第二十五章 無音の暗殺者 -6-
純粋な破壊力では最強の拳で撃たれ、ウルクパルの心臓は粉砕された。
ゆっくりと崩れ落ちる。
そして、その瞳から光が失われていく。
「何故──このわたしが──」
切れ切れに聞こえた声。
ぼくは口の中で呟く。
お前は強かった。
ぼくよりも、強かった。
だから敗れた。
自分が勝つのが当然と思っていただろう。
必殺の一撃で勝ったと思っていただろう。
昨日のぼくなら、殺されていた。
だが、今日のぼくは昨日のぼくとは違う。
昨日のぼくのイメージでいたことが、お前の敗因なのだ。
「ん……?」
大地に倒れたウルクパルの体から、何か光のようなものが抜け出した。
神聖な輝き。
その輝きがふよふよとぼくの方に飛んでくると、血だらけの右手に吸い込まれる。
眩しい閃光が発し、思わず目を閉じた。
二、三秒後、光が薄れたので目蓋を開ける。
うん、何だこりゃ。
右手の手首のあたりに、何か赤い炎のような紋様が浮かび上がっていた。
それを見た瞬間、脳にその紋様の意味が流れ込んでくる。
敵を焼き尽くす神の焔か。
加護持ちの使徒を倒したから、相手の神から力を奪い取り、
その結果、新しい加護を授かったのだろう。
だが、本来嬉しいはずの出来事でも、気分が高揚することはなかった。
むしろ、空虚な気分だ。
実際、体も少し冷たい気がする。
大分血を流したせいだろうか。
腹を押さえ、壁に手をついてもたれ掛かった。
だが、それでは支えきれず、壁を背にしてずるずると腰を下ろす。
ちょっと、まずいかな、これ。
(ファリニシュ、来てくれ。ウルクパルは倒した。でも、ちょっとこっちもつらい)
ファリニシュから、戸惑いと焦りと怒りが混ざった反応が返ってくる。
はいはい、悪かったよ。
でも、どうしてもぼくがやるしかなかったんだよ、あいつは。
クリングヴァル先生やファリニシュがいると、出てこなかっただろうからね。
「主様!」
召喚で現れたファリニシュが、血だらけのぼくを見て言葉を失う。
大丈夫だよ。
いや、大丈夫じゃないけれど、これ半分くらい返り血だ。
「男衆はこれだから──わっちとて何でも治せるわけじゃござんせんよ」
ぶつぶつ言いながらもファリニシュはぼろ切れのようになったシャツを剥ぎ取り、湯を生成して体を拭き始めた。
同時に、
「胃の腑がやられなかったのが奇跡でありんしょう。衝撃が背まで抜けていなんすよ」
「
つんとファリニシュは顔を背けた。
「わっちは人ではありんせんよ」
「それは言葉の綾で……いてっ、ちょっと、ひょっとして傷口を縫っている?」
「傷が大きすぎでありんしょう。とりあえずの手当てと致しんす。ちょっとは我慢しなんせ」
「いてっ、いたた、ファリニシュ、怒っているだろ、これ!」
ファリニシュめ、いつも
戦っているときより痛いんですけど!
「ほら、終わりんした。これでひとまず安心……? おや、主様、右手に
「ああ。ウルクパルを倒したら、やつから出てきた光がこれに変わったんだ。やつは、確か戦いの女神アシュタルテーの加護を持っていたはずだよな?」
「使徒が加護持ちを倒せば、
「よせやい。──ん、この気配」
直前まで接近する人の気配に気付かなかったことに一瞬慌てたが、顔を上げると歩いてくるのはクリングヴァル先生だった。
ちょっと唇を尖らせて登場した先生は、ぼくの目の前まで来るとこつんと頭を小突いた。
「アラナン、アラナン。抜け駆けしてウルクパルを倒そうとは、随分洒落たことしてくれるじゃないか、ええ?」
「あたっ。いや、だって、先生がいたらウルクパルは出てきませんでしたよ! あいつはぼくを舐めていたから、わざわざ誘き出して戦おうと考えていたんですもの」
「ふん。わかっていながら、その誘いに正面から乗るやつがいるか。地力じゃ、間違いなくやつのが上だったんだぞ。全く、腹に穴まで開けられているじゃねえか。そんな強力な技を食らったのか?」
「
「くく……体で覚えたなら忘れねえよなあ。それだけやられたんじゃあおれの弟子としちゃあ合格点とは言えないが、ま、ウルクパルに勝ったことに免じて許してやるか。負けていたらお前、破門だったぞ、破門」
「やだなあ先生。負けていたら破門を受けることもできませんでしたよ」
「バカヤロウ! そんときゃ生き返らせてでも破門してやるわ」
ぷいっとクリングヴァル先生が顔を背けた。
こんなことを言いながらも、先生もぼくを心配してくれていたのだろう。
ぼくたちはカサンドラ先輩を喪ったばかりだ。
此処でぼくまで喪えば、隊の士気はどん底まで落ちるに違いない。
先生と言えども、それは許容できないだろうし。
「おい、イリヤ。アラナンは動けるのか?」
「もう一日、静養がいりんすなあ」
「そうか。さっき、ケルテース・ラースローの部隊が来ていたが、門が開かないと悟ると去っていった。ブリュン攻略は失敗だと、連中も判断する頃だ。エリオットは連中が西に転進するだとうと言っている」
「空き巣狙いは諦めなんしたか。お味方はプラーガに集まりんした。狙いをそちらに変えなんしたか?」
「恐らくな。おれたちに拘って無駄に兵を損耗する気はラースローにはない、だとさ。だが、このまま連中にボーメン王国軍の横腹を突かせるわけにもいかん。すぐに追うべきなんだが──」
「明日は主様は休ませなんす。それに、女衆には気持ちの整理も必要でござんしょう」
宿で待機していたファリニシュは、カサンドラ先輩の死を聞いた仲間たちの反応を見ているのだろう。
彼女がそう言うということは、女の子たちにはかなりのショックだったと思われる。
ぼくのように子供の頃から戦士としての教育を施された者とは違うだろう。
脳裏には、カサンドラ先輩と喧嘩するジリオーラ先輩の姿が浮かんだ。
ジリオーラ先輩とて、ジュデッカ艦隊の提督の妹だ。
そんなにやわな人ではなかろうが──。
心配にはなるな。
「おい、そろそろ宿に戻るぞ。エリオットが痺れを切らせている。アラナンは動かせそうか? ──歩かせない方がいい? 仕方ねーな。ほれ、おぶされ」
クリングヴァル先生はしゃがむと、ぼくに背中を差し出してきた。
子供じゃないし、気恥ずかしいと逡巡していると、ファリニシュと協力して強引に背負われてしまった。
小路を出て宿に向かうと、道すがら街の人に奇異の目で見られてやっぱ恥ずかしい。
しかも、クリングヴァル先生の背はかなり低いから、足が地面につきそうなんだよね。
「将来息子ができたときのための予行演習だ。意外と軽いもんだなあ、ええ、アラナン」
「先生の子に同情しますよ」
減らず口を叩いたが、家族を知らぬぼくには幼少時から人に背負ってもらった記憶とかはなかった。
魔術と武術の修行に明け暮れる毎日に、家族のぬくもりとかそういう話は一切ない。
フラテルニアに来てからのぼくは、そういう意味では恵まれているのかもしれないな。
ま、先生が親父じゃ、ちょっと笑っちゃうけれどね。
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