第二十七章 戦慄のプトヴァイス -8-

 前軍のカラント兵と、後軍のイシュクザーヤ兵の間で、颶風ぐふうの如き戦いが巻き起こる。

 拳を振るうだけで撒き散らされる神力が周囲の地形を破壊し、ニトラ公は自らの兵に後退を指示せざるを得ない。

 クリングヴァル先生も、イシュバラも、互いに様子見の状況で、絶技を繰り出してはいなかった。

 それでも、激突の余波は大地を揺るがす。


 一方、前軍のカランタニア公が戦列を立て直している間に、右翼のマゾフシェ公は東の城壁に近付きつつあった。

 ポルスカで会ったときから感じていたが、あの銀髪の小男は本当に油断がならない。

 中央の騒動に注意を惹き付けている間に、漁夫の利を得ようと言うのだ。


「ポルスカもなかなかよき将を抱えておる」


 東の城壁には、クルト卿とともに来た騎士の一人、ギュンター・フォン・ヴァイツゼッカーが三十人の衛兵とともに控えていた。

 老齢と言ってもいいギュンター卿であったが、この仕寄りにも動じることなく、淡々と矢をつがえるよう命じる。O


「気楽に狙えい。何処を見ても敵ばかりじゃ。狙いなど付けなくたって当たるぞい。ほれ、撃てい!」


 ぱらぱらと矢が飛び、ゴプラン部族の兵に吸い込まれるが、当然数が減ったようには見えない。


「怖じけるな。どうせ人間一度は死ぬんじゃ。早いか、遅いかの違いだけよ。構え!」


 飄々としたこの老人の指揮は嫌いではない。

 だが、このままでは取り付かれてしまう。


「申し訳ないですが、ちょっとだけお手伝いしますよ、ギュンター卿!」


 老人に敬意を表して、一言断ってから空中に駆け上がる。


「おー、どんどん行け、若いの。どれでもいいぞ。選り取りみどりじゃ!」


 卿の許可も得たことだし、遠慮は無用だ。

 軽く聖爆炎ウアサル・ティーナを連発して足を止め、密集したところを紅焔ジャラグティーナで一掃する。

 突出していた三十人ばかりは、この業炎に包まれると絶叫を上げる間もなく絶命した。


「ギルバート・マクドゥーガルが出てきたぞ。散開せよ!」


 前線の部隊長か?

 女騎士が兵に密集するなと命じている。

 範囲魔術対策か。

 なかなかいい対応するじゃないか。

 って、ギルバート・マクドゥーガルって誰だ?

 ああ、ぼくがポルスカで使っていた偽名か。

 そんな名前を知っているのは、マゾフシェ公と一緒にいたあの亜麻色の髪の女騎士だけだろう。

 ちえっ、やりにくい相手が出てきたな。


 散開されると、範囲魔術では効率が悪い。

 城壁に近付く兵に、片端から風刃グィーを当てて斬り裂く。

 いまのぼくなら、無数の風刃グィーを同時に操れる。

 威力は落ちるが、分散する多数の敵相手にはちょうどいい。


 前線の兵だけでは埒があかないと見たか、後方に控えていた兵も前進してくる。

 仕込みがいいのか、ご丁寧に散開しての前進だ。

 だが、城壁までやって来ず、彼らは城壁から二百フィート(約六十メートル)くらいで思い思いに立ち止まった。

 不審に思って一人一人をよく見たとき、ぼくは思わずギュンター卿に向けて叫んだ。


「しゃがむんだ!」


 雷鳴の如く、銃声が轟いた。

 百挺近い火縄銃マスケットの斉射だ。

 雷鳴の傭兵団グジモート

 ポルスカでも最強の呼び声高い傭兵団だ。

 マゾフシェ公め、厄介な連中を引き連れてきやがって!


