第2話
「わたしはどこへいけばいいのですか」
アオ鬼が顔をしかめた。面倒だと顔に書いてある。老婆は鬼に耳打ちした。
-いいじゃないか此処に置いてやろう
-でも、人間ですよ
ー今は僵尸さ、上手くいけば力になる
ぼそぼそと、話し合う彼らから目を離して私はもう一度身を検めた。
学ランの汚れを払う。服が大きくなっているようだ。上は萌え袖を通り越して垂れ下がるほどである。ズボンは裾に布がたまっている。靴も、靴下もぶかぶかで履いているのが不快だ。袖を折り、裾をたくし上げてふと、気がつく。肌が異様に白い。靴下を脱いで裸足になる。明らかに白い肌が露わになる。心臓もひどくゆっくりで、死んでいるのだ。と否応無くわかった。
大きくなった服も、上手く動かない体も死んでいるなら説明がつく。ような気がする。しかし死んでいるならば、私はどうやってここに来たのだろう。生前、特に執着もなく、ゾンビに噛まれたなんて事もないはずだ。どうして私は僵尸になったのか。
「ついておいで、此処に置いてあげよう」
老婆の声で私の思考は遮られた。話し合いは終わったらしい。
「お前さん、名前は」
「あけひと」
アオ鬼が鼻を鳴らした。きっと、もう人でないのにひとを名乗るのが
私を挟むようにして老婆を前に、鬼を後ろに進んだ。老婆はけもの道を
一際大きな木の下に着いた時、頭上から声がかかった。
「赤が似合うね」
見上げると一本足の女が枝からぶら下がっていた。女はクスクスと笑い、ばば様、と老婆に呼ぶ。
ねぇ、ばば様。この子、赤が似合うわ。だからほら、あの木に合うわ。あの狂い椿に。
あぁ、とばば様は肯定とも否定とも言えない声を出す。あぁ、あの木か…。
くるいつばき?と鬼の袖を引く。なんとなく、彼が自分の面倒を見てくれる。とわかっていた。おぉ、と鬼は頭をかく。
「普通、椿ってのは冬に咲くんだけどな。あれは年中満開でな、それで狂い椿だ」
あれ、と指を刺される。木に邪魔されて私からは全く見えなかったが、鬼の高さからは見えるらしい。
アオ、とばば様が鬼を呼んだ。
「椿へ送ってあげなさい。」
アオは少し苦い顔をする。
「駄目だったらどうしますか、それにあそこは外に近い」
「だったらアオがいいと思う場所に下ろしな。そして、明日迎えに行くまで動かないように伝えなさい。いいね」
決定事項らしいばば様の言葉にアオは渋々頷く。行くぞ、と半ば投げやりに私を呼んだ。アオを追いかけつつ後ろを振り返ると、ばば様の姿は既になく、女が大きく手を振っていた。
そう遠くないところに椿はあった。周りに他の木はなく、そのだけちょっとした空き地になっていた。
「お前一人で行け」
とアオに乱暴に背を押され、空き地に一歩踏み出した。途端、指先がピリッと痺れた。思わず後ろを振り返るとアオが名の通り鬼の形相で吠えた
「行け」
アオから離れるように一歩、一歩と椿に近づく。痺れはますます強く、たった数メートルの距離が何キロにも感じられた。
感覚がなくなった手を無理に動かして幹に触る。崩れるように根元に座り込んだ時、痺れが収まった。足元は椿の花弁で赤茶色であった。ざく、ざくと音がしてアオが近づいてきた。よくやった、と言って腕を掴んで起こしてくれる。
「椿は破邪の力があって、この空き地には小物は近づけんのだ」
つまり私がどの程度なのか試したようだ。
「よし、椿も受け入れたな」
と椿の幹を撫でる。今度は襟首を掴まれた。そのまま高い枝の上に乗せられる。
「今日からここがお前の家だ。いいな、お前の帰る場所はこの椿だ」
外には出るな。明日また迎えに行くまで待ってろ。など言われた気がするが、私は別のことを考えていた。さっきアオに言われて気づいた、家。
私の家は、家族はどうしているのだろう。人間の私は今どういう状態なのだろうか。失踪なのか、事故死で棺桶に入っているのか。だがしかし、この私がゾンビに近しい者ならば死体は向こうにないはずである。死体がない衝突事故。姉は、父は、母は、大丈夫だろうか。むしろ今まで思い出さなかったことに少し罪悪感をおぼえた。
アオは話し終えて森へ帰って行くところであった。空はずいぶん暗くなっていた。
その僵尸、異端につき。 バホ・メッティ @dosukoi3
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