第二十五章 無音の暗殺者 -5-

 聖爆炎ウアサル・ティーナの轟音が響く中、煙を突き抜け一気に距離を詰める。

 爆風は旋風グィー・キャスで処理し、とにかくウルクパルの反応だけ見落とさないよう注意を払おう。

 そう思っていた瞬間、ウルクパルの姿が見えなくなった。


 いや、いる。

 神聖術セイクリッドで姿を消したんだ。

 神の眼スール・デ・ディアが、左に回り込もうとするウルクパルを捉えた。

 まだ動けるのか。

 いや、これは思ったよりダメージを受けていない。

 迂闊に突っ込むのはやめて、咄嗟に後方に跳躍する。


「おのれ、アセナの拳士としての誇りもない屑が」


 爆煙に隠れて逆襲するつもりだったか、ウルクパルは歯軋りをしている。

 少し焦げているようだが、やはり傷を負った様子はない。

 障壁で聖爆炎ウアサル・ティーナを防いだのか。

 やけに硬い防御だな、ちくしょう!


「ぼくはセルトの祭司長ドルイドであって、アセナの拳士ではないからね」


 元々ぼくは戦う魔術師だ。

 戦闘に魔法や魔術を使うのは当たり前ではないか!


「それにあんただって──」


 うん。

 神の眼スール・デ・ディアのお陰で、無音の銃弾ルーイッヒクーゲルも見える。

 会話中に放たれた銃弾を、余裕をもってかわしてみせる。


「お互い様じゃないか。アセナの拳に銃弾はないだろう?」

「口の減らないガキですね!」


 ウルクパルの表情に苛立ちが浮かぶ。

 攻めようとした瞬間に間を外されていることに、大分鬱屈が貯まっているようだ。


 しかし、いまので攻め込めなかったのは痛いな。

 予想以上にウルクパルの障壁が硬い。

 削れてはいるんだろうが、底がまだわからないしな。


 迂闊にこっちが攻め込めないのは、ウルクパルの円環の拳のせいだ。

 あれで柔らかく受けられると、こっちの力が吸い取られるような錯覚に陥る。

 アセナの剛拳ならがっちり受けるところを、円環の拳はふわりと流すようにして逸らしてしまう。


 かと言って、守りに入ればアセナの拳の苛烈な攻めが来る。

 センガンよりパワーがなくても、拳士としての完成度はウルクパルの方が上に感じる。

 もしこいつが第三段階に達したら、恐ろしい遣い手になるだろう。

 アセナ・イシュバラも、それを恐れてアセナの秘奥をこいつに伝えてないんじゃないか。


 踏み込まないぼくに業を煮やしたか、ウルクパルが飛び込んでくる。

 右手の竜爪掌ドラゴンネイルか。

 払おうとすれば、また掴まれる。

 なら──。


 左に回り込み、ウルクパルの右腕を両手で押さえようとする。

 そう、真似だよ。

 相手の技術の方が上なら、吸収するしかないだろうさ。


「小癪な!」


 ウルクパルが右手を引っ込め、右肩から突っ込んでくる。

 砕山虎ティーガー・ブリヒトベルクに切り替えたか。

 まともに受けたら、昨日の二の舞だ。


 更に左に回り込み、ウルクパルの後ろを取る。

 ウルクパルは反転し、右足で蹴りを飛ばしてくる。

 それを左手で受け、螺旋で弾き出す。

 流石のウルクパルも、足では絡めとれまい。


 態勢が崩れた隙を突いて、門の破壊者ツェルシュトーラー・デス・トーレスを繰り出す。

 ウルクパルの障壁を撃ち破るには、このくらいの技でなければ無理だ。

 だが、当たるかと見えた瞬間、身を翻したウルクパルがぼくの左に回り込む。

 咄嗟に蹴りに切り替えるが、左手で受けて払い上げられてしまった。

 背中から地面に落とされる。


「油断のならない小僧ですね。わたしの拳を盗もうなどと」

「お前を倒すためなら、何だってやってやるさ」


 追撃に来ようとするウルクパルに向けて、魔力の糸マジックストリングを放つ。

 適当に大気中から魔力を集めて作ったせいか、ちょっと雑だが量は多い。

 だが、ウルクパルが気合いとともに神力を放出すると、触れただけで溶けるように糸が消えていく。


 くそ、態勢を立て直す時間稼ぎにもならない!

