1:7.5 「お母さんといっしょ お風呂編 2」
「あー……染みるー……染みわたるー……」
「あらあらエルちゃん、なんだかはしたないわよぉー」
誰のせいだと思ってる!?
そんな苦言を呈したいところではあるが、ようやく湯船に浸かることができたのだ。ゆっくりと身体を休ませていただきたいところである。
……でもまあ、確かに今のセリフは少しおっさん臭かったかもしれない。
母さんを横目に見ながらほんの少しばかり反省していると、ふとあることを思い立った。
俺は早速鼻下までうずめた顔を湯船から出し、母さんの方を向いて口を開く。
「ねえ」
「んー? なあにー」
「母さんは何て書いたの? 〝あの無人島がなんたらとかいうアンケート〟」
親父の言う通りなら、その回答にチートなステータスの秘密がある。
果たしてどんな答えが返って来るのか、気になって当然だろう?
「うーん、なんだったかしらねぇー」
「―――」
「うーーん?」
「…………」
「……あー! あれねぇー」
「うん、たぶんそれ」
「えーっとー、わすれちゃったわぁー」
はい、そうですか……。
途中から怪しかったけど……うん、残念でならない。
あえて隠している可能性もあるかもしれないが……母親とはいえ女性だ。あまりその辺の詮索をするのはやめておいた方がいいだろう。
「エルちゃんは何て書いたのー?」
「ふえっ?」
ため息と共に再び湯に顔をうずめようとする俺に対して、今度は同じ質問を母さんがしてくる。
まあ、そりゃあ俺から一方的に聞いといてそれで終わりって言うのもないわな?
……しかし答えようと口を開いたところで、昨日親父に笑われたことが頭をよぎった。流石に母さんが同じことをするとは思えないが、微妙に不安になるのはなぜだろう。
結構自信あったのにな……結果はこのザマではあるけども。
「……自分」
「……あらあらまぁ……」
「なんだよその反応!?」
母さんが俺に向けるのは、例えるならものすごく可哀そうな人を見る目だ。
何、そんなにいけなかったこの回答!?
「だってエルちゃん。自分だけ置いてっちゃうってことはー、エルちゃんの好きなゲームもご本もぜーんぶ無くなっちゃうってことなのよー?」
「……」
「…………え」
「………………っっっ!!????」
うっわなんだろう。この回答に自信満々だった自分を刺したい!
そりゃそうだ!? なに、バカ? バカなの俺!?
確かに無人島になんて行きたくない! でも私物無くなったら困るの自分じゃんな!?
もしかして転生して素っ裸だったのもそのせいだったのか!?
あの回答のせいで私物を全部剥がされたと!?
あー……体から力が抜けていく……もう、自分が情けなさ過ぎてほんと、すごい……死にたい。
「うぅぅ……」
「あらあら大丈夫ー? 元気出して―」
母よ、そんな優しく頭をなでなでするのはやめておくれ……その攻撃は俺によく効く。
もちろん、ダメージ的な意味で。
「……もぅぃぃ 俺あがる……」
「あらあらー……」
とにかく色々ショックだった。
最後に関しては割と自業自得だったりするけれど……このやつあたりは元凶である親父にでもぶつけるとしよう。うん、それがいい。
俺はとぼとぼと、更衣室へと重たい足を進める。
そして用意されていた浴衣っぽい寝間着に身を包んだ後、道中に計20回弱のため息をこぼしながら自室へと戻っていく。
しかし明日からはお勉強が始まるのだ。
色々腑に落ちないところばかりではあるが、今後を考えてもそこは意識を切り替えていかねばなるまい。
枕元に放り投げてあるスマホを手に取り、既にその文字列に対して懐かしいという感覚を覚えながらホーム画面を見る。
右上に表示されているバッテリー残量は56%。
もうあと一日二日もすれば、これも使い物にならないただの箱と化すだろう。
俺は先程までの愁いを忘れようとするかのように、今はもう使わないであろうアプリたちを眺め、そんな感傷に浸っていく。
明日以降、このスマホが動かなくなってから……正直不安以外は何もない。
何せ運勢値7だからな。きっとトラブルだらけの日々が待ち受けているのだろう……ほぼ間違いなく。
しかしまあ、明日は明日の風が吹く―――なんだかんだ、どうにかなるだろうことを信じて……明日のことは明日の俺に任せようと、そっと布団に身を委ねていくのだった。
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