第三十章 卒業試験 -1-
プトヴァイスの戦いと、その後のプトヴァイス宣言は、西方諸国に大きな影響を与えた。
エーストライヒ公爵位は、スパーニア・ヴァイスブルク家から、王弟バルタサール・サエンス・デ・スパーニアが派遣され、跡を継いだ。
スパーニア・ヴァイスブルク家はボーメン王の皇帝即位を認めたので、ボーメン王ヴェンツェル・フォン・リンブルクが、ヴィッテンベルク王の名でこれを承認した。
一方、エーストライヒ・ヴァイスブルク家の影響力がなくなったので、マジャガリーとポルスカは帝国とは距離を取ることにしたようだ。
ヴェンツェル王は使者を派遣して賠償を要求しているが、両国はまだ帝国がまとまっていないと足許を見て無視している。
したたかな連中だ。
ミールヒューゼでヘルヴェティア軍の攻囲を受けていたロタール公フランソワ・エティエンヌ・ド・シャトノワは、エーストライヒ公の死を知るとすぐに降伏した。
ミールヒューゼを含む幾つかの都市をヘルヴェティアに割譲し、公は単身北西のナンスに逃れている。
アルマニャック王はこの戦いには不干渉を貫き、ロタール公の降伏後は公を非難する声明を出している。
元々不仲だったとはいえ、後ろ楯をなくした人間にはみな冷たいものだ。
アルマニャック、スパーニアが動かなかったので、アルビオンは海軍を派遣して
なにせ、海洋商人の強い地域だ。
ヴァイスブルク家との繋がりも深い。
だが、スパーニア・ヴァイスブルク家が中立を保ったため、この地域も紛争は起きていなかった。
火種が燃え上がる前に、エーストライヒ公が戦死してしまったのだ。
レオンさんがフリースラントに行って工作していたのも、使われないまま終戦となったようだ。
ま、何もないにこしたことはない。
問題は、ブランデアハーフェル辺境伯ヨハン・ゲオルグ・フォン・ローゼンツォレルンの処遇だった。
余人とは違う。
ザッセン辺境伯とともに、ボーメン王を支える両翼となるべき人物だったのだ。
それが裏切ったため、ザッセン辺境伯も動けず、ボーメン王陣営は両翼をもがれて戦うことになった。
エーストライヒ公陣営に比べて集結が遅かったのは、まさにブランデアハーフェル辺境伯の妨害によるものが大きかった。
もし、エーストライヒ公が勝っていれば、彼はその功績を大きく讃えられたであろう。
だが、エーストライヒ公は敗れた。
ブランデアハーフェル辺境伯は、極めて難しい立場に追い込まれた。
彼がボーメン王を支持できなかったのは、ルウム教会の三大司教がエーストライヒ公を支持したからである。
彼はまっとうなルウム教信者であったから、教会の意向に逆らうことなど思いもよらなかったのだろう。
なにせ、弟のジークフリートも、息子のアルフレートも、ともにプルーセン騎士団に派遣してしまうくらいだ。
だが、悪辣なことに、ルウム教会は彼を裏切って梯子を外した。
別に、ボーメン王を支持したわけではない。
中立に寄ったのだ。
しかし、ルウム教会が中立なら、ブランデアハーフェル辺境伯はボーメン王を裏切らなかったであろう。
苦しい立場に追い込まれつつも辺境伯は有能さを示し、ザッセン辺境伯を牽制し続けたが──。
全てが裏目と出た。
「で、結局アルフレートが跡を継いだってわけさ」
友人ながら、どこから仕入れてきたのかわからないほど、各国の最新情報に精通している。
「ハンスがザッセン辺境伯と
「あれ、アルフレートは騎士団の副総長じゃなかたっけ?」
「ブランデアハーフェル辺境伯を副総長のままにしとけないってんで、今回総長になったんだよ。ルウム教会も、ブランデアハーフェル辺境伯には罪悪感があったんだろうな。すんなり認めたようだぜ」
ノートゥーン伯爵であるエリオット・モウブレーは、当然アルビオンに領土を持っているわけだが、実際故郷に帰るわけではないし、実家の公爵家に管理は任せているようだ。
それに比べても、アルフレートが任された領土は広大だし、責任も大きすぎる。
帝国の北方は、ほとんどアルフレートのものといっても過言じゃないじゃないか。
「だからよ、アラナン。おれは行くことにしたよ、アルフレートのところへ」
アルフレートにのし掛かる重さに思いを馳せていたので、ぼくは一瞬カレルのその言葉を聞き逃した。
「え……? 行くって、もしかして、ベーリーンへ?」
「ああ。なんだかんだいって、アルフレートはおれの相棒なんだよ。困っているなら、助けてやんなきゃダチじゃねえ。な、そうだろ、アラナン。いま、あいつに一番必要なのは、おれだよ。ベーリーンに行って、あいつを支えてやるつもりだ」
カレルは、特にアルフレートと仲がよかった。
天才肌ゆえに時々人の気持ちが理解できないアルフレートを、カレルがうまく補っていた気がする。
カレルには武術や魔法の才能はそれほどないが、情報収集と金儲けの才能は桁違いだ。
人付き合いもいいし、まさにいまアルフレートが欲しい人材だろう。
だが、ということは──。
ぼくはハーフェズ、ハンス、アルフレートに続いて、また一人友人との別れを迎えないといけないのか。
「──カレル、そうすると、学院は……」
「卒業ってことになるかな。実は、イザベルとヴォルフガングと一緒に、中級迷宮に挑戦してるんだ。順調にいけば、来週には攻略できると思う。そうしたら、イザベルは高等科に行くし、ヴォルフガングも帝国に帰るってよ。最後にもう一回、アラナン、おまえに挑戦したいらしいけれどな」
カレルは魔道具でサポートができる。
前衛にヴォルフガングとイザベルがいれば、中級迷宮もそれほど苦戦しないだろう。
「そうか。さみしくなるな、カレル」
ぼくの呟きに、カレルも相槌を打つ。
「ああ。ここでハンスやアルフレートと一緒に騒いだ日々が懐かしいぜ。──もう、永遠に戻っては来ない日々、黄金時代ってやつかな。けどよ、会えなくなるってわけじゃねえ。アラナンは、プトヴァイスでハンスに会ったんだろう?」
「ああ。元気にしていたよ。ハンスは相変わらず、ハンスだった。まっすぐ強さの高みを目指している。──実際、かなり
「おれも負けてらんねえな。おれは、ベーリーンをプラーガにも、エーストライヒ公国のヴェアンに負けない街にしてやんよ。無論、このフラテルニアにもな」
「カレルならできるさ。エーストライヒ公もシュヴァルツェンベルク伯もいなくなったいま、ヴェアンは急速に求心力を失っている。プラーガは新しい皇帝の都になるだろうけれど、街並みが旧すぎる。あそこは、古都なんだ。新しい経済の中心地には、なり得ないだろう」
「新しい中心地になり得るのはフラテルニアだってか? 甘いな、アラナン。
楽しそうに語るカレルを見て、また胸に一抹の寂しさがよぎった。
カレルは、自分の道を見つけたのだ。
ハンスも、アルフレートも、おのれの道を歩み始めている。
では、ぼくは?
学院を卒業したら、どうすればいいのだろう。
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