1:6 「ゆびきりげんまん」
「本ッッッッ当に すまなかった!!!!」
「!?!?!?」
「あらあらー?」
屋敷に帰ってきてすぐ。広間に入ったところで、親父が俺と母さんを前にそれはそれは見事な土下座をしてみせた。
あまりに急なことだったのでさすがに母さんも動揺を隠しきれなかったのか、声に疑問符がついている。
「恵月には出る時に言ったが……お前たちをこの世界に転生させるように計らったのはオレなんだ。その、本当に! 本ッッ当にすまない!!!!」
一度顔をあげて説明をしだすかと思えば、それも半ばで再び綺麗な土下座に戻る。
「ちょ! 親父落ち着けって! 確かに帰ってから謝るとか言ってたけどさあ、流石に意味わかんねえよ! ほら、何か理由とかあるんじゃないのか?」
「そうよーあなたー、さすがのわたしも困っちゃうわぁ」
「…………たんだ」
「ん?」
小さく、親父の口から震えた声で何かが聞こえた。
しかし今度はしっかりと顔をあげ、一目見ても分かる程に大きく顔をゆがめた親父が、まるで何かに縋るかのようにして続けた。
「理由なんてない……ただ、ただお前たちに会いたかった……!! ただそれだけだったんだ! 25年……オレは養子をとりこそしたものの、異世界こっちで誰かを愛することはなかった! ただ寂しかった! 例え姿かたちが違っても、お前たちに会えるならと……甘言に甘えちまったんだ!!」
「……甘言?」
親父も相当動揺しているのか、言っていることが若干わかりにくい。
しかし嘘をついているようにも思えない。
甘言に甘えた……ということはつまり、誰か親父をそそのかした奴がいるということになるのだろうか。
ナゾは本当に深まるばかり。
俺は土下座をする親父の前でしゃがみ、手を差し伸べる。
許したわけじゃない。
会いたいのはいい、当然だと思う。でもそのために俺たちは一度殺されたのだ。それに関してはとても許せるものではないだろう。……が、俺たちの知らない25年で親父にそうさせる何かがあったのだとしたら、俺たちにはそれを知る義務がある。
「……話してくれないか、親父。25年、親父に何があったのか。甘言って、いったい誰に何て言われたんだ?」
「――――――――」
「あなた……」
「ああ……そう、だな……」
意を決し、親父が言葉を紡ごうとする。
――その時。
「きっ キョウスケ様!? 何をなされていらっしゃるのですか!?」
この大広間の奥――2階に続く階段から降りてきた青髪メイドさんの声が響き渡る。
まあ、下に降りてきていきなり家主が土下座してたらそりゃあ驚くだろう。
こればっかりは親父が悪いとしか言いようがない。俺がここに来たときみたいに、私室にでも呼べばよかたのに。
「み、ミァ!? これはだな! そのー……」
「何故かは後で伺います。ファルお坊ちゃまより『魔導書簡まどうしょかん』が届いておりますので、取り急ぎご確認を」
※魔導書簡:魔法を使った手紙のようなモノ。電話のような役割を担うが、一方通行なので会話は大変。簡単に言えばメールやL●NE。
「え? あ、ああ。わかった……すぐ行く」
親父の返事を聞くと、『ミァ』と呼ばれていた青髪メイドさんは再び2階へと上っていった。
すぐ行くと言っていた親父はそのまましばらくの間沈黙を続けると、先ほどまでとはまたどこか違う……罪悪感に満ちた表情から、ほんの少しだけ開き直ったような……そんな表情を見せて立ち上がる。
「……親父?」
「すまん……話すって、決めたハズなのにな。オレにはまだ、これを話す勇気が足りないらしい」
「あなた……」
「本当に勝手ですまないが……少し時間をくれないか。時が来たら必ず話す。だから少しだけ……この世界の『キョウスケ・オミワラ』じゃない、お前たちの知る『臣稿 恭介』で居させてほしい」
もう十分知らないところばっかり見せられてるけどな―――と、言うのは無粋か。
深く頭を下げる親父の姿は本気だ。
でも、今無理に話させたらきっと親父の言う通り、あの頃の普通の家族にはもう戻れなくなってしまうのだろう。
25年。その時の流れはそうさせるのに十分たりうる時間だ。
「親父」
その時とやらがいつ来るのかは分からない。
でもきっと来る――〝親父の25年を知る〟その時までは、この思いは腹の奥底にしまっておこう。
「絶対だからな」
「―――!」
そっと、親父の前に小指を立てた右手を差し出す。
すると母さんも同じようにして真横に左手を差し出し、俺たちに微笑みかけてきた。
「音祢……恵月……ああ、約束する」
親父が無骨な小指を立てて、俺たちの華奢は手の前に差し出してくる。
そして一度三人で顔を合わせると、母さんが率先して俺と親父の小指を自身の小指で絡め、上下に振りながら言った。
「ゆーびきーりげーんまーんうーそつーいたらはーりせーんぼんのーますっ!」
そして最後は三人で、声を合わせて。
「「―――ゆーびきった!」」
* * * * * * * * * *
――その日の夜のこと。
「「いただきまーーす!」」
「いただきます!!」
「い……いただきます」
夕飯は宣言通り、親父のリクエストに基づく母さんの手料理がふるまわれることになった。
この場には俺、親父、先ほど屋敷に帰ってきたファル、母さん……そして例の青髪メイドのミァさん。この五人が屋敷の食堂に集まっている。
そしてお金持ちの屋敷特有の長テーブルに向かい合うようにして座り、食事をとっている。メイドであるミァさんが一緒なのは母さんのたっての希望だ。
がしゃがしゃがしゃがしゃがしゃ!!!
