第07話 『都市での長い一日(前編)』

 気付くとすでに朝だった。

 朝と言っても少し早い、薄暗い夜明けから日が徐々に差し始めてきてる頃だ。横に居るレアはまだ寝てる。


「……」


 ぼさぼさの髪、着崩れたユカタ。


「もしかして、あれからずっと寝てたの…?」


 随分と寝ていたようだ。


 何はともあれたっぷりと休養して体も頭もスッキリした。ちゃんとした寝床があるのは素晴らしいことだ。


 背伸びをして体を解す。


 部屋は静かだ、流石にみんなはまだ寝ているのだろう。

 ここに居てもしょうがないし二度寝も必要なさそうだし、とりあえず身だしなみを整える。


 思えばリョカンへ来てから部屋と風呂場と休憩室しか見てない。部屋を出て少し探索してみよう。


 と、そこで『くぅー』と気の抜けた音が鳴る。


「そうだ、あのまま寝ちゃったからお昼から何も食べてない……」

 何かお腹に入れるものも探そう。




 ふらふらしてると中庭らしき所へ着いた。

 自然の風景をそのまま切り取って箱に入れたような感じ。

 葉先を整える位で加工とかはしてなさそう。自然そのものの美しさを表してるようだ。

 ため池の端にある緑の筒が一定時間ごとに傾いてカコンカコンと心地よい音を奏でてる。


 窓越しに眺められるスペースがあるようだ、そこにはこのリョカンの紹介冊子も置いてあった。

「リョカンって旅館と書くのね……ふむふむ、それから……」



 マルフさんに聞いた言葉がいくつもあった。聞いただけだったから響きしか分からないけど文字で見るとなんとなく理解した気分になる。頭も良くなったような気がする。


 いいな、こういう小さなお庭、家を買うことがあったらお庭のある家にしよう。

 ぼんやりと思いに馳せてたら結構時間が経っていた。人もちらほら歩いてる。

 売店へ向かいおにぎりを購入し、朝食を済ませる。中身はサケで、良い塩加減だ。体に沁みる。




 そろそろみんな起きた頃だろう。部屋に戻ろう。




 部屋の前に着くと中が騒がしい。

 どうしたものかと扉を開けると三人が驚いたような表情をして、此方に向かって来た。


「ちょっとお姉ちゃん!! どこ行ってたの!?」

 涙目で詰め寄ってくる。すごい剣幕だったのでたじろいでしまう。


「え、えっとお散歩?」疑問形になってしまった。


「まあまあ、無事みたいなんだから落ち着いて」 マーくんが割って入る。


「このことはいい気にするな、今度から書置きでもしてくれよ」 タクは、はぁとため息。ガシガシと頭を書いてからメガネの位置を正す。

「さて今日の事だが、まずはマルフさんの所へ行こうと思う。昨日の話の詳細を聞かないと、あとは鍛冶屋と服屋だな」



 特に反対も無く、三人は朝食を済ませ、市場へ向かう準備をする。


「アルバイトってお手伝いだよね、何をするのかな?」 レアは首をかしげてる。


 御尤もな意見だ。見た限りマルフさんは一人だったし、米俵もたくさんあったので人手が欲しいのかな?だったらタクとマーくんに言うはずだし……。

 むむむと唸ってたらいつの間にか市場に着いていた。



 昨日見たときよりもだいぶ準備が進んでいた、商品も並べられ始めてるし、何だか美味しそうな香りもしてる。食べ物も売ってるのかな、あとで行ってみよう。


「やあ、君たち。昨晩はよく眠れた?」 マルフがいつもの笑顔で手を振ってる。


 各々で軽く挨拶を済ませる。


「よし、早速アルバイト内容についてなんだけど」 昨日の悪い顔に戻った。

「ふふふ、売り子をしてくれないか?」



「うーん? 売り子?」

 店員と言うことだろうか?ただ手伝いのようなものなら悪い顔する必要もないだろう。何かほかに目的があるのかな…?


