1:4 「母さんは昔からとても天才肌でした」★
つーくん――子供のころから、母さんは俺のことをそう呼んでいた。
一時期子供っぽいからやめてくれと言ったこともあったが、このおっとりした母は「いいじゃない、つーくんかわいいものー」などと言い張って全く聞く耳を持たなかったため、今はもう諦めてそう呼ばれている……が。
可愛いとかなんとか言ってる次元の話じゃないだろ!。
「やっぱりつーくんなのねー、なんとなく雰囲気あるものー」
「ふ……雰囲気」
「つーくんオーラ感じたわぁー」
「つ、つーくんオーラ……」
「あら? つーくんどうしたのーその格好ー」
「遅い……」
このおっとりというかマイペースというか……17年一緒に過ごしてきたが、母さんのことは未だによくわからないことが多々ある。
「これはそのー……どっから言えば……」
「それがかくかくしかじかでよぉー」
「ちょ、親父!?」
異世界! 転生! 息子が娘に!
容赦のない状況説明が母さんを襲う!
一体だれがその話をいきなりされて信じられるというのか!物事には順序というものがあるだろうに!
「あらーそんなことがあったのねえ」
「そんなことがあったんだよー音祢ー」
「……え、何? 理解できたの? 信じちゃうの!?」
「んー? なんとなくー? 通りで髪が重たいはずだわぁー」
異次元脳みそかな?
普通はパニックに陥ってもおかしくないというのに……この様子だと疑う余地もなく完璧に信じているっぽいぞ。
……夫婦の絆? いずれにせよ母さんの理解力は時に常軌を逸している。
というかここまでくるとちょっと怖い。
「と言うことはー、例えばこんな事とかできたりー?」
「!? 母さん!? 何を――」
チリンチリン―――。
母さんが指指した先……カウンターに置かれたベルが優しく鳴り響いた。
「おーすごーい、綺麗な音色ねー」
「そこ!? いや……今のって……」
「こーちょいちょいってー、ベルのあたりに風を起こしてみたのよー。便利ねーこれぇー」
((て……天才だ……!!!))
どうやら母さんは転生してわずか数分足らずにして魔法の才を開花させてしまったらしい。
俺と親父が驚愕の目で母さんを見つめる中、本人は指を立ててその先に風を起こしてみたり、俺のスカートの下にそよ風を起こして揺らしたり……自由奔放に力の使い方とやらを覚えていく。
親父曰く昔から天才肌だったらしいが、いやはや末恐ろしい……。
「ふむふむ、なるほどー大体覚えたわぁー」
「お、覚えたって……」
「流石音祢、我が妻よ……――」
「あ、あの! お呼びでしょうか……!?」
俺たちが母さんの才能に目を奪われているところに、事務所の方からサラネリーアが怯えながらやってきた。
十中八九ベルを鳴らしたせいだが……それから色々なところに風を起こしては音を立てていたので、怒っているのか何かと勘違いしているのだろう。
「あーすまねえ、こっちの手違いなんだ。そんな怯えなくても大丈夫だぜ」
「は……はぁ……」
「あら! わたしのせいかしら! ごめんなさいねぇー、夢中になるとつい周りがみえなくなっちゃうのよぉー」
「い、いえ……以後気を付けていただければ……」
そう言い残し、サラネリーアは逃げるようにして事務所へ戻ろうとする。
「あーちょっと待ってくれ!」
「は、はいぃっ!!」
しかし親父が思い出したかのように彼女を止めると、母さんから一度離れて立ち上がり、カウンターの中に何かを探すようにしながら問いかけた。
「えっと、サラネ……」
「あ……さ、サラで……大丈夫です」
「おう、そうか? じゃあサラさん、ここってアレあるか? あのー、なんだっけ」
(なんだっけって、おいおい……)
名前を思い出せないモノを必死にジェスチャーでサラに伝えようとする親父。
俺なりに読み取ってみると、何やら丸い形をした筒状のもので、腕や首、太ももにムスコまで、いろいろなところに着けるようなのだが……なんだそれは。
「んー……? あ、もしかして『アプティチュードバングル』のことですか!」
「そう! それだ!!」
「「あぷてぃ……?」」
全く聞いたことのない固有名詞に、流石の母さんも俺と首をそろえて傾げてしまう。
「お前には言っただろう、適性を調べるって。そのためのアイテムだ。ゲームみたいに自分のステータスが数値化して表示されてな、それで適性を見るんだ」
「ほ、ほう?」
「便利なのねぇー」
「えっとー……大変申し上げにくいのですが……」
「「 !! 」」
あっ(察し)
サラの言い出しから出てきた決まり文句に俺たちは一瞬にして静まり、先に出てくるであろう言葉を待った。
「申し訳ございません。実は少し前にメメローナ様が最後の一つを壊してしまいまして……」
(( ですよねぇ…… ))
「ったくメロンのヤツ……まあ、無いもんは仕方ねえか。ありがとうサラさん、俺たちはこの辺で失礼させてもらうわ」
「え? あ、はい……」
「い、いいのか親父?」
「いーんだよ! ほれ行くぞ、音祢もオレから離れないようにな。 メロンによろしく言っといてくれーー」
「あ……ありがとうございましたー……」
なおも声を震わせるサラに手を振りながら背を見せ、親父はドアノブに手をかける。
俺と母さんも戸惑いながら顔を合わせ、親父の後を追う。先に母さんを通したあと、俺は扉をくぐる前にちらりとサラの顔を振り返り、怯えている彼女に対して追い打ち……いや、念を押すように言った。
「例の件、よろしくお願いしますよ?」
「ひっ!? あ、は……はぃ……」
我ながら意地悪だっただろうか?
