第2話:赤毛の青年
「どうしてこうなったぁぁぁあ!!」
私は半泣きになりつつそう叫びながら走っていた。
それはもう、馬鹿みたいな速さで。
え?何故そんなに必死で走ってるのかって?そんなの決まっている。
後ろから追いかけてくる腹ペコ狼に食われたく無いからだよぉぉぉお!!
「バウッバウッ!!」
「この世は弱肉強食ぅうう!!」
元気に吠えながら追いかけてくる狼に私はそんな訳のわからない言葉を叫びながら走り続ける。
しかし、一向に距離が離れるどころかどんどん追い付かれてきている。
それもそのはず、まず人間が狼の速度に敵う筈もないし、私の背中にはクッソ重たい赤毛の男が背負わされていた。
さて、何故こうなったのか…少し振り返ってみるとしよう。
※※※
「は?なにこれ?どゆこと??」
異世界に召喚された思われる私が開口一番に誰に言うわけでもなく、そう問うた。
勇者召喚といえば、目を開けたらそこは王宮の召喚室で、王女様とか神官とか諸々が出迎えしてくれる筈である。
しかし、私を出迎えたのは血に濡れた片足の無い赤毛の青年と、餓えに餓えた。血のように赤い瞳の狼さんたち。
あらやだ!こんなに沢山私を出迎えてくれちゃって!私ったらモテモテ!
じゃねぇぇぇぇえ!!
私は今にも食われそうな赤毛の青年を助けるべく、近くの木を蹴り倒し狼達に当て、残った狼達にはその辺にあった石を投擲して、狼達が混乱しているうちに赤毛の青年を背負ってダッシュで逃げた。
しかし、狼達もそう簡単に逃がしてくれる訳もなく、物凄いスピードで此方を追いかけてくる。
そしてまぁ、そんなこんなで冒頭へと至るわけなのだが。
※※※
「あんの男!覚えてやがれ!!いつかブッ飛ばす!!」
黒髪の男子生徒を脳裏に浮かべ、物騒なことを口走りつつ走り続ける私と狼との距離はどんどん近づいてきている。
………まずいな。このままだとマジで食われる。
自分が助かる可能性はあるにはある。
この背中の男を見捨て、彼を餌に狼たちを引き付けて自分は逃げればいい。
とても簡単な話だった。
しかし、私にとってはとても難しい話だ。
彼を見捨てること、それは私という人格を殺すということ同然なのだ。
動けない弱いものを見捨てる、それはなんと人道に反することか。
先程の命を落とすわけ出ない召喚は私の知ったことではなかったが、今にも命を奪われそうな存在を捨て置くことなど出来なかった。
彼を見捨てたら私は生涯、罪悪感と共に後悔をし続けるだろう。
だから、私は見捨てるわけにはいかないのだ!
何とかして二人で生き残らねば。
私は私のやりたいように生きる。私はこの人を助けたいのだ!
「………おい」
私の耳元から低くぶっきらぼうな声が聞こえた。
どうやら、赤毛の青年が起きたらしい。
「ごめん!起きて色々混乱してるだろうけど待って!今狼に追われてて説明と貸してる暇無いから!」
私が必死になりつつそう言うと、赤毛の青年は慌てるどころか頭を掻いたりとかなり余裕の様子だ。
「…どうでも良いから止まれ。それか俺だけ下ろせ」
「は?何いってんの!?貴方馬鹿なの!?状況見てわかんないの!?」
至極どうでも良さそうに言い放った青年に私は思わず罵声を浴びせる。
しかし、そんな事はどこ吹く風の様子で、青年は呆れたように口を開いた。
「わかってるからいってんだろ。とまれっつーの。」
「いやいや!止まったら死ぬでしょ!普通に考えて!!」
「…俺は別に死んでも構わない。」
必死に抗議する私に青年はボソリと小さく呟いた。
しかし、彼の頭は私の耳元にある。つまり、聞こえないように呟こうと丸聞こえだ。
自殺願望でもあるかのような彼の様子に私は思わず怒鳴り散らす。
「うるせぇ!私が構うわ!!何で自殺願望があるのか知らないけど、目の前で死なれるのは困る!!胸くそ悪いし夢に出そうだから勘弁!!」
「俺がどうなろうがお前には関係ないだろ。それに、お前このままだと死ぬぞ」
私の態度にさほど興味無さそうにそう淡々と漏らした青年だったが、その言葉の真意は私を心配してのものだということがあとの台詞でわかった。
しかし、私にはそんなこと関係ない。
「あぁん??そんなもん!言われなくてもわかってるわ!!でもなぁ!私にだって私の信念ってもんがあるんだよ!!」
「信念?下らねぇな。そんなもんのために命を落とすなんざ下らねぇ。アホらしい。」
チンピラのごとく威嚇して言う私に青年は先程までの興味なさげな態度からは信じられないくらい感情のこもった言葉を返してきた。
その声は小馬鹿にしているようで、どこが苦々しい。
大方彼の様相を見るに、戦いの中信念とやらを貫いて死んだ仲間でも居たのだろう。
けどな!それとこれとは話が別だ!
