第3話:隻脚の勇者


一先ず狼達からの危機を逃れた私達は、腰を据えてお互いに自己紹介をし合うことにした。


ひんやりとした土の上に正座から足を崩した状態で座り込む私の目の前には、木に凭れかかる片足のない赤毛の青年。


その脚からはかなりの量の血が出ていたのだが、私の目の前で何食わぬ顔でその傷口を燃やし、火傷させて無理矢理に血を止めたので私は絶句してこのクレイジーな青年と本格的に距離をおこうと思案していた。


…それにしても、思い出しただけで吐き気がする光景だ。

目の前で血にまみれた肉と骨の断面……しかもグチャグチャに潰れているそれを、目の前で火で炙る光景を見せられるとは……完全に目に焼き付いてしまった。火だけに……。

ほんとに、この男は…!年頃の乙女になんと言うグロ映像を見せてくれてんだ。

完全にトラウマだよチクショウ!


等と悪態をつきながら、私は取り敢えず自己紹介をする。


「えっと、日野柚希です。好きなものはアニメ、ゲーム、漫画の二次元オタクです。」


とにかくもう関わり合いたくないので、わざとわからないような適当な自己紹介をするも、青年は特に気にした風もない。


「………俺はアルフレッドだ。」


そう実にあっさりとした自己紹介をした青年に、私は何だか一人でムキになっているような気分になって少しムカついたので、青年を煽ってみる。


「レッド……成る程、だから頭が赤いんですね。」


「チゲーよ。張っ倒すぞアホ女。」


すると、青年は額に青筋をたてて悪態をついた。


フッ、流石は中二病。

実にチョロい。


等と心の中でにんまりと笑っていると、目の前の青年は気を取り直すように前髪をかき揚げた。


すると、乱れた髪で隠れていた青年の顔が露になる。


つり上がった勝ち気な瞳は燃えるように紅く、瞳と同じく凛々しくつり上がった眉は青年の強い意思を感じさせ、高すぎず低すぎない完璧な形の鼻とうっかり口つけたくなるようなこれまた完璧な形の薄い唇。

其々が良いパーツである上に、配置も完璧すぎて文句のつけようがない超絶イケメンフェイスが覗き、私の中で水ならぬ、血液滴る良い男という謎過ぎるフレーズが浮かんだ。


しかし、顔面が超イケメンでいくら自信のタイプドストライクの顔であろうと、この男は中二病だ。


闇の歴史、負の遺産を持つ男はイケメンだろうと何だろうとお断りだ。ノーセンキューだ。


「…中二病イケメンは土に還ってオーケー」


「言ってる意味はわからねぇけど、取り敢えずテメーが俺をバカにしていることだけはよくわかった。」


私の台詞にギロリと私を睨み付ける青年─アルフレッドは、顔が良いだけに中々迫力がある。


うん、取り敢えず適当に謝って話題を変えよう。


「あーうん。ごめんごめん。ところで、アルフレッドは何であんなところで寝ていたの?」


「話そらすな!そして寝てるんじゃなくて倒れてたって言え。俺が呑気に魔物がいる森で昼寝するアホみてーだろ。」


私の台詞にやけに突っ掛かってくるアルフレッドが鬱陶しいので、取り敢えずまた煽ってみる。


「え?違ったの?」


「全然チゲーよ!テメー、俺のこと舐めてんだろ!!」


私の問いかけに声を荒らげるアルフレッドはなんかもうその辺にいる残念なチンピラにしか見えない。


折角のイケメンフェイスが台無しだ。

こいつの認識はアホ中二病チンピラ系残念イケメンと言う感じで良いだろう。


それはともかく取り敢えず宥めないと話が進まなさそうだ。


「あーうん。ごめんって。取り敢えず落ち着いて?ね?」


「誰のせいだ!誰の!?」


宥める私にイラついた表情で叫ぶアルフレッドに私は眉を下げてアルフレッドの顔色を窺うような素振りで下手に出る。


「私が悪かったから、話を進めて?ね?」


「……はぁ……。本当に反省してるんだろうな……?」


至極仕方なさそうに溜め息をついたアルフレッド。


少しイラッとしたが、これ以上は埒が明かないので私は仕方無く頷いた。


「…仕方ねぇから話は戻すが、お前俺の名前を聞いてピンと来ねぇって事は余程の田舎者か、バカか異界人って所だろうが、テメーの場合は恐らく後者二つだろう。 」


突如自信の有名さをアピールし出したアルフレッドが私を貶し、今度は私が額に青筋をたてた。


…この男……いつかブッ飛ばす!!


