1:3 「エルフの寿命は1000歳くらいらしいです」

 呪いますよと、そう言ったとたんサラネリーアがあからさまに顔色を変えた。

 どうやら俺のことはまだ記憶に残っているらしい。


「え? え? でも、あなた女……へ!? そんなことって……!?」

「ええ、あるみたいですよ。おかげさまでこんな体です お 姉 さ ん」

「ひっ……!」

「ん? 恵月、お前この人のこと知ってんのか?」

「俺が転生するときに立ち会った人」

「……なるほど」


 腰を抜かしかけているサラネリーアから視線だけを親父に向け答えると、親父は少し申し訳なさそうな表情で納得の意を示した。


 俺は本気で怯えている様子のサラネリーアに手を差し出し、自身の表情から皮肉を抜き取る。

 いつまでもこうされていては仕方がないし、さっさと用を済ませる為にもことは円滑に……ここに長居するのも俺が嫌だ。

 そのための仲直りの印として、手をさし出した。

 恐る恐るサラネリーアもこれに応え、二人は手を握り合う。


「今はあの時のことは忘れる。でも許したわけじゃないですから。あとであの時教えてくれなかったこと、ちゃんと納得いくように説明してください」

「えっ い、いやでも私本当に……」

「じゃあ、ちゃんと掛け合ってください」

「あ、は……はいぃ……」


 考えただけで胃がキリキリと痛む。

 そんな苦しそうな顔をして俺の要件を呑むサラネリーア。

 責任感というものがあるのかないのか……とりあえず反応を見る限りでは、掛け合う相手が彼女にとって気難しい相手なのであろうことしかわからない。


「ま……まあ、ダメでもいいですよ。すぎたことをぐちぐち言うのも後味悪いですし、極力頑張ってもらえれば……」


 当然の権利を主張したまでなのだが、少しばかり悪いと思ってしまった俺は気休め程度に妥協の言葉を送った。

 しかし意外とこの台詞は効いたのか、サラネリーアの顔色がさっきよりも格段に良くなっていた。

 ……よくなるどころか「い、いいんですかぁ……?」と小動物が問いかけてくるかのようなつぶらな瞳で俺の手を両手で握りしめ、ウルウルさせた目をこちらに向けてくる。

 全くどんだけ怖いんだよと……。


「……話が済んだなら早速お願いしたいんだが」


 親父が困り顔になりながら言う。

 そうだ、元々母さんを迎えにきたんだったな。すっかり忘れかけていた。


「……! あ、はい! 申し訳ございません! 只今準備致しますので、数分ほど掛けてお待ちください!!」


 サラネリーアも思い出したかのように慌てて事務所の方へと駆けていく。

 俺と親父は思わず顔を合わせ苦笑いをしてしまったが、先の不安はひとまず置いておき、言われた通りにカウンターの席へと腰掛けた。



 * * * * * * * * * *




「…………親父、あれからどのくらい経った?」

「さーなぁ、ここ時計ねえからなー」


 俺の問いかけに親父があくび混じりにそう答える。

 そもそも時計がないってどういうことだよとツッコミを入れたいところだが、本当に遅い。体感ではもう2時間は経過している気がする。

 何かトラブルでもあったのではないかとすら思えてくるのだが、サラネリーアが事務所へ戻ってから物音ひとつ聞こえてくる気配もない。

 ただただ静寂……まるで修行僧にでもなったかのような、そんな気さえしてくる静けさが辺りを覆っていた。


「……ま、気長に待とうぜ。結構めんどくせえ術式使ってるって聞いてるからな、時間かかるんだろう」

「いやだからって―――」

「たっ……大変お待たせいたしました! ……はぁ……はぁ」


 待たせすぎ――そう言おうとした矢先、サラネリーアがなにやら汗だくで……しかも息を切らしながらカウンタ―に入ってきた。

 一体なにがあったというのか!?



「はぁ……も、申し訳ありません……では、お繋ぎ、しますので……そちらへ……」

「あ、はい……あの、大丈夫ですか?」


 椅子を立ち、少し後ろに下がるようにと仕向けるサラネリーア。

 しかしさすがに心配になるほど顔色が悪いので、俺は移動しながら声をかけてみる。


「アハハハハ……だ、大丈夫……一度に大量に魔力を消費しすぎただけですので、お、お気になさらず……」


 お気になさらずって……めちゃくちゃ気になりますよ!?

