第1話:日常の崩壊


「フンフッンフーン♪」


鼻歌を歌いながら私──日野柚希(ヒノユズキ)はスキップで歩道を駆けていた。


手には大好きな漫画とラノベが入った青い袋をぶら下げつつ、スカートを翻してターンをしたりしながらスキップを続ける。


端から見るとスキップをしつつ躍り狂う痛い女である。


しかし、そんな事は気にしない。


他人の目など些細なことだ。私は自分の好きなようにやりたいように生きる。


昔にそう決めたのだ。


私がニッコニコの笑顔で住宅街のある狭い路地へと入ると、そこには血で血を洗いそうな悲惨な光景が繰り広げられていた。


「てめっ!ふざけんな!!離せよマジで!!どうせ勇者召喚だろ!?ちょっくら異世界に行って世界救ってこいよ!!俺を巻き込むなぁ!!」


そう叫んだのは黒髪黒目の男子高校生。ごくごく平凡そうで、キチンと学ランを着こなしているあたり、先生には優等生で通ってそうだ。


悪知恵が働きそうな利発そうな顔をしている。


しかし、ごくごく平凡そうとは言ったが、今彼らに起きている事象は酷く非平凡であった。


先程、黒髪の彼が言った台詞で大体の予想はつくだろうが、彼らの足元には魔方陣が燦然と輝いている。


そんな魔方陣に召喚されそう──というか呑み込まれそうになっている金髪碧眼のクソイケメンは必死の形相で黒髪の男子生徒の足にしがみついている。


「いやいや!意味わかんないからね!!というかなんで助けてくれないの!?僕たち親友だろ!?」


金髪碧眼のクソイケメンは涙目になりつつ更に黒髪の男子生徒にしがみつく。


そんな彼の頭を足蹴にして引き剥がそうとしながら、黒髪の男子生徒は更に叫ぶ。


「誰が親友だ!お前本当に親友だと思うならその手を離せ!!親友を道連れにする親友なんぞ聞いたこと無いわ!!どうせ助かんねーんだ!!大人しく俺を離して異世界に行って魔王倒して姫と結婚してろクソ勇者!!」


引き剥がすどころが罵倒まで始めるあたり、この男子生徒、中々に屑である。


しかし、金髪碧眼のイケメンは顔面を踏みつけられてもめげずに懇願を続けた。


「訳のわからない亮士理論繰り広げてないで助けてよ!!頼むから!!アイス奢るから!!」


「俺がアイスごときで靡くと思ったか!!ハーゲンダッ○一年分な!!」


亮士と呼ばれた男子生徒は、アイスを奢ると言われた瞬間に目の色を変えて彼の腕に手を伸ばし、引き上げようと踏ん張り始めた。


アイスに靡く実に安い男である。


私は先程までの興奮はどこへ行ったのやら、冷めた目で目の前のアホ男子高校生を眺めていた。


おっと、アホ二人を見ている暇はない。


早く帰ってやりかけのゲームとか、今日買った漫画やラノベを読むとかしなければならないのだった。


私はアホ二人を視界の隅におさめつつ、その二人の横の魔方陣が無い道を通りすぎようとしたその時───


「あっおい!ちょっとアンタ!!アンタも手伝ってくれってうぉっ!!」


金髪イケメンを引き上げようとしていた亮士君とやらが私に声をかけて来て、ずるりと魔方陣に引き込まれたのだ。


「って!!何やってんの亮士!!」


「うるせぇ!!何か急に強く引き込まれたんだよ!!っておい!!アンタどこ行こうとしてんだ!!」


金髪イケメンが一緒に魔方陣に飲み込まれつつある亮士君に真っ青な顔を向けてそう叫ぶ。


そして、金髪イケメンに逆ギレを決める亮士君は私がそろりそろりと逃れようとしている姿を見て、目敏くもその足を掴んできた。


私はいきなり足を掴まれ、無様にも地面と熱い接吻を交わしつつ、振り向いて亮士君を睨み付ける。


「ちょっと離してよ!!私無関係でしょ!!無関係な女の子の足を掴んで転ばせて巻き込もうなんてそれでも人間なの!?この鬼畜!外道!屑野郎!!」


私の罵声に眉を潜めた亮士君─否、屑野郎はニヤリとどこか余裕の笑みを浮かべた。


「ほほぅ??いい度胸だクソ女!こうなりゃ全員道連れだぁぁ!!皆仲良くファンタジー入りってな!!」


「ぎゃぁぁぁあ!いやぁぁぁあ!おうち帰らせてぇぇえ!お願い!!まだやり残したゲームとか漫画とかもろもろがぁあ!」


屑野郎はそう叫ぶと私の足を引っ張ってどんどん魔方陣へと引きずり込もうとしてくる。


そんな彼に私は必死に抵抗して逃れようとするも、如何せん男女の差か、ズルズルと引っ張られていく。


「俺だってやり残したゲームとか盛りだくさんだわ!!逃がさねーぞ!!絶対に!!」


怨念の籠ってそうな目でこちらを見つめつつ嗤う彼に私は思わず色々と恐怖を覚えた。


そして、恐怖に顔がひきつり、踏ん張る力が緩んだ瞬間、一気に魔方陣へと引きずり込まれた。


「ノォォォオン!!」


私の絶叫と共に魔方陣は目も開けられないくらいに光輝き、そして──



次に目をあけるとそこは森の中で、目の前には今にも狼に食われそうな赤毛の青年が居た。


えっ…どゆこと…?

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