第二十七章 戦慄のプトヴァイス -9-

 いきなりの双竜爪牙ツヴィリングドラヒェ

 開幕に大技を持ってくるとは、センガンらしい立ち上がりだ。

 この一撃で勝負がつくとは思っていないだろうが、自分の実力を誇示するための威嚇にはなる。

 センガンには、そういう子供っぽいところはあった。


 態勢を立て直したところに、センガンが踏み込んでくる。

 元々いまの一撃はこれが狙いだろう。

 雷衝サンダーショックを左手で外に逸らすと、左足が前に出てくる。

 その左足の外側に右足をかぶせ、膝の関節を押さえつつ半回転し、左肘をセンガンに撃ち込む。

 肘は、膝を崩したセンガンの後頭部に当たったが、障壁で手応えはない。

 だが、予想外の動きに動転したか、センガンはたじろいで一歩退がった。


「ナンダ、それは──アセナの拳にはそんな技はないぞ!」

「それは思い込みだ、センガン。これもアセナの拳士が開発した技さ」


 ウルクパルの円環の拳の基本的な術理は、円運動だ。

 足捌きもそうだが、技も直線より回転の力を重視する。

 対イシュバラ用に取っておいた拳らしいから、ウルクパルは同じ闇黒の聖典カラ・インジールにもこの拳を秘していたのだろう。

 やつにとっては、イシュバラが拳士としていつか超えようとする壁だったに違いない。


「邪道な!」


 センガンの顔が赤くなる。

 いまの一撃による身体へのダメージはあるまい。

 だが、やつのプライドには傷を付けられたようだな。


 ぼくの出方を警戒してか、センガンの足が止まった。

 右掌を前に出し、左掌を顔の前で拝むように構えている。


 ちょうどいい。

 この隙に周囲の状況を探ってみる。


 雨はまだ降らしていたが、雷鳴が止んだのを見て、ゴプラン部族の兵が態勢を立て直したようだな。

 まずい。

 このまま進まれると、東の城壁が陥ちる。


 もう一回、適当に大量の稲妻を走らせる。

 牽制でしかないが、それで敵兵の足が止まるなら大助かりだ。

 だが、意識をそっちに持っていったのがばれたか、水飛沫を上げてセンガンが撃ち込んでくる。

 顔狙いの竜爪掌ドラゴンネイル

 視界を塞ごうと言う狙いか。


 左足を引くと、右手でセンガンの腕を捉え、そのまま引く。

 自分の力を利用されたセンガンは、勢い付いて前に出てくる。

 センガンの手を引いた流れのままぼくも回転し、左の肘を顔に叩き込もうとする。

 だが、センガンも同じ手は食わなかった。

 体を投げ出してぼくの回転を止めると、にやりと笑う。


「ハハ、変わった技だが、まだ荒いな。この程度で目先を変えたつもりかい、アラナン」


 ずしんと、センガンの体が重くなる。

 僅かにセンガンが動いただけで、吹き飛ばされた。

 慌てて太陽神の翼エツィオーグ・デ・ルーで態勢を整えるが、何があったのだろう。


竜焔ドラヒェンフランメも、極めればこの程度の芸当はできる。──もっとも、いまの一撃でそう平気そうな顔をされるとは思わなかったよ」

「あれが竜焔ドラヒェンフランメだと? 隙間なんてほとんどなかったが」


 アセナの拳の練度に関しては、悔しいがやつのが上だ。

 それに関しては、認めざるを得ないな。


「信じがたいことだが、本当にこの短期間で、紙のようだった障壁がちょっとはマシなものになったようだな。しかも、まだ余裕があるように見える。──隠し事はよくないよねえ、アラナン」