「うん、売り子だよ。ちょっと変わってるけどね」

 軽く一息入れて、手に持ってる紙を広げて見せた。

「これ着て売り子をしてもらう!」



 広げた紙には鮮やかな浴衣(?)を着た人が描いてあった。



「これは、ワソウというやつですか?」 マーくんが興味深そうに見ている。


「いや、浴衣……?」

 寝巻に着ていた物に似ている気がする。それでも色合いが全然違う。


「そう、ユカタだよ、ワソウでもあるけどね。お祭りがあるときに着たりするんだ。借りることも出来る、それで今回費用はこちらが持つからこれを着てもらいたいんだ」



 …可愛い浴衣だ、寝巻で着たのと全然違う。ただで着れるようなものだしわたしは良いんだけど…。


「レア、どうする?」



「……」



「ん? レア?」 あれ、返事が無い。



「……可愛い」



「あぁー」 よし、決まりだね。



「はい、大丈夫です! お手伝いします」




「ようし、決まりだ! 準備はこちらでやっておくから昼くらいにまたここにきてくれるかな」



「了解しました!」






 思ったよりも早く話が済んだので鍛冶屋へ向かう。中央から北東へ警備兵の拠点がある。そこの近くに良い鍛冶屋がいると聞いた。なんでもマルフさんの知り合いだそうだ。紹介状も一応書いてもらったので安心だ。

 警備兵の拠点は、昔から存在してるお城を改良して作っているらしい。なかなかの威圧感がある。タイタンに踏み入れてからちらほら歩いてる兵士を見ていたがみんな強そうだった。良く鍛えられている。なんて言えるほど強くはないけど、きっと良い兵士だろう。


 お城からもう少し北へ行くと聞いた鍛冶屋を見つけた。何というか至って普通の鍛冶屋だった。入り口の横にガラス張りのショーケースがあり、武器や防具が並んでいる。武器以外にちょっとした家庭用の金物も売っているようだ。

 ただ鍛冶屋と言う割に静か過ぎて人がいるのか心配になる。


 「あのーこんにちはー、誰かいますかー?」 不思議と少し小声になってしまう。


 中を見渡すと壁に武器、盾、鎧に革製の防具と彩りみどり、種類は多いし、ここで揃えられそうだ。武器のメンテナンスもしてくれるだろうか。



 ……。



 返事が来ない。




 耳を澄ましてみる。


 ……何か聞こえる。カウンターの裏だろうか?


 カウンターに身を乗せて、そーっと下を覗いてみると。



 居た。



 女性だ。Tシャツにオーバーオールの簡単な恰好でお尻を突き出すようにしてうつ伏せになっている。


「あのー……?」



「……んー……すぅ……」



 寝ている。店も開いてるのに、なんて不用心な……。



 ちょっと声を張り上げて呼んでみる.


「こ ん に ち は!」



「ふぁい!!?寝てました!!」勢いよく起き上がる。ハスキーな声だ。



「あのーマルフさんから紹介されて、ここに来たのですけど」 とりあえずマルフさんの名前を言えば何とかなるだろうと紹介状を渡す。


「……?」


 いや、首を傾げられても……。


 暫し見つめ合う。耳が少し出るくらいのショートカットで赤髪が綺麗な女性だ。身長も高い160後半くらいだろうか。まだ寝ぼけてるのだろうかぼーっとしてる。ボーイッシュな顔は油か何かで黒くなってる。綺麗な顔してるのに勿体ないなと思う。



「何だ騒々しいな、客か?」

 奥から浅黒い男性が出てきた。筋肉がすごい50歳くらいの厳つい人だ。もしかして…?


「あ、お頭、マルフさんの紹介で来たって人が今そこに」


「んあ? マルフ…?」

 少し考えたあとに何か閃いた様に、拳を手の平へポンとして言う

「あぁ、あいつか! 久しぶりに名前を聞いたから分からなかったぞ」グハハと大口を開けて笑う。失礼な言い方だけどすごく顔に似合う笑い方だ。

「それで、あいつの客がどうしたって?」


「武器のメンテナンスをお願いしに来ました。それと防具も買い替えようかと」

 武器のナイフ2本と防具を渡す。


「おう、それなら問題ない、どれ見せてみ?」


 武器をまじまじ見る。刀身を少し叩いてみたり、刃毀れがないか側面から見たり。

 一通り見終わって神妙な趣きで呟く。




「お前、このナイフ……売ってくれないか…?」




 おお、そうきますか……。



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