよね、これ」
「ふぁっふぁっふぁ、どっちでも構わんよ。どうせもう名など忘れてしもうたしのう。言う通り、おぬしが視たのはわしがかつて『まだ人だったころ』にこの目で観た世界じゃよ。もういつかも分からぬ昔の話じゃ。おぬしやメロディア、エィネのように素質のある者にしか視えんがな」
「……素質、ですか?」
「うむ。おぬしたちのように『賢者の素質』を持つ者にはな、先のように、ただの樹になり果てたわしの半生を魔力を通じて垣間見ることができるのじゃ。まあ、わしも同じようにおぬしたちの魔力を通じて契約に足るものかどうかを視るのじゃがな」
「……てことはもしかしておじいさんも、俺の半生を……?」
「うむ。先にメロディアの分を視ておるが故、驚きはせんかったがの。残念じゃったの、髪の毛」
「――――っっっ!!」
見えないけどわかる。
今の俺、超顔真っ赤だ。
黒歴史を見られたとかそういう次元じゃない。
俺の前世から今に至るまで、そのすべてを見られたということだろ!?
(……超恥ずかしい……!!!)
「ふぁっふぁっふぁ。可愛らしい顔しおって」
「かっ……可愛いって言うのやめてもらえません!?」
「ふぁっふぁっふぁ。ああ、あと念を押しておくがの、おぬしが思っておるようなしがらみはルーイエには無いでの、安心して鍛錬に励むと良い」
「あ……はい……ありがとうございます?」
(しがらみってあれかな……ハーフだから差別されないかっていう)
「うむ、その通りじゃよ」
「ひゃっ!?」
心読まれた……!?
「何を今更驚いておる。今おぬしはわしの中におるのじゃからの、何もかも筒抜けじゃよ」
「そ……そういわれてみれば確かに……」
「ふぁっふぁっふぁ。おかげでおぬしがどんなヤツかは十分にわかったわい。わしの眷属たちも、おぬしらには喜んで力を貸してくれるじゃろう。……さて、そろそろ時間じゃな」
「え……? あ、そっか。精霊の契約しにきたんだった」
「ふぁっふぁっふぁ。わしが今してやれるのはここまでじゃ。しかしおぬしなら、ひとつきでも十分に力をつけられるじゃろう……がんばるのじゃぞ」
「はい!」
俺がそう返事をすると、おじいさんの姿がだんだんと透き通り、手を再び腰の後ろへと収めていく。
そして俺の目を見て優しく微笑むと、おじいさんの体は光とともにこの空間の中に消え、元のエコーのかかった声だけに戻った。
『契約は成した。いずれ賢者の道を目指すことがあるならば、再びこの地を訪れるといい。……さらばじゃ、エルナ・レディレークよ―――』
おじいさんの声が鳴り響いた直後、暗い空間が白く染まった――――。
* * * * * * * * * *
「…………」
次に目を開けたときには、すでに元のご神木の前だった。
まるで夢でも見ていたかのような……でも夢ではない。
体の底からあふれてくるような力を感じ、俺はこの広間を見上げる。
「……そうか……この光一つ一つが、全部精霊なんだ」
「エルちゃーん!!」
「小僧ー!」
「―――!!」
母さんとエィネが俺の元へと駆けてくる。
そしてエィネは信じられないという様子で、母さんはなぜかすごくうれしそうな顔で俺のことをじっと見つめていた。
「信じられん……一体どうしたんじゃおんし!?」
「わー、なんだか『お揃い』になった気分だわぁ-♪」
「へ……? 何、どゆこと??」
説明を求む!!
一体どうしたって言われたって俺だってわかんないよ!
何!? 何があったの!?
……お揃いって本当に何!?
「おんし、髪が……小娘と同じくらいの長さ……膝上まで髪が伸びておるぞ!?」
「…………ハァ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます