1:2 「はじめての王都と再会の人」

 母さんを 王都に 迎えに 行く ?????


 何度もしつこいようだが、素で思ったことを出させてもらうぞ?


 何言ってんだこいつ。

「何言ってんだこいつ―――――あ」


 しまった。思ったことが声にも出てしまった。

 もう話について行けないどころかついて行かせる気がないとしか思えない。

 とりあえず聞きはするが、あんまり考えるのはやめた方がいいかもしれない。


「まあまあそー言うなって。オレだって悪いとは思ってる。母さんを連れてきてから、改めてその辺は謝罪させてくれ」

「…………」


 不満を目一杯表情に出しながら、親父の若干申し訳なさそうな顔をみる。

 隣でずっと窓の外を眺めているファルも、どこか苦笑いをしているように見えてしまう。

 俺がそうしてファルに目をやると、親父は何かを思い出したかのようにファルに向けて口を開いた。


「そういやファル」

「――はい、なんでしょう。義父さん」

「……昨日からこいつのことそう言ってるみたいだけどよ、〝エルナさん〟ってーなんだ?」


 あ、やばい。

 なんか嫌な予感しかしない。


「彼女が僕と初めて会った時、そう名乗ったんですよ。確かエルナ・レディレークと――」

「あーーー!! あーーーあーーーー!!!」

「え……エルナさん!?」


 精一杯の無駄な努力をしてみる。

 しかし無駄な努力は無駄な努力。親父の顔を見てみろ、あれは完全にワルの顔だ。

 黒歴史ノートを親父にまじまじと見られたかのような恥ずかしさ……ああ、死にたい。


「ほーう……月をルナって読ませたのか? ほーーーーーぉう……いい名前じゃないか。なあ〝エルナ〟」

「やめろおぉ!! 楽しそうな顔して言うんじゃねえーー!!!」

「いーじゃねーか。実際おとーさんもいい名前だと思うぞ? 〝エルナァ〟」

「ねっとりさせるんじゃねえぇーーー!!!」

「だ……大丈夫ですか?〝エルナさん〟」

「うがあああああああああああ!!!!」


 ファルからの悪気のない呼び名でさえもつらい。

 親父は俺が嫌がるのを面白がってまたイントネーションを変えて言い、そのリアクションを見てファルが心配そうに俺を呼ぶ。

 こうしてこの後小一時間、俺はエルナエルナと二人から連呼され続けた。

 ――――そして。



 * * * * * * * * * *



「おーい起きろ恵月。ついたぞ」

「ふえ……?」


 リアクションに疲れ果てたのか、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 変な寝方をして若干痛めてしまった腰をあげ、柔肌を擦りながら馬車を降りる。

 しかしまたそこで寝ぼけていたのか躓き転びそうになり、それを見た親父が手を差し伸べながら――。


「大丈夫か? エルナ」

「う、うん。……じゃねえ、どさくさに紛れてその名前で呼ぶな!」

「ふはははは とーさんはその名前を気に入ってしまったのだ。もう手遅れだぞーエルナァ」


 このクソ親父がぁ……!


「――と、冗談はさておきだ、もう昼だしさっさと行くぞ。ワケあってファルは先に別行動させてるからな。ついてこい」

「は? あ、ああ」


 確かに言われてみればファルがいない。

 俺が寝てる間に何かあったのか、はたまた初めからその予定だったのか――まあ、親父がそれを口にするのは期待しないでおこう。


 王都レイグラスの片隅に位置する停留所。

 すたすたと迷いなく足を進めていく親父の背を追い始め、そして数分後。大きな――その天女を模ったような像が特徴の噴水広場までやってきて現在に至るのだった。



「おーキョウスケさん、一つ買ってかないかい」

「キョウスケさん! 久しぶりだねぇー、そのお嬢さんは彼女さん?」

「キョースケさん! こっちも見てってよー!!」

「キョウスケさんが女連れだって!? こいつぁ一大事だ!」

「やだキョースケさん、しばらく見ないうちに色気づいちゃってーもう」

「エルフのお嬢さん、お名前は!?」


(……は? 何? 何が起こってるの!? なんか俺にも飛び火してるような気がするんだけど!?)


 親父が道を進めば進むほど、彼の周りには人だかりができていく。

 キョウスケさんキョウスケさんと、都の人が寄ってきてはその固有名詞を叫ぶ。

 ある人は野菜の売り込みを、ある人は俺といることへの追及を、またある人は昨今の世間話らしき話を。

 皆思い思いに寄ってきては勝手なことを口走り、俺たちの行く手を阻んでいる。

 全く、はた迷惑な話だ。


「おーおーみんな、歓迎してくれてるとこスマネエな。オレたちは外れのボロ役場に用があるんだ。話なら後にしてくれー」

「「 ……!! 」」

「……ん?」


 親父が〝ボロ役場〟という単語を口にした途端、野次馬たちが一斉に静まり返る。

 まるで心霊スポット、怪奇現象と言った類を見るような恐怖に満ちた目。


「キョ……キョウスケさん。アンタ大丈夫なのかい? だってあそこは――」

「なに大丈夫だって、みんな怖がり過ぎだ。ほら恵月、お前も何ポケ―っとしてんだ、はよ行くぞー」

「えっ!? あ、うん……」


 心配する声にも全く動じることなく、親父はひたすら目的地らしいボロ役場へと向けて足を運び続ける。

 しかし野次馬たちの反応はどう見ても異常だ。

 ……と、気になりはするものの、今は親父の後ろを追うので精一杯でそこまで考えている余裕もない。身体の感覚というのはようやく少し慣れ始めてきたのだが、それを抜きにしても歩く速度が速い。

 とにかく転ばないように気を付け、前を行く親父を見失わないように気を張っている。


 噴水広場から城に通ずる大通りを進み、しばらく行ったところで脇の小さな路地を何度も曲がり曲がっては少し大きな通りに出て、またそこを突っ切ては路地に入り……しばらくそうして歩いて行った先に、忽然として寂れた雰囲気の漂う広場にたどり着く。


 今まで通ってきた路地や通りには、やはり王都と言うだけあってそれなりの活気と生活感というものが感じ取ることができたのだが、この広場から感じる空気は廃墟のそれ――長い間手入れもされていなく、人っ子一人すら近づかないような怪奇スポットの空気が漂っていた。

 そしてその一角に、二階建ての役場らしき木造の建物が見て取れる。


「な、なあ親父……ここって……」

「おーおーまた前来たときよりも随分と寂れてやがんなあ。あの建物だ。行くぞー」

「ふえ!? で、でもあれって――」

「なんだ怖いのか? エルナちゃん?」

「ばッ!! ――そんなこと言ってねえし!! その名前で呼ぶなって!」

「はっはっは! ほれほれ行くぞー」

「ちょ待っ――!!」


 なんの躊躇もなくその建物に向かって歩いていく親父の背を追い、少し震え気味の足を奮い立たせる。

 ここだけの話、無意識に親父の服をつまんで恐怖を紛らわせようとしていたのは内緒の話だ。

 ……絶対に。


 そうしているうちにもあっという間にボロ役場の前までたどり着いた親父は、間を置くこともなくそのドアノブに手を付け、軋む扉を豪快に開く。


「たのもー!」

「道場破りかよ……お、おじゃましまー……す……」


 中に足を踏み入れると案外……外見からは想像もつかないほど普通に綺麗だった。

 ボロであることに変わりはないが、ちゃんと毎日手入れされているのが一目見てわかる程度には……とにかく外とのギャップがすごい場所だ。


「おーい〝メロン〟いるかー?」

(……メロン?)


 急に親父の口から出てきたウリ目ウリ科キュウリ属の果実的野菜の名称。

 それが人を意味するのだと理解するのに少し時間を要してしまった。

 そしてそれを俺が理解するのとほぼ同時に、受付カウンターと思しき場所の奥――事務所の方から床のきしむ音と共に人影がひとつ、俺たちの元へとやって来る。


「……ん? お嬢さんは――」


 どうやら出てきた人影はメロンではないらしい。


「メメローナ様は只今少々席を外しておりまして……ああ、申し遅れました。私は『サラネリーア・ラスモンタル』と申します。お話は伺っておりますので、カウンターの方へおかけください」

「む。そうなのか、じゃあ、遠慮なくそうさせてもらうよ」


 サラネリーアと名乗る女性に、親父はなんの疑いの余地もなく頷いてみせる。

 別に怪しい様子はないし、彼女の言う通りにすること自体に不満があるわけではないのだが……どこか引っ掛かるところがあった。


「……あの人、どっかで……?」


 地につきそうなほど長く、軽くウェーブのかかった金髪。

 スタイル抜群な体のラインに、知性の感じられるメガネ……あの声。


 どこかで……どこで?

 王都に来るのはもちろんの事、この場所に来るのも初めてのはずなのに感じる既視感。

 そう、この場所……手入れされているとはいえ、ド田舎にある町役場のようなこの内装にも……ん?


「あ……ああああーーー!!」

「きゃ!?」

「な!? 何だ恵月、急に叫んだりして……あまりの恐怖に壊れちまったか?」

「……そうじゃない、思い出したんだよ……うん」


 ああ、繋がった。理解した。俺はこの場所を知っている。

 親父は母さんを迎えに行くと言っていたではないか。

 となれば、母さんも俺と同じような経路をたどっていることだって想像がつく。


 俺はサラネリーアの目の前に立ち、その顔を見る。

 言うまでもなく、彼女は転生後の俺を知らない。

 彼女と面と向かって話していたのはまだ転生する合間……元の姿の俺となんだから当たり前だ。

 急に顔を近づけてきた俺をじっと疑問の目で見ているサラネリーアに、俺はたっぷりと皮肉の乗せた笑顔でもってこう言った。


「案外早く会えましたね! ――呪いますよ?」

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