私はそう固く決心するとニッコリと張り付けた笑みでアルフレッドに問う。


「へぇ?それで?貴方は有名人で?それで何で狼に食べられそうになってて私みたいな異世界人なんかに助けられるはめになってんですか?有名なアルフレッドさん?」


「…一々刺のある言い方だな。まぁいい。お前の言動は気にするだけ無駄そうだ。」


私に呆れた様子のアルフレッドは、溜め息をつくと再び口を開いた。


「俺は初代勇者─ミモリに続く二代目勇者だ。赤毛の男でアルフレッドって言ったら誰でもピンとくるぞ」


「………へぇー。そうなんだー…。」


私はアルフレッドに半目を向けながら言うと、アルフレッドは「信じてないだろ」とまたも額に青筋をたてていた。


しかし、半目でどうでも良さそうに言った私だったが、内心混乱していた。


勇者ミモリって……いやいやまさか!

それに二代目勇者?

─あのとき魔王は木っ端微塵にしたはず。

封印ではなくキチンと殺したし死体も処分した。復活なんてあり得るのか?


等々私の中で様々な疑問が沸き上がる。


「あのさ、アルフレッド」


「…なんだよ」


私が話しかけるとアルフレッドは嫌そうな顔をして渋々返事した。


そんな彼に私は自信の疑問を解消すべく、質問を始める。


「貴方が仮に二代目勇者だとして、初代は魔王を倒せなかったの?倒して復活したとか?それに、二代目勇者って本当なの?見た感じボロボロな貴方に使命をまっとう出来そうにないんだけど……。」


「仮にじゃなくて正真正銘二代目勇者だ!テメー本当に失礼だなアホ女!俺がボロボロなのは魔王を倒せなかんじゃなくて、倒したあとだからだよ!なんか宝玉とかいう訳のわからねぇ奴に願いはなんだの聞かれて、此処じゃないどこか遠いところへいきたいって行ったら気付いたら彼処に居たんだ。……あと、次に初代を侮辱したらゆるさねぇ」


自分の身の上を話しつつ私に文句をたれたアルフレッドは、最後にとてつもない威圧感を放ちながらそういった。


やけに感情的なアルフレッドに、私はふと疑問を抱いた。


もしかすると、勇者ミモリと彼は面識があって知り合いとか?


だったら私が思っている人物とアルフレッドの言う勇者ミモリは別人だ。


ひとまず、私の考える勇者ミモリとアルフレッドのいう人物が、同一人物かどうか確認しておきたい。


「…えっと、気に障ったならごめん。別にその人を侮辱しておる訳じゃない。あと、その人とアルフレッドは知り合いなの?」


「んなわけねーだろ。俺にとっては数百年前の大英雄。憧れの存在だ。魔王を倒した後姿をくらませたらしくて誰もその行方はわからなかったけど、たった一人で魔王軍及び幹部を全滅させ、魔王をも屠った最強の勇者だ!─憧れるだろ?」


私が問いかけると、アルフレッドは先程までの怒りは何処へやら……キラキラとした目で拳を握って熱弁し出すという、あまりのギャップに私は「…あっ、うんそっか…」しか言えなかった。


すると自然、不服そうな顔をするアルフレッドだったが、私は心情的にまたもそれどころではなかった。


アルフレッドと勇者ミモリが顔見知りではないならもしかしてもしかすると私の考えている人物とアルフレッドのいっている人物は同一人物と言うことだろうか……?


というか、アルフレッドが口にした情報に思い当たる節しかないんだけど違うよね?お願いだから違うと言って!!


私は心中で叫びながら、別人であるという確証を得るため、恐る恐るアルフレッドに問いかける。


「ねぇ、その勇者ミモリって髪も瞳も黒で性別は女で魔法属性は全属性とか?」


「なんだ?知ってるのか?」


しかし、残念なことにアルフレッドの返答は正に肯定そのものだった。


黒髪黒目、魔力適正全属性の女勇者ミモリ……一人で魔王と魔王軍を倒し倒した人物……。


ギャァァア!!もうだめだ!!