「アホ?アホはお前だこの赤毛!良いか?信念ってのは、そいつが生きる意味であり、理由なんだよ!その信念をバカにしたってことはな!お前はお前の友達をもバカにしたってことだ!!」
「…!」
私の言葉に青年は今さら気づいたかのように、驚きに肩を揺らした。
私はそれに気付きつつも敢えて言葉を続ける。
「良いか?耳かっぽじって良く聞きやがれ!私の信念はな!自分のやりたいようにやるだ!!下らない信念だろ!だがな!その中には困ってたり、弱ってたり、救いを求める弱者を見捨てない!今にも死にそうな人を見捨てない!力があろうとなかろうと、私は命の危険が迫る人物を見捨てたりしない!そういうものも含まれている!何があろうと自分の決めた意思を曲げることはない!それが私なりの、私が決めた信念だ!!甘い考え?上等だ!取捨選択?そんなもの必要ない!全部まとめて救ってやるから、黙っておぶられとけクソ赤毛!」
口汚くそう叫んだ私に青年はどこか呆れたように、声を漏らした。
「…やっぱ、アホはお前だろクソ女…」
「なんだと!?」
残念なものに向けるかのような声に、私が抗議の声をあげると、不意に青年が真面目な声音で話始める。
「良いから止まれ。別に最初から死ぬつもりで言ってたわけじゃねぇ。策くらいある。どうせこのままじゃ仲良くお陀仏だ。出会ったばかりの奴を信じろとは中々の無茶ぶりだが、今この時だけ、俺を信用しろ」
そう告げた青年の声は、先程までの何もかもどうでも良さそうな声とはうってかわり、覚悟と信念をもつかのような声音になっていた。
だからこそ、私は信じる気になったのかもしれない。
私の口は私の意思とは裏腹に弧を描いていた。
「わかった。信じるよ貴方のこと。」
私がそう言うと男は又も驚いたように肩を揺らしたが、直ぐ様満足そうな声音で告げる。
「そうか。俺が合図したら止まれ。転けるんじゃねーぞ」
「了解。」
彼の言葉に短く応えた私の頭にぽんっと鎧に包まれた手がのせられた。
「お前が俺を信じる対価だ。俺もお前を信じて任せる。」
そう告げた青年の声はこの短い間に聞いたどの声よりも真っ直ぐだった。
何となくだが、もう大丈夫だろう。
確信なんてものはないが、そう感じた。
走り続ける私の背中で青年は魔力を集中させ、詠唱を始める。
「《我が背負いしは深紅の業火。我が求めに従い、世に混沌齎す悪しき魂に審判くだせ。……》今だ!!!」
詠唱を始めた青年の合図の声に応え、私は転ばないように踏ん張り、無理やり足を止める。
ズザザザー!
無理に止まろうとした為、土の上を滑り、体制が狼に向かって斜めになった。
そんな私の耳元で何時のまにやら剣を抜いていた青年が何処か不敵な声色で叫ぶ。
「でかした!アホ女!いい角度だ!…《顕現せよ!
青年がそう叫び剣を私の正面から背中にかけて横凪ぎに振るうと、深紅の炎が狼達に襲いかかった。
悶え苦しむ狼達がその炎を消そうと必死に地面を転がるが、炎は消えることなく狼達を燃やし続ける。
「無駄だ。雑魚野郎。その炎はお前らを罪人の魂と判決し、断罪している。お前達が死ぬまでその炎が消えることはない。この炎は罪人を焼き殺す真なる業火だ。諦めて逝け。」
「グォォォォオン!!」
青年が燃える狼達を見据え、淡々と言うと狼達は悔しげに、苦しげに吠えるとそのまま灰となり消えていった。
そして、私はそんな青年に戦慄していた。
片足無いし、血まみれだし、無茶苦茶強い感じだし。
どうやら私はケンカを売ってはいけないタイプにやたらとケンカを吹っ掛けていたらしい。
冷静になると私もこの炎に焼かれても可笑しくない事をしてきている。
いや、しかし真に怖いのはそこではない。
そこではないのだ。
そこではないけど怖いのだ。
ある意味で。
だってこの男…!発言中二なんだもん!!!
信じるとか言ったかけどやっぱ前言撤回!中二病は信用できません!!
さっきのやつはなしなし!
クーリングオフだ!クーリングオフー!!!
私の心の声は森に響くことはなく、私の心のなかで響きわたった。
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