彼女には初対面での印象がすこぶる悪い分、どうしても強く当たってしまう。
頭を下げるサラに少しばかり罪悪感に似た何かを感じながらも、俺はボロ役場を後にした。
* * * * * * * * * *
「えーっとー、王都トイレブラシ? 面白いところねー、海外旅行に来たみたいねー」
「レイグラスな……と、そろそろつくぜ」
ボロ役場を出て、ほぼ来た道を戻り数分。
母さんと共に景色を堪能しながらしばらく親父の後を歩いていくと、大通りの先にそれはそれは立派な三階建ての建物が姿を現した。
両隣の建物とは明らかに威厳が違う小さな城とでも呼べそうなその建物には、出入口の大扉のすぐ上に大きな看板が掛けられている。
そこに書かれている文字を読むことができない俺にも、その風格や出てくる人々の格好からして一体どんな場所なのかを容易に想像することができた。
「親父……ここってもしかして……」
「お、流石ゲーマーは違うな。わかるか――そう、いわゆる『冒険者ギルド』ってやつだ。ここなら確実にアレ置いてるからな、入るぞ」
ギイィィィ――……。
重々しくも胸躍らせる音に身をゆだねながら、親父に続いてギルドの中へと足を踏み入れる。
まっすぐ、ただまっすぐ。両脇にいくつも置かれている長テーブルを通り過ぎ、敷かれている赤絨毯の上をカウンターに向けて歩いていく。
親父はカウンターの前で俺と母さんにちょっと待ってろと言うと一人カウンターに向かい、何やらポケットから紙切れを取り出してスタッフのお姉さんと話をしだした。
どうやら何かの手続きをしているようなのだが、親父は時折謝るようなそぶりを見せたり、お姉さんにひっぱたかれそうになったり……しばらくそんなやり取りを後ろから見ていると、お姉さんがカウンタ―下の棚から何かを取り出したところで、親父が振り返り俺たちを呼ぶ。
「すまん、待たせたな。こいつを利き腕にはめてくれ」
親父がそう言って俺たちに渡してきたのは、黒を基調に虹色の細い線が幾重にも刻まれている腕輪。どうやらこれが、サラの言っていた『アプティチュードバングル』らしい。
ステータスを見るもの……らしいが、一体何がどうなるのか。
期待の反面、結構な不安もある。まるでテストの答案用紙が返ってくる時のような、妙な緊張感が体中を駆け巡るのを感じ取りながら、俺はバングルに手を取り、右腕にはめる。
するとバングルに刻まれた線の色が虹色から緑一色に変わり、淡い光を放ち始めた。
少し遅れて左腕にはめた母さんのバングルも緑の光を放つようになると、カウンターに立つお姉さんが一言だけ付け加えて説明をした。
「バングルの内線に刻まれております虹色の光は、診断者の種族によってその色を変えます。お二人はエルフなので緑色ですね。只今お二人の魔力の質を参照しており、その結果がバングル上部より表示されます」
「ほぉー……」
お姉さんの説明を聞きながらバングルから放たれる光をじっと見つめていると、俺より先に母さんのバングル上部から何やら窓のようなものが大きく表示される。
窓にはこの世界の文字で書かれたステータスと思しきものが書かれており、無論のこと俺にはさっぱり……なのだが。
「な……なんだこりゃ!?」
「し……信じられません……こんな……!!」
「あらあら?」
どうかしたのー? とそういいたげな母さんをよそに、親父とカウンターのお姉さんがびっくら仰天、二人とも腰が抜けそうなほど驚いている。
俺は親父に何と書いてあるのか聞いてみると、少々顔を引きつらせながら項目をひとつずつを読み上げた。
名前:No Name
種族:エルフ
性別:♀
職業:
―――――――――――
基礎レベル:1
生命力 :350
精神値 :ERROR
魔力値 :ERROR
ちから :97
素早さ :15
知力 :ERROR
運勢値 :255
物理適性値:ERROR
魔法適性値:ERROR
属性特性 :ERROR
備考 :測定不能
うん、素人目に見てもそりゃ驚くわ。
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