 魔力って使いすぎるとそんなになっちゃうんですか! 使い方知らないけど覚えておこう!

 俺はサラネリーアの真っ青な顔を冷や汗混じりに見ながらそう心に刻み込む。


 下がったところでアサラネリーアは何やら指揮棒を振るうかのように一定のリズムでその手を動かし始め、カウンターの周辺が青白い光の柱に包まれる。

 そして同時に後ろから親父が俺の肩に手を置き、俺だけに聞こえる声で語り掛けてきた。


「恵月。一応言っておくが……今から何が出てきても驚くなよ」

「……は?」


 何が出ても……?

 驚くなと言うからには何か常軌を逸したようなものが現れるのであろうが……一体何が出てくるというのだろうか。

 親父の言葉の真意は何なのか……俺はつばを飲み込み、じっと揺らめき次第にその形を顕わにしていく影に注目する。

 次第に光の柱が薄れていき、影が色をもちはじめ――――そして。


「……ふぅ。もう目を開けて大丈夫ですよ――『臣稿おみわら 音祢おとね』さん」

「――――!!」


 光の柱が消えてなくなり、先ほどまで俺たちが座っていたカウンター席に一人の女性らしき人が現れた。

 薄く明るいライムグリーンの髪は床につくほどに長く、後姿からも見て取れる長いエルフ耳。

 ……そして、サラネリーアが彼女に向けて発した固有名詞……つまりあれは――?


「母さん…………?」

「あら?」


 俺が声を発すると、それに応じて母さん……らしいエルフの女性がこちらに振り返った。

 それと同時に、サラネリーアはお辞儀をして事務所へと下がっていく。


「お……おぉぉ……!!」

「え……ええ……え? 誰!?」


 いや、多分母さんなんだろう。

 髪の色といい顔つきといい、初めて姿見で自分を見た時の面影がある。

 いや……それにしたってよ……。


「若すぎでは……?」


 俺よりはまだ年を感じる……いやでも、どう見てもよくて20代前半くらいだよこの45歳!?


「エルフの寿命は大体1000歳くらいって言われてるんだぜ。若いのも納得だろ?」

「いやでも、まずなんで母さんがエルフって……」

「昨日言ったろ。お前多分ハーフエルフだって。お前は俺の息子だぜ?……ん、今は娘か」

「! そうか、俺がこの格好だから母さんの種族がエルフだっ……て、娘じゃねえ!」

「がっはははは! まーそーいうこった。 おーーう音祢ー、我が妻よー! 久しぶりー!」


 俺がツッコむのを笑って受け流すと、親父は母さんめがけて……正確には母さんの豊満な谷間にめがけて飛び込んでいく。

 とても25年ぶりに再会(外見はめちゃくちゃ変わっているが)した妻に対する行動とは思えない。

 しかし母さんはこれをまるで子どもを抱くかのように優しく迎え入れ、泣いている子をあやすかのように優しく頭を撫でる。


「あらあらあなた、本当に久しぶりねー。よしよし」

「うおおおおおおお! 寂しい思いさせてただろおおおぉー! ごめんなああぁぁーー!!」

「…………」


 なんだろう。

 昔から夫婦仲がいいのは知っているのだが……異様な光景だ。

 中年のごついおっさんが大泣きしながら美人エルフの胸に顔を押し付けている。しかも再会を喜んでいるのか下心が見えているのかはわからないが、親父の顔は泣きながらも満面の笑みを浮かべている。

 ……おまわりさん、あいつです。

 思わずそう言いたくなる俺は果たして間違っているのでしょうか。


「いいのよー。代わりに今度お出かけしましょー、家族3人そろって……あら?」

「――――!!」


 母さんが親父の頭を撫でる手を止め、俺に顔を向ける。

 以前の俺とは外見が全くの別人なのだ、ちゃんと自己紹介しなければなるまい。

 しかし母親に自己紹介とは……なんだか変な気分というか、上手く言い表せない独特のやりにくさがある。


「あなたはー……」

「あ、あの……俺は、その……」


「うーん…………〝つーくん〟?」

「いやなんでわかるんだよ!?」


 ボロ役場のロビーに、俺の鈴の音の様な高い声が鳴り響いた。

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