「美味しいです! さすが義父さんの奥さんだ!」
「奥様、お見事です……差し支えなければ、私にも教えていただけないでしょうか」
「あらあらありがとうー」
がつがつがつがつ!!!
ちなみに食卓に並んでいるのは
白米(多分)、サンマ(らしきもの)の塩焼き、みそ汁(具は豆腐らしきものとワカメらしきもの)、大根 (らしきもの)と水菜 (らしきもの)のサラダ。
親父が今日のために用意しておいたのか知らないが、食器までご丁寧に和食器で固められていた。
食材に関しては、本当にそのものなのかもしれないが、この世界の生態系を知らない身としては「それらしきもの」にしか見えない……とりあえず、ごめん母さん。
ずぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ!!!!
「つか親父うるせえ!!」
「んんま んま だっでよぉぉぉ!! もぐ んぐ うんめぇんだもんよぉおぉぉ! くちゃ」
「まーまーいいじゃない。美味しそうに食べてくれるのはうれしいものよぉー」
「そ……それはそうかもしれないけどさぁ」
25年ぶりの妻の手料理が本当にうれしいらしく、親父の手が止まる気配は一切ない。
あっという間に一人前を完食した親父は、自身の茶碗を母さんに差し出して元気よく「おかわり」を要求した。
「はーいはい、ちょっとまっててねぇ」
「! 奥様、流石にそれは私が――」
母さんが親父の要望に応えようと席を立つと、ここぞとばかりにミァさんが立ち上がる。
まあ、それが彼女の仕事なのだから当たり前……だがしかし、先に茶碗を取ったのは母さんだ。
そして母さんはそのままドヤ顔にも見えるような、そんな表情でミァさんを見て言った。
「いいのよぉー、慣れてるからー、ミァさんも食べてぇー」
「しかし……!」
「食べなさい♪」
「っ―――!! ……はい……」
母さんの威圧に圧され、渋々ミァさんは席に着く。
やだこの人怖い……というか、流石にメイドさんを黙らせるのはやりすぎではないでしょうか!?
ミァさんの仕事を奪い(正確には奪ったわけではないが)、母さんはニコニコと笑顔でご飯のおかわりをよそぐ。
それはもう、まるで嫁の居場所を奪う姑のように見えてしまった。
ミァさんの複雑そうな表情を見ていると、母さんはこのために彼女を呼んだのではと勘ぐってしまう……。
「はーいあなたーおまたせぇー」
「お……おう。サンキュー……」
あらやだ、母さんにメロメロの親父が若干引いちゃってるじゃないですか。
心なしか親父の箸の進みも悪くなっている気がする。
「……あ、そうだファル、例のブツはちゃんと買ってきてくれたか?」
「例のブツ……?」
ふと、気を紛らわせるかのように親父が話を切り出した。
俺が続いて疑問符を立てて前に座るファルの方を見ていると、親父の方を向こうとしていたファルが、俺の視線に気が付いたのか微笑みかけてくる。
「…………! あ、ご、ごめん」
「いえいえ、減るものではありませんから」
「イチャイチャしてねーでーどうなんだー? 買ってきてくれたか」
「いやイチャイチャはしてねえだろ!!」
どう考えても!
というか、母さんが今度はファルを見てる。
本人は気が付いていないようだが、横目にものすごいジト目を向けていらっしゃる。
それはもう、娘を嫁入りさせるのが嫌な父親の様な眼光で!
「ああ、すみません義父さん。報告が遅れました。バッチリ買ってきましたよ――『グース文字』と『エルフ文字』の教材二人分でしたよね」
「……モジ? キョーザイ? ……フタリブン?」
「おう、ご苦労さんだ。あとで一人分ミァに渡しといてくれ」
「はい!」
「承知いたしました。では後ほど私が坊ちゃんのお部屋へお伺いします」
おやおや?
この流れはもしや?
「親父……もしかしてそれ……」
「おう、お前と母さんのだ。明日っからファルとミァを特別講師として、この世界での共通言語である『グース文字』。それからエルフ族の『エルフ文字』を覚えておいてほしい。また急ですまんが、生きてく上じゃ必要だろう?」
「あー……まー……デスヨネー」
「あら、わたしもなのねぇー」
そりゃあ……初めてこの世界の字を見た時は軽く絶望しかけたけども。
なんかこう……ないっすかねぇ、ホン●クコ●ニャク的なヤツ……もしくはア●キパン……ないかぁ。
「はぁ……異世界に来てまで勉強ですかぁ……はぁ……」
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