 悲鳴が上がり、数人の衛兵が倒れた。

 下から上への撃ち上げだ。

 そう命中はしないだろうに、よく当ててきやがる。


 撃ち終わった兵は後ろに下がり、また別の銃兵が前進してくる。

 これを繰り返されてはたまらない。

 だが、相手が火縄銃マスケットなら、手はなくもない。


 魔力に意志を乗せ、まずは雲を呼び寄せる。

 東の城壁の周辺に闇雲が垂れ込め始め、すぐに雨が降り出した。

 雨は風を呼び、次第に激しく叩き付けてくる。

 だが、それでも銃声は止むことがなかった。

 手練れの揃った雷鳴の傭兵団グジモートには、雨中でも火口を濡らすことなく撃つ技術が確立されているようだ。


(アラナン! 聖典教団タナハが南門を内側からこじ開けようとしているですよ!)

(エスカモトゥール先生は!)

(いま、海賊野郎と二人で防いでいるけれど、数が……。ああ! カランタニア公の部隊が前進してきたです!)

(東で手一杯だ! 何とかしてくれ!)

(こんなのどうしろって言うですか! ──ええい、やったりますよ! 紅焔ジャラグティーナアアア!)


 アンヴァルがいるなら、南の侵攻は暫く抑えられるはずだ。

 問題は聖典教団タナハの教徒と左翼の動向──。

 少し上昇し、神の眼スール・デ・ディアで全体を見る。

 南正面は、アンヴァルが縦横無尽に飛び回り、業火で進軍する兵を燃やしている。

 その奥ではまだクリングヴァル先生がイシュバラと一進一退の攻防を繰り広げており、ニトラ公二千の前進を妨げていてくれていた。


 左翼のシュヴァルツェンベルク伯は、まだ動いていない。

 余裕の現れか、それとも機を窺っているのか?


 南門の内側は、結構ひどい状況になっていた。

 門前の広場に教徒が数百人規模で押し寄せ、それをたった二人で先生たちが防いでいる。

 いまは何とかなっているが、あれではセンガンが出てきても、ストリンドベリ先生は身動きが取れない。


 東は城壁の上が絶え間ない雷鳴の傭兵団グジモートの射撃に晒され、衛兵たちは立っていられない。

 遮蔽物に身を隠し、震え上がってしまっている。

 ここぞとばかりにゴプラン部族の兵が前進してくるが──。

 させるかよ!


 視界が真っ白になる。

 次の瞬間、轟くような落雷の音が襲い掛かってくる。

 無数の雷に撃たれ、ゴプラン部族の兵が累々と横たわっていた。

 流石に恐れを抱いたか、前進してくる圧力が弱まる。

 女騎士が、必死に後退する兵を叱咤しているようだ。


 どうするか。

 此処で、マゾフシェ公の部隊を徹底的に叩くか、それともアンヴァルの援護に回るか──。

 考えている間に、状況が動く。

 捕捉してずっと警戒していたセンガンの魔力。

 マゾフシェ公の部隊の敗走を受けてか、ついに動き出した。

 それも、こっちに向かって。


 まあ、そりゃそうだよね。

 ぼくを止められるのは、お前しかいない。

 この状況じゃ、その手を打たない方がおかしいわ。

 だが、困った。

 ぼくがセンガンの相手に掛かりきりになると、もう次の攻撃に東の城壁は耐えられない。


 しかし、それでも。

 目の前に迫るセンガンを無視するわけにもいかない。

 敢えて、城壁の上から敵陣に向かって移動する。

 センガンはぼくを狙っているから、釣られて付いてくるだろう。

 こうなりゃ、クリングヴァル先生の真似だ。

 味方の被害が出ないように、敵のど真ん中で戦ってやる。


 地上に降りたぼくを見て、センガンは嬉々として追い掛けてきた。

 わくわくする様子を隠せないこいつに、心の中で感謝する。

 ぼくを無視して、城内で暴れられる方が厄介だった。


「さあ、やろうか、センガン。お望み通り、拳で決着を付けるときがきたようだ」

「ハッ、ボクに挑むには、十年早いと教えてやるよ!」


 センガンの両掌に神力が集まっていく。

 初っぱなからそれかよ!

 横っ飛びに跳んだぼくの横を、巨大な神力の奔流が駆け抜けていった。

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