第三十章 卒業試験 -2-
フラテルニアの冒険者ギルドに行くのは、結構久しぶりだった。
前回行ったのはいつだったか……。
その後リンドス島に行って、選帝侯会議があって、ベールで評議会開いて、プトヴァイスで大立ち回りをしたんだ。
そりゃあ、ご無沙汰になってもしょうがない。
「あ、アラナンさん!」
だからって、入るなり立ち上がって、人を指差すのはどうかと思うんだよね。
受付のお姉さんに忘れられていないのはいいけれどさあ。
「ちょっとこっちに来て下さい! あ、何引き返そうとしているんですか! 本部長から通達が来ているんですよ、アラナンさーん!」
受付嬢が大声で呼んでくる。
ちえっ、回りの冒険者がみんなこっちを見ているじゃないか。
恥ずかしいからやめてほしいんだが……。
「なんでしょうか、えーと……」
この受付のお姉さんの名前はそういや知らなかった。
でも、お姉さんもそれどころじゃなかったのか、逃がすものかとぼくの手を捕まえて右手を差し出してくる。
「ああ、カードね。いや、そんなに引っ張らなくても逃げませんよ、いや、ほんと」
「ここで逃がしたら、次いつくるかわからないじゃないですか!
「いや、ぼくほとんどギルドの仕事してないし、昇級なんて当分先じゃあ……」
言い訳するぼくに、お姉さんは認証機を通したカードを突き付けてきた。
「何言ってるんですか。フェストで優勝し、戦場で武勲をたてた人を
「えっ」
正直びっくりした。
本部長ってことは、
あの人に限って、甘い考えでやったことではないはずだ。
本当に、ぼくをレオンさんのようにこき使う気なのかもしれない。
「それに、アラナン、
いつの間にか、足許に黒猫が忍び寄っていた。
心持ち顎を上げて、つんと澄ましながら、黒猫は話を続ける。
「どうせ貴方のことだから、試験の訓練のために上級迷宮に行こうと思っていたんでしょう? 本部長はそれを読んで、先に手を打たれていたのよ。行動を読まれているうちは、いつまで経っても手の内よ、アラナン」
「人が悪いですよ、シピ。ぼくはそんなにわかりやすいですかね?」
「残念ながら、アラナン」
くすりと黒猫が笑った。
「貴方ほどわかりやすい少年もなかなかいないわ」
「全く、かなわないなあ。それはそうとして、
「あら、アラナンにしては鋭いわね」
黒猫が尻尾を振ると、その姿が急に大きくなって、人の女性のものに変わっていった。
相変わらず場所を選ばない人だな、シピは。
「
どっちも危険度
確か、
それを、
まあ、それくらいできなくちゃ、
仕方ない。
仰せの通りに致しますか。
ざわついているギルドを後目に、とっとと出ていくことにする。
ただでさえ
ぼくは冒険者の知り合いはあまりいないが、中には学院の生徒もちらほらいた。
ビアンカとセヴェリナの二人が一緒にいたのは、きっと中級迷宮にでも挑戦しているのだろう。
ヴォルフガングとイザベルが中等科から抜ければ、ビアンカがトップになる。
気性の激しいビアンカが、その状況に燃えないはずがない。
久しぶりに初等科時代の同期と話したい気持ちもあったが、あえて声はかけなかった。
ぼくにはやるべき課題があるし、向こうも目の前の壁を乗り越えるのに必死のはずだ。
いまは、お互いそんなことに時間を使っていられない。
高等科の連中は、帰ってきてからもちょくちょくクリングヴァル先生に鍛えられている。
騎馬隊メンバーは、軍事調練が日課に組み込まれた感じだ。
学院の騎馬隊は、ヘルヴェティア正規軍の指揮系統に属しておらず、学長の指揮下にあるが、れっきとした軍の一員だ。
その基本構成人数は二十人。
ヴォルフガングが帰れば、また空きが一人出る。
そのとき、ビアンカがその枠に入ってこれるのかどうか。
まさに彼女も正念場だろう。
ヴォルフガングやイザベルのように、騎馬隊で通用すると思われれば、高等科に進めるのだ。
フルヴェート人であるセヴェリナには、もう帰るべき国はない。フルヴェート王国はセイレイス帝国によって滅ぼされ、いまはターヒル・ジャリール・ルーカーン将軍が支配している。
彼女が高等科進級希望なのは当然だが、スパーニアの貴族であるビアンカも高等科に進もうとしているのは予想外だった。
ビアンカはスパーニアのモンテカーダ伯爵令嬢で、れっきとした貴族だ。
ハンスとの婚約の噂もあったくらいである。
国を捨てようとしても、許されるはずのない立場のはずだが……。
かつてのノートゥーン伯のように、故国と対立する事態になる可能性だってあるのだ。
でも、それだけにビアンカは真剣だ。
帰る国のないセヴェリナだって、もう学院で身を立てるしか生きる道がない。
それを考えれば、ぼくらは無言ですれ違うのが正しい選択なのだ。
目指す目標に到達したとき、おめでとうと言えばいい。
ギルドを出ると、跳躍してそのまま空へと飛び上がる。
上級迷宮があるのは、ルツェーアンの南にそびえるピラトゥス山。
ちょうど、ファリニシュに会いにメートヒェン山に向かったときの、道中にある。
いまのぼくなら、ひとっ飛びだ。
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