 センガンの構えが、更に隙のないものへと変わる。

 半身に構えるのはいつものことだが、微妙に正中が見えないようにずらしている。

 じりじりと距離を詰めてくる動きにも、微塵も油断は感じられない。


 ──読めない。

 次に打ってくるところの予測は、大分上達したと思っていた。

 だが、このセンガンの本気の構えからは、一切の情報が読み取れない。

 神力の流れもわからない。

 巧妙に隠している。

 これほどの技倆があるとはな。

 流石センガン、ぼくより一枚上手だ。


 とは言え、臆していても始まらない。

 じりじりと近付くセンガンは、拳の間合いから更ににじり寄ろうとしている。

 意を決して、距離を潰して右肩で当たりに行く。

 だが、センガンは一歩横に回ると、矢継ぎ早に顔面に右掌、左掌と連打を入れてくる。

 思わず、両手を上げようとしたところで止め、左手だけまた下げた。

 予想通り、強い踏み込みとともに三打目の竜爪掌ドラゴンネイルが心臓を狙って飛んでくる。

 飛竜三連爪ドライドラヒェンクラウエンか。


 左手でセンガンの右肘を取り、右手で拳を押さえると、そのまま右に回転する。

 関節を押さえられたセンガンは、つんのめるように態勢を崩した。

 更に、左膝で低くなったセンガンの顔面を蹴る。

 ずんと、また左足が踏み込まれ、センガンは顔面ではなく額で迎撃してきた。

 左膝に激しい衝撃が伝わると、体が浮き上がるように押される。

 危ない、太陽神の翼エツィオーグ・デ・ルーで態勢を整えた。


「──どういうことだ? 障壁だけじゃない。随分と、防御が巧くなったじゃないか」


 押さえていた手を離したせいで、センガンを自由にしてしまった。

 好機だったのに、惜しいことを。


「ボクはこれだけの防御の巧者は、ウルクパルくらいしか知らない。キミ程度の拳士が、何故短期間でこれほど上達するんだ?」

「さてね。才能かなあ」


 白々しく言うと、センガンの頬が紅潮した。

 わかりやすい挑発に引っ掛かったか。


 立ち上がるのと同時に、下から振るように腕が上がってくる。

 跳刀虎シュプルングズィーベルティーガーか。

 単なる手刀ではなく、体当たりの一種だ。

 両手で押さえるが、衝撃は殺せない。

 弾き飛ばされたところに、追撃の砕山虎ティーガー・ブリヒトベルク

 連続の体当たりは勘弁だ。

 回転してセンガンの勢いをいなし、横に回り込む。

 よし、このまま右の門の破壊者ツェルシュトーラー・デス・トーレスをセンガンの横腹に叩き付けるぞ。

 神力が渦巻き、右腕に螺旋を描く。

 すると、センガンが素早く向きを変え、左拳で迎撃してきた。

 左腕に逆回転の神力の螺旋。

 門の破壊者ツェルシュトーラー・デス・トーレス同士の激突か。


 だが、先に撃った分、ぼくの方が僅かに早い。

 力の乗らないセンガンの左拳が弾き飛ばされ、障壁に門の破壊者ツェルシュトーラー・デス・トーレスが食い込む。

 堅い。

 一撃では、砕けそうにない。

 だが、それは予想していた。


 連続しての覇王虎掌ケーニヒスティーガー

 どんなに障壁が堅くても、この連打には耐えられない。

 左足を踏み込んで右手を引こうとした瞬間、雷鳴のような銃声が湧き起こる。


 何だ?

 意識をセンガンに向けすぎたか、敵兵の動きを見落としていた。

 その報いがこの弾幕か。


 同時に何発もの銃弾が障壁にぶつかり、衝撃に後退せざるを得ない。

 見ると銃弾は、センガンにも当たっているようだ。

 雷鳴の傭兵団グジモートめ、センガンもろともぼくを始末しようとしてきやがったな!


 斉射が一回で終わるはずがない。

 周囲を探ってみると、半包囲の陣形を作ってぼくらを狙っていやがる。

 道理で、射線が一方向からだけじゃないと思った。


 探っている間に再びの銃声。

 百を越える銃弾が、ぼくとセンガン目掛けて撃ち込まれてきた。

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