確定だぁぁあ!!


アルフレッドの尊敬する勇者ミモリって前世の私じゃねーか!!


私の元勇者とかいう黒歴史がこの男に知れているなんて…嘘だといってくれ!!頼むから!!


「………。」


「おい、どうした?急に黙り込んで……ついに頭がイカれたか?」


言葉を失って頭を抱え込んだ私にアルフレッドは怪訝な顔を向けた。


「…なんでもない。………それで、魔王を倒した勇者様は回復魔法は使えないの?乙女の目の前で脚を炙るなんて信じられない。」


私はアルフレッドに悟られぬように話題を変えた。

…この黒歴史は墓まで持っていく。

絶対誰にもバレないようにしよう。

勇者とか堂々と名乗れる奴等は皆中二病を患ってるんだ。

思い出すだけで恐ろしい……。


そう思いながら、頭痛をこらえているとアルフレッドがさも当然のように私に答える。


「…あのな…光属性の適正なんてある奴は稀だし、俺は火属性と風属性しか使えねぇよ。魔法適正、全属性持ちなんてレア中のレアだぞ。」


「…そっか、あとさっき私のこと異界人って言ってたけどよくわかったね?もしかして、結構異世界から他の人間が来たりするの?」


アルフレッドの言葉に私は短く返しつつ、さらに質問を重ねた。


そんな私にアルフレッドは嫌な顔などせずに答える。


「ごく稀だが、勇者ミモリが消えてからの数百年で2、3人程だな。俺がお前を異界人って言ったのは単に服装が変なのと珍しい黒髪だからだ。勇者ミモリも元々異界から召喚された別世界の人間だし、黒髪だったからな。だが、召喚以外で異界人が来るようになったのは勇者ミモリが消えてからだ。」


「…そっか……。もしかして異界人が現れるようになったのは勇者ミモリが行方不明になったのとなにか影響が?」


「それは、わからねぇ。その辺については誰も解明できてねーしな。つーか、お前ほんとに異界人なのか?」


「そうだよ。こことは違う地球って世界の日本から来たの。」


何度か質問と回答を繰り返していると、今度はアルフレッドから質問があり、今度は私がそれに答えた。


すると、アルフレッドは怪訝そうに眉を潜める。


「…にしては落ち着きすぎだろ。」


「いや、なんか勇者召喚に巻き込まれて……」


私が苦笑しながら、そう返せばアルフレッドは素っ頓狂な声を上げた。


「は?勇者召喚!?魔王なら俺たちが倒したはずだ!!それが何故!?」


「どーどー!落ち着いて、どういうことかはよくわからないけど、取り敢えず街を目指して見ない?此処に居ても安全ではないし、どのみち情報も仕入れないといけない。」


慌てたように叫ぶアルフレッドを宥め、提案した私に、アルフレッドは一度考える素振りを見せた後、頷いた。


「…確かにな、じゃあ町にいくか」


そう言ったアルフレッドはなにか物言いたげに手を差し伸べてくる。


「なに?」


思わず聞き返した私に、アルフレッドは呆れたような複雑そうな顔をした。


「…お前、俺にこの足で街まで歩けと……?」


何とも言えない表情のアルフレッドの言葉に漸くピンときた私は指をパチンとならす。


「あぁ、そういうことね」


「悪いが頼んだ。」


「うん。」


しおらしく私に頼み事をしたアルフレッドを背負うべく、私は彼に背を向けてしゃがんだ。


すると、静かにアルフレッドの腕が私の首にまわされ、彼の体重が私の背に掛けられる。


その重みを確認すると私は立ち上がり、口角を上げる。


「よっし!そんじゃ、街を目指しますかー!」


「あぁ。頼む。」


目的地は街。元気よく声をあげた私に、アルフレッドは冷静に頷く。


そんな彼の態度に、つれないなぁ……等と思いながらも、私は街へと歩を進めるのだった。

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元勇者の出戻り奮闘記 水戸 千代子 @tomumin_xxx

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