 ウルクパルの詰めが速い。

 左足が踏み出される。

 繰り出された右の掌打を咄嗟に左手で払う。

 懐に潜り込んできたウルクパルが左腕を伸ばし、激しい踏み込みとともに突き込んできた。


 回避する余裕はなかった。

 かろうじて急所を避け、反射魔法陣リフレクションスクエアを貼るので精一杯だった。

 だが、ウルクパルはそれを読んでいたか、反射魔法陣リフレクションスクエアが簡単に破られ、神力がぼくの体を突き抜ける。

 衝撃で吹き飛ばされながら、ぼくは血反吐を撒き散らした。


覇王虎掌ケーニヒスティーガー。イシュバラに対抗するためのわたしの切り札です。身体の神力の流れを狂わせました。もう立ち上がれないでしょう」


 腹を神力が突き抜けた。

 ウルクパルが狙ったのは、丹田か。

 そこを破壊されれば、確かに神力を操れなくなるだろう。

 激痛が腹部に走り、体が悲鳴を上げる。

 だが、ウルクパルの狙いは外れている。

 右の掌打を払ったときに、狙いは神力の流れで察知していた。

 かろうじてだが、致命傷だけは避けたらしい。


「へへ……大層な技だが、そう簡単に人は死ぬもんじゃないぜ」


 溢れる血を拭いながら、よろよろと立ち上がる。

 抜けそうな力を、身体強化ブーストで無理やり奮い立たせる。

 それを見たウルクパルは、まさしく驚愕していた。


「まさか。貴様の小癪な手妻は無力化したのに。覇王虎掌ケーニヒスティーガーの一撃は、確かに貴様の障壁をぶち破ったはず」

「いやあ、痛かったぜ、げほっ。……でもさ、これくらいで立ち上がれなくなると思っているなんて、案外甘いんじゃない、暗殺者がさ」


 己の技に絶対の自信を持っていたのであろう。

 だから、倒れたぼくに追撃もしなかったのだ。

 甘い──甘いね、ウルクパル。


「ふん、少々死ぬのが伸びただけのこと。もうわたしの攻撃を防ぐ余裕もないでしょう。一気に決めてやりますよ」


 無造作に踏み込んでくる。

 右の竜爪掌ドラゴンネイル

 弱ってると見て、雑な攻撃。

 そこに隙がある。


 だが、もう、ぼくも長期戦は無理だ。

 ここで決めるしかない。


 左腕でウルクパルの右手を掴む。

 体を捻る。

 右足で踏み込み、左手を引く。

 右肘を立てる。


 尖火シャープフレイム

 ウルクパルの心臓を狙った一撃。

 彼が回避をしようとしなかったのは驕り。

 尖火シャープフレイムごときなら、障壁で防げると思ったのだろう。

 あえて回避せず、弾き返してぼくの態勢を崩すつもりだったか。


「──甘いんだよ、無音の暗殺者ルーイッヒ・アテンテイター


 ぼくの右肘は、ウルクパルの障壁をすり抜けて心臓に突き刺さった。

 えぐるように突き込まれた肘から、神力が心臓を突き抜ける。

 破魔魔法陣マジックデストラクション

 ダンバーさんから教わった切り札を、最後までとっといた甲斐はあった。


 ウルクパルの口から大量の血が噴き出し、ぼくの頭に降り注いだ。


「莫迦……な」


 ウルクパルは膝から崩れ落ち、ぼくにもたれ掛かってきた。

 それを両手で引き剥がすと、一瞬宙に静止したウルクパルの心臓に、とどめの門の破壊者ツェルシュトーラー・デス・トーレスじ込んだ。

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